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第十一話 求婚は世界会議のあとで
しおりを挟む玉座の間は修復中だった。
柱は再建。扉は仮設。床は……。
「……ひどい」
しゃがみ込んでヒビを撫でる。
あの暴走転移の名残。
「すまん」
背後から低い声。
「謝るなら一緒に磨いてください」
「王に雑巾を持てと?」
「未来の平和のためです」
しばし沈黙。
やがて。
魔王が本当に雑巾を持った。
城内がざわつく。
「陛下が床を!?」
「終末の兆しか」
「いや恋の兆しだ」
聞こえてますよ。
◇
三日後。
魔王城大広間。
長い卓を挟み、向かい合う二つの陣営。
魔界側。
人類側。
中央には勇者。
そして。
その隣に、なぜか私。
「どうして私がここに」
「当事者だからだ」
魔王が当然の顔で言う。
勇者も静かに頷く。
「君の選択が、この戦の意味を変えた」
重い話をしないでほしい。
胃が痛い。
◇
「魔王と人類の停戦を提案する」
勇者が口火を切る。
ざわめき。
「正気か」
「魔王は人を襲う存在だ」
「最近は襲っていない」
魔王が淡々と言う。
「侵攻はすべて停止している」
「なぜだ」
一斉に視線がこちらへ向く。
やめて。
「……床を守るためです」
静寂。
「床?」
「戦争すると汚れるので」
勇者が吹き出しかけるのを堪えている。
魔王は真顔だ。
「それと」
赤い瞳が細まる。
「俺は、彼女が嫌がることはしない」
どよめき。
「魔王が一人の女のために戦を止めたと?」
「そうだ」
即答。
潔い。
潔すぎる。
◇
沈黙のあと。
勇者が立ち上がる。
「俺は証言する」
場が引き締まる。
「彼女は捕らわれていない」
「当然だ」
「魔王は、彼女の選択を尊重した」
勇者は私を見る。
静かな瞳。
「それができるなら、対話もできるはずだ」
長い議論。
疑念。
反発。
それでも。
血ではなく言葉が飛び交う。
私はただ、隣で雑巾を握っていた。
緊張すると手が何か持ちたくなる。
◇
数時間後。
「……暫定停戦とする」
人類側代表が渋々告げる。
大広間にため息が広がる。
戦は、ひとまず止まった。
魔王がゆっくりと立ち上がる。
「条件がある」
またざわつく。
「何だ」
「彼女への敵対行為を禁ずる」
真っ直ぐ。
「彼女は俺の伴侶になる」
空気が止まる。
「ちょ、ちょっと」
聞いていない。
「正式に、だ」
魔王がこちらを見る。
戦場より真剣な顔。
「ミオ」
「はい」
立ち上がる。
膝が震える。
「俺は王だ」
「知ってます」
「だが、お前の前ではただの男だ」
前にも聞いた。
でも今は、世界が見ている。
「俺の隣にいろ」
静かに、しかし確かに。
「魔界の王妃として」
ざわめきが爆発する。
「人間だぞ!?」
「前例がない!」
「前例は今作る」
魔王が言い切る。
視線が集まる。
逃げ場はない。
でも。
もう逃げない。
「条件があります」
私の声が、思ったより響いた。
「言え」
「床は私が管理します」
数秒の沈黙。
「……それだけか」
「大事です」
魔王の口元が上がる。
「承知した」
そして。
片膝をつく。
魔王が。
王が。
世界の前で。
「ミオ」
赤い瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。
「愛している」
呼吸が止まる。
「俺の隣を、選べ」
胸が熱い。
怖い。
でも。
「はい」
はっきりと言う。
「選びます」
ざわめきの中。
魔王が私の手を取る。
今度は迷いなく。
勇者が静かに拍手する。
「……完敗だな」
苦笑。
「世界を救うのは、剣ではなく恋か」
「床です」
私は言い切る。
笑いが広がる。
緊張が解ける。
◇
会議のあと。
壊れかけの玉座の間。
「本当にいいのか」
魔王が小さく問う。
「いいです」
「帰れぬぞ」
「帰る場所、もう作りました」
彼の胸を軽く叩く。
「ここに」
魔王の瞳が柔らぐ。
「……俺は努力型だ」
「知ってます」
「一生、理由を増やす」
「楽しみにしてます」
玉座の間はまだ傷だらけ。
でも。
戦火ではなく、未来で埋めていく。
魔王が私の額に口づける。
「王妃」
「まだ掃除係です」
「両立しろ」
「ブラック王政ですね」
笑い声が響く。
世界はすぐには変わらない。
でも。
停戦は始まった。
求婚は成立した。
床はこれからも磨く。
魔王城の清掃係は。
今日から、魔王の伴侶でもある。
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