1 / 11
『断罪イベントはお断りですわ』
しおりを挟む春の陽光が差し込む王立アルスター学園の入学式、その壇上でわたくし――アリシア・デュランは、突然すべてを思い出した。
(……どうして覚えているの?これ、“星恋の騎士たち”の世界じゃありませんの!)
乙女ゲーム。しかもわたくしは、王太子に恋するヒロインをいじめる悪役令嬢の役どころ。
最終的には卒業パーティで断罪され、婚約破棄、国外追放――。
「破滅エンドなんて、絶対に嫌ですわ……!」
袖の内側でぎゅっと拳を握りしめる。
しかし同時に、思い出す。
わたくしがこのゲームをやり込んでいた理由は、王太子ルートでも騎士団長ルートでもなく……。
(推し……そう、レオン・ハーシェル!図書館にひっそりいる隠しキャラ……!)
黒髪で無口、しかしイベントを進めると途端に甘くなる最推し。
わたくしは彼のルート解放のために何十時間も費やしたのだ。
(破滅回避は当然。でも、推しの幸せも最優先事項ですわ!)
わたくしは、高らかに心の中で決意した。
破滅フラグを避けるために、まずはヒロイン――リリア・グレイスに近づき、好感度を上げることにした。
だが。
「り、リリア様。お手元のハンカチ、落とされましたわ」
「えっ……あ、あの……アリシア様が、わたくしに嫌味を?」
「嫌味じゃありませんわ!?」
なぜ……どうしてそうなるの。
やさしく接したつもりなのに、表情のきつさが悪役補正なのか全部悪印象として受け取られる。
わたくしは落ち込みながら、学園の図書館へ避難する。
そこに彼がいた。
「アリシア様。また来たんですね」
黒髪に銀縁の本読みメガネ。涼やかな瞳。
そう、レオン・ハーシェル。
「レオン様……はい。ここは落ち着きますわ」
「……今日も無理していませんか?」
静かな声。気遣い。
推しの声が現実で聞けるなんて、それだけで幸せなのだけれど。
「わたくし……本当は、誰とも争いたくございませんの。ただ、うまくいかなくて」
「あなたが人を傷つけるところなんて、一度も見ていませんよ」
さらりと言うその一言が、ゲームそのままの破壊力で胸を射抜く。
好き。
言葉にできない思いが胸に渦巻くが、立場上そんなことは言えない。
(ああ、いけませんわ……。推しは“隠しキャラ”。彼のルートに行くほど、断罪イベントの怒りを買いやすいのに……)
「アリシア様。何かあれば、僕を頼ってください」
その優しい声に、わたくしは小さく頷くことしかできなかった。
しかし、状況は悪化の一途をたどった。
廊下で偶然リリア様にぶつかれば――
「アリシア様、押されました……!」
「押してませんわ!?ただの事故ですわ!」
王太子――エドワード殿下にも距離を置こうとすれば、
「アリシア。君は、なぜ最近私を避けている?」
「避けてなどいませんわ。ただ、殿下はお忙しいと思い……」
「嘘は良くない」
(ど、どうして疑われてますの!?)
破滅回避ムーブのつもりが、悉くだめ。
ただひとりレオンだけが、わたくしを肯定してくれる。
その優しさが逆に苦しい。
(……レオン様、あなたの存在がフラグを狂わせている気がいたしますわ……)
そして運命の日。
卒業パーティの一週間前、わたくしは王城の大広間へ呼び出された。
理由は察している。
(来てしまいましたわね……断罪イベント)
扉を開ければ、王太子エドワード殿下、ヒロインのリリア様、側近たちが居並び、重苦しい空気に包まれていた。
「アリシア・デュラン。君の行いについて話がある」
殿下の声は固い。
リリア様は震える声で、
「アリシア様が、わたくしをいじめて……!」
「いじめなんてしておりませんわ!」
反論したところで聞く耳は持たれない。
提示される“証拠”はどれも誤解の積み重ね。
それでも、胸を張って言った。
「わたくしは誰も傷つけておりません!それだけは、断言いたします!」
殿下は沈黙し――
「申し開きは後にしよう。まずは――」
その瞬間だった。
大扉が勢いよく開かれた。
「――お待ちください」
静かな声。
しかしその場にいた全員が息を呑むほどの存在感。
レオン・ハーシェルが、迷いのない足取りで中央へ歩み出てきた。
「アリシア様は無実です」
その手には分厚い書類。
「これは、ここ数ヶ月のアリシア様の行動記録。そしてリリア様に対する“嫌がらせ”とされた出来事の“真正な原因”です」
「な、なんだと……?」
殿下が目を見開く。
レオンは冷静に続けた。
「廊下の衝突は、別の生徒が背中を押したもの。手紙の脅迫は、拾った者が故意にアリシア様のせいにした。すべて、裏取り済みです」
その声には一切の迷いも揺らぎもない。
わたくしは呆然と彼を見つめるしかなかった。
「レオン様……どうして、そんな……?」
すると、彼は一拍おいて告げた。
「僕は……王城直属の情報局員です。身分を隠して学園に潜入していました」
大広間がざわめきに包まれる。
「アリシア様を監視する任務でした。しかし――」
彼はわたくしのほうへ歩み寄り、そっと手を取る。
「任務以上の感情が、どうしても抑えられなかった」
――時が止まった。
わたくしの心臓だけが、痛いほど音を立てる。
「僕は……あなたを好きになってしまったんです。どうか、僕の気持ちを聞いてください」
え、待って。
推し……推しから……告白?
現実ですの……?
エドワード殿下は圧倒され、しばし言葉を失っていたが、やがて深いため息をついた。
「……アリシア。すまなかった。私が軽率だった」
殿下が、頭を下げた。
リリア様も泣きながら、
「アリシア様……、全部誤解していました。ごめんなさい……!」
わたくしは首を横に振り、微笑む。
「もうよいのですわ。誤解は解けましたもの」
そして視線をレオンへ向ける。
彼の瞳には、不安と決意と――わたくしへの想いが宿っていた。
「アリシア様。僕と……正式に婚約していただけませんか?」
心臓が跳ねた。
夢にまで見た推しの言葉。
わたくしは、そっと手を胸に当て、そして――
「……よろこんで」
小さく頷いた。
レオンはわずかに表情を崩し、ほっと息をつき、わたくしの手を強く握る。
これが、わたくしたちの“推しルート確定”の瞬間だった。
その後、王太子は自ら婚約破棄を取り下げ、リリア様と協力して生徒たちへの誤解も解いてくれた。
わたくしとレオンは正式に婚約が結ばれ、王城の祝賀会では、
「アリシア様、今日のドレス……すごく似合ってます」
「も、もう……レオン様。突然そんなことを言われましては……!」
「隣に立つ人だから、ちゃんと伝えたいんです」
こんな甘い言葉が毎日のように囁かれ――
(……断罪イベント? 何のことかしら)
推しの隣に立つ未来を掴んだ今、そんなものは遠い過去。
わたくしは微笑みながら、彼の手をしっかりと握り返した。
――悪役令嬢?いいえ。わたくしは推しの幸せを守り抜いた、ただの令嬢ですわ。
そして今日も、幸せな物語が続いていく。
17
あなたにおすすめの小説
最近のよくある乙女ゲームの結末
叶 望
恋愛
なぜか行うことすべてが裏目に出てしまい呪われているのではないかと王妃に相談する。実はこの世界は乙女ゲームの世界だが、ヒロイン以外はその事を知らない。
※小説家になろうにも投稿しています
公爵令嬢の一度きりの魔法
夜桜
恋愛
領地を譲渡してくれるという条件で、皇帝アストラと婚約を交わした公爵令嬢・フィセル。しかし、実際に領地へ赴き現場を見て見ればそこはただの荒地だった。
騙されたフィセルは追及するけれど婚約破棄される。
一度だけ魔法が使えるフィセルは、魔法を使って人生最大の選択をする。
【短編】その婚約破棄、本当に大丈夫ですか?
佐倉穂波
恋愛
「僕は“真実の愛”を見つけたんだ。意地悪をするような君との婚約は破棄する!」
テンプレートのような婚約破棄のセリフを聞いたフェリスの反応は?
よくある「婚約破棄」のお話。
勢いのまま書いた短い物語です。
カテゴリーを児童書にしていたのですが、投稿ガイドラインを確認したら「婚約破棄」はカテゴリーエラーと記載されていたので、恋愛に変更しました。
悪役令嬢を彼の側から見た話
下菊みこと
恋愛
本来悪役令嬢である彼女を溺愛しまくる彼のお話。
普段穏やかだが敵に回すと面倒くさいエリート男子による、溺愛甘々な御都合主義のハッピーエンド。
小説家になろう様でも投稿しています。
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
悪意には悪意で
12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。
私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。
ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる