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『断罪の薔薇は血に染まる』
しおりを挟む王城大広間。
それは本来、祝福と栄光のための場所であるはずだった。
だが今、そこに集う貴族たちの視線は獲物を囲むそれに酷似していた。
「エリザベート・フォン・ルーヴェンシュタイン」
王太子カイルの声が、冷え切った刃のように響く。
「貴女は、聖女アリアに対し嫉妬心を抱き、毒を用いて命を奪おうとした。その罪、重く――ここに断罪する」
私は、黙って立っていた。
背筋を伸ばし、顔を伏せることもせず。
貴族たちは、ひそひそと囁き合う。
「やはり悪役令嬢でしたのね」
「平民出身の聖女様が気に食わなかったのでしょう」
「欲深く、冷酷な女だと前から思っていましたわ」
――ああ。
もう、決まっているのだ。
真実など、誰も求めていない。
隣に立つ聖女アリアは、涙を浮かべて私を見る。
その指先は震え、声はか細い。
「エリザベート様……どうして……。私はただ、この国のために祈っていただけなのに……」
完璧な被害者。
完璧な聖女。
「……異議は?」
形式的に問われ、私は小さく息を吸った。
「ございます」
その一言で、空気が一瞬だけ揺らぐ。
「香油に毒が混入されていた件。確かに香油は私の所有物でした」
貴族たちの口元が、にやりと歪む。
「ですが、事件前日、アリア様に“祈祷に使いたい”と求められ、手渡しております。その後、返却はされておりません」
「嘘です!」
聖女の叫び。
即座に信者――否、貴族たちが同調する。
「往生際が悪い!」
「最後まで醜いですわね!」
カイルが、苛立たしげに言い放った。
「もういい、エリザベート。君は昔から、民に寄り添うこともせず、傲慢だった」
――民に寄り添わなかった?
税制改革案を誰がまとめた?
孤児院への資金を誰が手配した?
夜通し帳簿を見ていたのは、誰だ?
だが、成果は“地味”で、聖女の微笑みは“わかりやすい”。
「よって、婚約破棄。爵位剥奪、全財産没収。辺境への追放を命ずる」
歓声すら上がった。
――その瞬間。
「承知いたしました」
私が、微笑んだ。
その表情に、貴族たちが戸惑う。
「ですが――断罪の前に、どうか確認していただきたいものがございます」
私は合図を送る。
扉が開き、王宮魔術師団長が姿を現した。
「陛下の許可を得て、調査を行いました。毒物の成分解析、流通経路、魔力残滓の鑑定結果です」
ざわめき。
「毒は希少な聖具用薬品。購入できるのは、聖女の権限を持つ者のみ」
空気が、凍りつく。
「さらに、香油瓶に残された魔力反応は――」
団長は、はっきりと言った。
「聖女アリア本人のものと一致しました」
次の瞬間。
「ち、違います!!」
聖女の仮面が、砕け散る。
「私は……私は嵌められたのです!そうよ、エリザベートが……!」
だが、もはや誰も彼女を見ていなかった。
「さらに」
私は静かに口を開く。
「これまで“奇跡”とされてきた治癒や祝福。その多くが、事前に薬物や仕込みによる演出だった証拠も提出いたします」
悲鳴が上がる。
「聖女制度そのものを揺るがす、重大な詐欺行為です」
王太子の顔から、完全に血の気が失せた。
「……アリア?」
縋る声。
だが、返事はない。
聖女は、床に崩れ落ちた。
「よって」
国王が、重々しく宣告する。
「アリア・ルミナス。偽りの聖女として、身分剥奪。全財産没収の上、重罪人として投獄する」
叫び声。
引きずられていく“元聖女”。
――そして。
「カイル王太子」
国王の視線が、冷たく向けられる。
「調査不足、感情による裁定、国家の信用失墜。王位継承権を剥奪する」
大広間が、完全に静まり返った。
「な……!」
膝をつく王太子。
私は、その姿を見下ろした。
「殿下。貴方は、私を信じる機会を、何度も持っていました」
声は、驚くほど穏やかだった。
「ですが、選ばれたのは“都合の良い聖女”でしたね」
私は一礼する。
「爵位も、婚約も、不要です。――私は、私の誇りを持って生きますので」
そして、背を向けた。
断罪の場で血に染まったのは、薔薇ではない。
偽りと怠慢と、それに縋った者たちの未来だった。
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