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『断罪式の裏側で、悪役令嬢はただ笑う』
しおりを挟む王城の大広間には、人々のざわめきが満ちていた。
「悪役令嬢リリエル・アーデンが、ついに断罪されるらしいぞ」
「王太子殿下の婚約者なのに、聖女様を虐めたとか」
どこか浮き立つような、好奇の混じった視線。
その中心で、私は真っ白なドレスをまとい、静かに膝を折っている。
――悪役令嬢。
――断罪。
そのどれもが、予定通り。
「リリエル・アーデン」
玉座から響いたのは、王太子レオンの声だった。
氷のように冷たい表情――もちろん演技だ。
けれど、この場にいる誰も、彼が私の共犯者などとは疑うまい。
「そなたは聖女セレナに対する度重なる侮辱、嫌がらせ、魔力妨害の罪により――」
「ええ、すべて私がやりましたわ」
私は淡々と告げる。
大広間がざわめきに包まれ、レオンはわずかに目を細めた。
“本当に言うんだ”と言いたげな、困ったような目。
だが、台本どおり。
泣き出しそうに震えていた聖女セレナは――その瞬間だけ、唇の端を吊り上げ、勝ち誇った笑みを浮かべた。
まるで隠しきれない本性を、覗かせるかのように。
(やっぱり、あなたね)
私は心の中で呟く。
断罪の舞台は整った。
あとは、黒幕に“正体を現してもらうだけ”だ。
聖女セレナは、涙を流しながら声を張り上げた。
「ひっ……毎日のように、リリエル様に虐められて……魔力も乱され、聖女の力も弱まって……っ!」
「まあ、なんて恐ろしい悪役令嬢ですことで」
私はわざとらしく微笑んだ。
誰もかもが、セレナの味方をする。
だが、この国で“聖女”と呼ばれる者が突然現れた時点で、本来なら不審に思うべきだった。
レオンは玉座から立ち上がり、剣の柄に手を置く。
「リリエル。弁明の余地はないか?」
「ありませんわ。――すべて、私の意思で行いましたもの」
場内がざわつき、王族の重臣たちは一斉に顔を見合わせる。
誰もが思うだろう。
この女は、なぜこんなにもあっさり罪を受け入れるのか、と。
けれど私はレオンにだけ、ほんの一瞬、視線を送った。
それはーー二人だけにわかる、合図。
(そろそろよ。来るはず)
その瞬間。
大広間の空気が――濁った。
「……っ!」
聖女セレナの身体から、どす黒い瘴気が滲み始めたのだ。
誰もが息を呑み、後ずさる。
慈愛の象徴であるはずの聖女の肌が、紫に染まり、瞳は赤く濁り始める。
「あ、ああっ……こんなはずじゃ……力が、制御できない……っ!」
セレナが叫び、魔力が暴走し、床が割れた。
群衆は悲鳴を上げて逃げ惑う。
だが私は――微笑んだ。
「やっと、姿を見せましたわね」
その言葉に、セレナの濁った瞳が私を睨みつける。
「な……何を……?」
「あなたが“魔物化を試みたニセ聖女”であるという証拠をつかむため、私はあえて悪役を演じていただけですわ」
驚愕の声が大広間に渦巻く。
「あなたが本物の聖女でないこと、私には最初からわかっていましたのよ。だって――」
私はゆっくりと立ち上がり、ドレスの裾を払った。
「あなたからは、魔物の匂いしかしませんでしたもの」
セレナの変貌はさらに進み、完全に魔物の姿に変わっていく。
「黙れぇぇええええ!」
暴れ狂う爪が私を襲う――その前に。
「リリエル!」
レオンが私の前に立ち、光剣を抜き放った。
一閃。
黒い瘴気を裂く、美しい光。
「いきますよ、レオン」
「当然だ。リリエル、君を傷つけさせるわけがない」
私たちは背中合わせになり、魔物化したセレナへ向き合う。
私は瞳を閉じ、胸の前で手を組む。
「――〈浄化〉」
真っ白な光が私の指先から溢れ、大広間を包み込む。
レオンの光剣と共鳴し、浄化の波となって魔物の影を飲み込み、消し去っていく。
悲鳴と共に、セレナの身体が崩れ落ちた。
瘴気は跡形もなく消え失せる。
静寂。
誰もが呆然と、私とレオンを見ている。
「……終わりましたわね」
「ああ。さすがだ、リリエル」
レオンが優しく微笑む。
いつもの、私だけに向けられる笑み。
断罪式の後。
王族たちはすぐに調査を始め、ニセ聖女が魔物と契約していた事実が明らかになった。
大広間に再び集められた民衆を前に、レオンは堂々と宣言した。
「リリエルは、国を救うために悪役を演じたにすぎない。彼女は我々の敵ではない。むしろ――英雄だ」
どよめきが起きたが、次第にそれは称賛へと変わっていく。
人々は涙し、私の名誉は完全に回復された。
だが私にとっては、それすら些細なことだった。
レオンが微笑んでくれるなら、それだけでよかったのだから。
「リリエル」
レオンが歩み寄り、そっと私の手を取る。
「君がそばにいてくれない未来なんて、考えられない。――改めて言わせてほしい。俺の隣に、これからもいてくれますか」
「……ふふ。仕方ありませんわね。あなたはどうしても私を手放せないようですし」
レオンの耳が赤くなる。
私はそっと手を重ね返した。
「ええ。これからも、ずっと……あなたの隣におりますわ」
大広間に温かい拍手が響く中、私は彼の手を握り続けた。
――断罪式は幕を閉じる。
――悪役令嬢は、最後に笑う。
それが、この一話だけの物語。
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