悪役令嬢短編集

由香

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『悪役令嬢、断罪される前に真犯人を見つけますわ!』

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 王立セラフィード学園・卒業舞踏会の前夜。
 わたくし――セレスティア・アルビオンは、豪奢な自室で紅茶を冷ましながら、ため息をひとつこぼした。

(明日はいよいよ、断罪イベントの日……)

 王太子エリオット殿下の婚約者であるわたくしは、近頃、聖女ミレイユへの“嫌がらせ”を濡れ衣として着せられていた。
 ゲームならぬ現実世界では、黙っていれば破滅一直線。

「まあ、断罪されるなどまっぴらですわ。明日は華麗に白を証明してみせます」

 そう決意した矢先――。

 バンッ!!

 扉が乱暴に開かれ、侍女が蒼白な顔で飛び込んできた。

「お、お嬢様っ……!た、大変でございます!!」

「落ち着きなさい。何事ですの?」

「聖女ミレイユ様が……王宮から、いなくなられたのです!!」

「……は?」

 空気が凍りついた。

(待ちなさい。これは…………嫌な予感しかしませんわ)

 案の定。

「王宮の一部では、“アルビオン家の令嬢が連れ去ったのでは?” という噂まで……!」

「ああ……来ましたのね。濡れ衣の第二弾」

 つまり――。

(このままでは、明日の断罪イベントで“誘拐犯”まで追加されてしまいますわ)

 わたくしは意を決し、立ち上がった。

「侍女。馬車の準備を。今からわたくし、王宮に向かいますわ!」

「お、お嬢様……っ、危険です!」

「危険なのは、破滅が確定しているわたくしの未来のほうでしょう?」

 濡れ衣を晴らすには――わたくし自身が真相を暴くしかない。

「犯人探しをいたしますわ」


 深夜の王宮は緊迫した空気に包まれていた。

 聖女がいなくなるなど、王国の一大事。
 兵士が走り回り、王太子派の騎士たちは苛立ち、噂は瞬く間に広がっていた。

「……セレスティア様。来たのですね」

 振り返れば、白銀の髪に淡い青の瞳をもつ青年――ルイス・クラウザーが立っていた。
 宰相補佐。王宮随一の頭脳で、わたくしの“幼なじみで好敵手”。
 そして、しつこく「君は悪役でも美しい」と甘い言葉を投げてくる厄介な男。

「当然ですわ。明日断罪される前に真実を掴む必要がありますもの」

「……相変わらず肝が据わっていますね。殿下は激昂していました。“セレスティアがミレイユをさらった”と」

「まあ、殿下の短絡的なこと」

「同意しますよ」

 ルイスは小さく鼻で笑った。

「僕も協力しましょう」

「……なぜ?」

「君を失脚させようとする愚か者が許せないからです。それに――」

 ルイスはふっと声を落とし、囁く。

「君が困っている時に、そばにいたいから」

「………………」

 心臓が跳ねた。

 こんな時でも甘い台詞を忘れないなんて、ほんとうに厄介だ。

「では、さっそく参りましょう」

「ええ。まずは聖女が消えた場所から、ですわ」


 王宮の聖堂。
 ミレイユが最後に目撃された場所――小部屋。

 そこは整然としていたが、違和感があった。

「机の引き出し……鍵が壊れていますわ」

「誰かが急いで開けたのでしょうね。中は――」

 ルイスが引き出しを確認し、眉をひそめる。

「脅迫状……?」

 中には、粗雑な筆跡で書かれた紙が残されていた。

『余計な真似をすれば、国民に真実をバラす ――白百合会』

「白百合会……殿下派の一部ですわね」

「ミレイユは、殿下派に脅されていたようですね。“聖女という名の偶像を利用するために”。」

 さらに、小部屋の床には微かな跡が残っていた。

「香水……これはミレイユ様のものですわ。あと、これは……布を引きずった跡?」

「連れ去り、移動させられた、と見るのが自然ですね」

 ルイスはわたくしの目をじっと見つめて言った。

「セレスティア。君は人を傷つけたりしない。僕はずっと見てきた」

「……あなた、いつもわたくしを見ていたの?」

「ええ。ずっと」

 また心臓が跳ねた。

 だめよ、こんな時にときめいている場合ではなくてよ……!?


 王宮裏の倉庫――。
 ひっそりとしたその場所で、わたしたちは彼女を見つけた。

「ミレイユ様!」

 薄暗い倉庫の奥、縄で軽く拘束されていたミレイユがこちらを見た。

「セレスティア様……!?」

「ご安心なさいませ、すぐに――」

「セレスティアっ!!」

 怒号が響き、王太子エリオット殿下が駆け込んできた。
 剣を抜き、わたくしに向ける。

「貴様がミレイユをさらったのか!!」

「あら、殿下。脳内花畑ですの?」

「な……っ」

 わたくしはスカートを払って堂々と立つ。

「わたくしが彼女を傷つける理由などございませんわ。むしろ――あなたの腹心、白百合会の仕業です」

「証拠はどこにある!」

「ここに、ですわ」

 ルイスが脅迫状、証拠品、そしてミレイユ本人からの証言を丁寧に提示した。

 ミレイユは震えながら語った。

「セレスティア様は……わたくしを助けに来てくれたのです。脅されたのはわたし……。セレスティア様ではありません……!」

「…………」

 王太子の顔が烈火の如く赤くなり、そして蒼白になった。

「わ、私は……」

「殿下。ご自分の足元をご覧になって?」

 わたくしは冷ややかに告げた。

「利用されていたのは、わたくしではなく――殿下のほうですわ」

 王太子の腹心たちは次々と取り押さえられ、場は一気に混乱となる。
 その中心で、エリオットはただ呆然とわたくしを見つめていた。

「セレスティア……すまなかった……!」

「謝罪は受け取りますわ。でも、婚約は――」

「や、やはり破棄したいか……?」

「当然でしょう?」

 わたしはにっこり笑った。

「あなたはわたくしを信じなかった。その一点だけで十分ですわ」

 エリオットは力なく膝を折る。


 そして翌日――卒業舞踏会。

 本来なら断罪されるはずの夜は、一転し、わたくしの潔白と功績をたたえる場となった。

 華やかな音楽が響くなか、ルイスが手を差し出す。

「セレスティア。踊ってください」

「……断りますと言ったら?」

「追いかけてでも連れ去りますよ」

「……強引な方」

 手を取ると、彼は腕を引き寄せ、耳元で囁いた。

「本当に……よく頑張りましたね」

 その声は、驚くほど優しかった。

「あなたが助けてくださらなければ成立しませんでしたわ」

「助けたかったのは……任務ではなく、僕の気持ちです」

 踊りの最中、彼はふと動きを止めた。
 月明かりが差すテラスへと、わたくしを連れ出す。

「セレスティア。君は、悪役令嬢だと言われていたけれど」

 静かな夜風の中、彼はわたくしの手を取る。

「僕にとっては、誰より誇らしい女性だ」

「…………!」

「だから――」

 ルイスは片膝をつき、そっとわたくしを見上げた。

「僕と結婚してくれないか」

 世界が一瞬で静まった。

 胸が、痛いほど熱くなる。

「……わたくしで、よろしいの?」

「君じゃなきゃ、だめなんだ」

 迷う理由など、なかった。

「……はい。わたくし、あなたの隣に立ちたいと思いますわ」

 ルイスは安堵のあまり笑い、立ち上がってわたくしを抱きしめた。

 夜空で花火が上がる。

(悪役令嬢?そんなもの、もうどうでもよろしいですわ)

 破滅ルートを切り開き、運命をねじ曲げ、最後に掴んだのは――誰よりも信じてくれる人の手。

 わたくしセレスティア・アルビオンは、こうして幸せを勝ち取ったのだった。

――これにて一件落着、ですわ!




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