悪役令嬢短編集

由香

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『断罪のその先で、紅茶を』

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 王立学園の大広間は、祝祭の夜にもかかわらず、異様な緊張に包まれていた。
 中央に立たされているのは、この国随一の名門・ヴァレンシュタイン公爵家令嬢、リリアーナ・ヴァレンシュタイン。
 そして彼女を糾弾するように、王太子アルベルトが声を張り上げる。

「リリアーナ・ヴァレンシュタイン!貴様はこれまで、エミリア嬢を妬み、陰湿ないじめを繰り返してきたな!」

 ざわめき。視線。期待と興奮。

 ――ああ、来たわね。

 リリアーナは心の中で静かに紅茶を啜った。
 実際には何も飲んでいないが、これくらいの余裕がなければ“悪役令嬢”は務まらない。

「証拠も証人も揃っている!」

「……そう」

 短く答えると、アルベルトは苛立ったように眉を吊り上げた。
 隣で涙ぐむ平民出身の少女、エミリアは、いかにも“健気な被害者”という表情を浮かべている。

 ――まったく、見事な演技。

 だが、リリアーナは知っている。
 この世界が、前世でプレイした乙女ゲームそのものであることを。
 そして自分が、破滅ルート確定の悪役令嬢であることを。

「リリアーナ、君は今日をもって婚約破棄だ。さらに公爵家は処罰を――」

「お待ちくださいませ、殿下」

 鈴の音のような声が、大広間に響いた。
 誰もが驚き、リリアーナを見る。

「……まだ、私の弁明をお聞きになっておりませんわ」

「今さら何を――」

「ええ、今さらです。ですから、簡潔に」

 リリアーナはゆっくりと一礼し、顔を上げた。

「エミリア様への嫌がらせ。そのすべて、事実でございます」

 ざわり、と空気が揺れる。
 エミリアは一瞬だけ目を見開いた。

「ですが――」

 リリアーナは微笑んだ。

「それらはすべて、“殿下とこの国のため”に行ったこと」

「な、何を言っている!」

「エミリア様は確かに心優しく、努力家で、殿下にふさわしいご令嬢でしょう。……ただし、“王妃として”は別ですわ」

 静まり返る大広間。
 リリアーナは続ける。

「帳簿管理、貴族間の交渉、外交儀礼。エミリア様は何一つ理解しておりません。にもかかわらず、周囲は“純真さ”だけを評価し、殿下を祭り上げる」

「それが何だというんだ!」

「王妃は飾りではございません。無知は罪。優しさだけでは国は守れない」

 アルベルトは言葉を失った。
 リリアーナは彼に背を向け、集まった貴族たちへ視線を巡らせる。

「私は悪役令嬢として、嫌われ役を引き受けました。エミリア様を追い詰め、殿下に選択を迫るために」

「選択……?」

「ええ。“恋”を取るか、“国”を取るか」

 沈黙。
 そして、リリアーナは深く息を吸った。

「結果、殿下は恋を選ばれた。それで結構。……ですが、それなら私はもう、この物語に用はありませんわ」

 彼女は優雅に一礼する。

「婚約破棄、謹んでお受けいたします。公爵家も、私も、国外へ退きましょう」

「待て、リリアーナ!」

 初めて、アルベルトの声に迷いが混じった。

 だがリリアーナは振り返らない。

「どうかお幸せに。――私の代わりに、国を守って差し上げて」

 その背中は、どこまでも凛としていた。



 三年後。
 隣国の小さな領地で、リリアーナは静かに紅茶を楽しんでいた。

「お嬢様、王都からの便りです」

 差し出された手紙には、内乱と政争に揺れる王国の近況が記されている。

「……そう」

 彼女は微笑み、カップを置いた。

「悪役令嬢は舞台を降りましたもの。あとは観客として、楽しませていただきましょう」

 紅茶は、今日も変わらず美味しかった。




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