悪役令嬢短編集

由香

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『断罪劇の幕が上がる』

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 その日、王城の大広間は異様な熱気に包まれていた。
 赤い絨毯の中央に立たされているのは、この国有数の名門公爵家の令嬢――セラフィーナ・アルヴェーン。
 そして玉座の前に立つのは、王太子レオンハルトと、彼の腕にしなだれかかる平民出身の少女、ミリア。

「セラフィーナ・アルヴェーン。貴様は数々の悪行を重ね、ミリアを執拗に虐げた。その罪、もはや看過できぬ」

 王太子の声は、正義に酔った響きを帯びていた。
 周囲の貴族たちはざわめき、同情と蔑みの視線がセラフィーナに注がれる。

(……ああ、来たわね)

 セラフィーナは内心で静かに息を吐いた。
 これが、いわゆる“断罪イベント”というやつだ。

 彼女は三日前、はっきりと思い出してしまったのだ。
 自分が前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖花の誓い』の悪役令嬢その人であることを。

 ――そして、この断罪の先に待つのが、婚約破棄、国外追放、もしくは処刑というバッドエンドであることも。

「……何か言い残すことはあるか?」

 勝ち誇ったように微笑む王太子。
 ミリアは潤んだ瞳でこちらを見つめ、か弱く震えている。

 だが、セラフィーナは取り乱さなかった。
 むしろ、ゆっくりと口角を上げた。

「ええ。ございますわ」

 その微笑みに、何人かの貴族が違和感を覚えた。

「まず一つ。――“虐げた”とおっしゃいましたけれど、具体的にはいつ、どこで、誰がそれを見たのかしら?」

「なっ……!」

 王太子が言葉に詰まる。
 ミリアは慌てて口を開いた。

「セ、セラフィーナ様は、いつも私を睨んで……!陰口を言って……!」

「陰口?それはどなたが聞いたの?」

「そ、それは……」

 大広間が静まり返る。

 セラフィーナは続けた。

「わたくしがミリア様に直接危害を加えた証拠は?暴言の記録は?証人は?」

「そ、それは……お前の普段の態度が――」

「“態度が悪い”は罪になりませんわ」

 ぴしゃり、と空気を切るような声。

「では、次に。わたくしが“横領した”とされる学園の寄付金についてですが――」

 セラフィーナは侍女から一冊の帳簿を受け取り、床に落とす。

「その管理をしていたのは、会計補佐官ミリア・ローゼン。……あなたですわよね?」

「えっ……?」

「寄付金の流れ、すべてここに記録があります。不自然に消えている金額、流用先、そしてその先にある口座名義……」

 セラフィーナは、はっきりと告げた。

「すべて、あなたの名前ですわ」

 ざわり、と貴族たちが一斉にどよめいた。

「な、何を……そんなの、でっちあげよ!」

 ミリアが叫ぶが、声は震えている。

「では、こちらは?」

 今度は別の書類。
 王城の印が押された正式な調査報告書だった。

「会計監査局による裏取り済み。証人、記録、魔法的真偽判定、すべて問題なし」

 王太子の顔色が、みるみる青くなる。

「レオンハルト殿下。あなたは“恋に盲目”になり、調査もせず、第三者の告発だけで婚約者を断罪しようとした」

 セラフィーナは一歩前に出る。

「それは王太子として、いえ、人として失格ですわ」

「ぐ……!」

「さらに申し上げますと――」

 彼女は最後の切り札を切った。

「ミリア様は既に、他国の貴族と通じており、機密情報を流していた証拠もございます」

「そ、そんな……!」

 しかし否定は空しく、次々と証拠が突きつけられる。

 結果は、明白だった。

 ミリア・ローゼン:国家反逆罪で投獄。
 レオンハルト王太子:婚約破棄無効、王位継承権剥奪。
 セラフィーナ・アルヴェーン:無実証明、名誉完全回復。

 断罪されるはずだった悪役令嬢は、玉座の前で堂々と立っていた。

「……セラフィーナ」

 すべてを失った元王太子が、縋るように声をかける。

「わたしは……間違っていた。戻ってきてくれ……」

 セラフィーナは、冷たく微笑んだ。

「お断りですわ」

 そして、はっきりと言い放つ。

「あなたはわたくしを信じなかった。それだけで、二度と隣に立つ資格はありません」

 踵を返し、去っていくその背中に、誰も言葉をかけられなかった。

 ――こうして。

 “悪役令嬢”と呼ばれた少女は、自らの知略と準備で、断罪劇を完全にひっくり返したのだった。




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