悪役令嬢短編集

由香

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『断罪イベントはお断りですわ』

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 春の陽光が差し込む王立アルスター学園の入学式、その壇上でわたくし――アリシア・デュランは、突然すべてを思い出した。

(……どうして覚えているの?これ、“星恋の騎士たち”の世界じゃありませんの!)

 乙女ゲーム。しかもわたくしは、王太子に恋するヒロインをいじめる悪役令嬢の役どころ。
 最終的には卒業パーティで断罪され、婚約破棄、国外追放――。

「破滅エンドなんて、絶対に嫌ですわ……!」

 袖の内側でぎゅっと拳を握りしめる。

 しかし同時に、思い出す。
 わたくしがこのゲームをやり込んでいた理由は、王太子ルートでも騎士団長ルートでもなく……。

(推し……そう、レオン・ハーシェル!図書館にひっそりいる隠しキャラ……!)

 黒髪で無口、しかしイベントを進めると途端に甘くなる最推し。
 わたくしは彼のルート解放のために何十時間も費やしたのだ。

(破滅回避は当然。でも、推しの幸せも最優先事項ですわ!)

 わたくしは、高らかに心の中で決意した。


 破滅フラグを避けるために、まずはヒロイン――リリア・グレイスに近づき、好感度を上げることにした。

 だが。

「り、リリア様。お手元のハンカチ、落とされましたわ」

「えっ……あ、あの……アリシア様が、わたくしに嫌味を?」

「嫌味じゃありませんわ!?」

 なぜ……どうしてそうなるの。

 やさしく接したつもりなのに、表情のきつさが悪役補正なのか全部悪印象として受け取られる。
 わたくしは落ち込みながら、学園の図書館へ避難する。

 そこに彼がいた。

「アリシア様。また来たんですね」

 黒髪に銀縁の本読みメガネ。涼やかな瞳。
 そう、レオン・ハーシェル。

「レオン様……はい。ここは落ち着きますわ」

「……今日も無理していませんか?」

 静かな声。気遣い。
 推しの声が現実で聞けるなんて、それだけで幸せなのだけれど。

「わたくし……本当は、誰とも争いたくございませんの。ただ、うまくいかなくて」

「あなたが人を傷つけるところなんて、一度も見ていませんよ」

 さらりと言うその一言が、ゲームそのままの破壊力で胸を射抜く。

 好き。

 言葉にできない思いが胸に渦巻くが、立場上そんなことは言えない。

(ああ、いけませんわ……。推しは“隠しキャラ”。彼のルートに行くほど、断罪イベントの怒りを買いやすいのに……)

「アリシア様。何かあれば、僕を頼ってください」

 その優しい声に、わたくしは小さく頷くことしかできなかった。


 しかし、状況は悪化の一途をたどった。

 廊下で偶然リリア様にぶつかれば――

「アリシア様、押されました……!」

「押してませんわ!?ただの事故ですわ!」

 王太子――エドワード殿下にも距離を置こうとすれば、

「アリシア。君は、なぜ最近私を避けている?」

「避けてなどいませんわ。ただ、殿下はお忙しいと思い……」

「嘘は良くない」

(ど、どうして疑われてますの!?)

 破滅回避ムーブのつもりが、悉くだめ。

 ただひとりレオンだけが、わたくしを肯定してくれる。

 その優しさが逆に苦しい。

(……レオン様、あなたの存在がフラグを狂わせている気がいたしますわ……)


 そして運命の日。

 卒業パーティの一週間前、わたくしは王城の大広間へ呼び出された。

 理由は察している。

(来てしまいましたわね……断罪イベント)

 扉を開ければ、王太子エドワード殿下、ヒロインのリリア様、側近たちが居並び、重苦しい空気に包まれていた。

「アリシア・デュラン。君の行いについて話がある」

 殿下の声は固い。

 リリア様は震える声で、

「アリシア様が、わたくしをいじめて……!」

「いじめなんてしておりませんわ!」

 反論したところで聞く耳は持たれない。
 提示される“証拠”はどれも誤解の積み重ね。

 それでも、胸を張って言った。

「わたくしは誰も傷つけておりません!それだけは、断言いたします!」

 殿下は沈黙し――

「申し開きは後にしよう。まずは――」

 その瞬間だった。

 大扉が勢いよく開かれた。

「――お待ちください」

 静かな声。
 しかしその場にいた全員が息を呑むほどの存在感。

 レオン・ハーシェルが、迷いのない足取りで中央へ歩み出てきた。

「アリシア様は無実です」

 その手には分厚い書類。

「これは、ここ数ヶ月のアリシア様の行動記録。そしてリリア様に対する“嫌がらせ”とされた出来事の“真正な原因”です」

「な、なんだと……?」

 殿下が目を見開く。

 レオンは冷静に続けた。

「廊下の衝突は、別の生徒が背中を押したもの。手紙の脅迫は、拾った者が故意にアリシア様のせいにした。すべて、裏取り済みです」

 その声には一切の迷いも揺らぎもない。

 わたくしは呆然と彼を見つめるしかなかった。

「レオン様……どうして、そんな……?」

 すると、彼は一拍おいて告げた。

「僕は……王城直属の情報局員です。身分を隠して学園に潜入していました」

 大広間がざわめきに包まれる。

「アリシア様を監視する任務でした。しかし――」

 彼はわたくしのほうへ歩み寄り、そっと手を取る。

「任務以上の感情が、どうしても抑えられなかった」

 ――時が止まった。

 わたくしの心臓だけが、痛いほど音を立てる。

「僕は……あなたを好きになってしまったんです。どうか、僕の気持ちを聞いてください」

 え、待って。
 推し……推しから……告白?

 現実ですの……?

 エドワード殿下は圧倒され、しばし言葉を失っていたが、やがて深いため息をついた。

「……アリシア。すまなかった。私が軽率だった」

 殿下が、頭を下げた。

 リリア様も泣きながら、

「アリシア様……、全部誤解していました。ごめんなさい……!」

 わたくしは首を横に振り、微笑む。

「もうよいのですわ。誤解は解けましたもの」

 そして視線をレオンへ向ける。

 彼の瞳には、不安と決意と――わたくしへの想いが宿っていた。

「アリシア様。僕と……正式に婚約していただけませんか?」

 心臓が跳ねた。

 夢にまで見た推しの言葉。

 わたくしは、そっと手を胸に当て、そして――

「……よろこんで」

 小さく頷いた。

 レオンはわずかに表情を崩し、ほっと息をつき、わたくしの手を強く握る。

 これが、わたくしたちの“推しルート確定”の瞬間だった。


 その後、王太子は自ら婚約破棄を取り下げ、リリア様と協力して生徒たちへの誤解も解いてくれた。

 わたくしとレオンは正式に婚約が結ばれ、王城の祝賀会では、

「アリシア様、今日のドレス……すごく似合ってます」

「も、もう……レオン様。突然そんなことを言われましては……!」

「隣に立つ人だから、ちゃんと伝えたいんです」

 こんな甘い言葉が毎日のように囁かれ――

(……断罪イベント? 何のことかしら)

 推しの隣に立つ未来を掴んだ今、そんなものは遠い過去。

 わたくしは微笑みながら、彼の手をしっかりと握り返した。

――悪役令嬢?いいえ。わたくしは推しの幸せを守り抜いた、ただの令嬢ですわ。

 そして今日も、幸せな物語が続いていく。




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