悪役令嬢短編集

由香

文字の大きさ
9 / 11

『断罪の薔薇は血に染まる』

しおりを挟む

 王城大広間。
 それは本来、祝福と栄光のための場所であるはずだった。

 だが今、そこに集う貴族たちの視線は獲物を囲むそれに酷似していた。

「エリザベート・フォン・ルーヴェンシュタイン」

 王太子カイルの声が、冷え切った刃のように響く。

「貴女は、聖女アリアに対し嫉妬心を抱き、毒を用いて命を奪おうとした。その罪、重く――ここに断罪する」

 私は、黙って立っていた。
 背筋を伸ばし、顔を伏せることもせず。

 貴族たちは、ひそひそと囁き合う。

「やはり悪役令嬢でしたのね」

「平民出身の聖女様が気に食わなかったのでしょう」

「欲深く、冷酷な女だと前から思っていましたわ」

 ――ああ。
 もう、決まっているのだ。

 真実など、誰も求めていない。

 隣に立つ聖女アリアは、涙を浮かべて私を見る。
 その指先は震え、声はか細い。

「エリザベート様……どうして……。私はただ、この国のために祈っていただけなのに……」

 完璧な被害者。
 完璧な聖女。

「……異議は?」

 形式的に問われ、私は小さく息を吸った。

「ございます」

 その一言で、空気が一瞬だけ揺らぐ。

「香油に毒が混入されていた件。確かに香油は私の所有物でした」

 貴族たちの口元が、にやりと歪む。

「ですが、事件前日、アリア様に“祈祷に使いたい”と求められ、手渡しております。その後、返却はされておりません」

「嘘です!」

 聖女の叫び。
 即座に信者――否、貴族たちが同調する。

「往生際が悪い!」

「最後まで醜いですわね!」

 カイルが、苛立たしげに言い放った。

「もういい、エリザベート。君は昔から、民に寄り添うこともせず、傲慢だった」

 ――民に寄り添わなかった?

 税制改革案を誰がまとめた?
 孤児院への資金を誰が手配した?
 夜通し帳簿を見ていたのは、誰だ?

 だが、成果は“地味”で、聖女の微笑みは“わかりやすい”。

「よって、婚約破棄。爵位剥奪、全財産没収。辺境への追放を命ずる」

 歓声すら上がった。

 ――その瞬間。

「承知いたしました」

 私が、微笑んだ。

 その表情に、貴族たちが戸惑う。

「ですが――断罪の前に、どうか確認していただきたいものがございます」

 私は合図を送る。

 扉が開き、王宮魔術師団長が姿を現した。

「陛下の許可を得て、調査を行いました。毒物の成分解析、流通経路、魔力残滓の鑑定結果です」

 ざわめき。

「毒は希少な聖具用薬品。購入できるのは、聖女の権限を持つ者のみ」

 空気が、凍りつく。

「さらに、香油瓶に残された魔力反応は――」

 団長は、はっきりと言った。

「聖女アリア本人のものと一致しました」

 次の瞬間。

「ち、違います!!」

 聖女の仮面が、砕け散る。

「私は……私は嵌められたのです!そうよ、エリザベートが……!」

 だが、もはや誰も彼女を見ていなかった。

「さらに」

 私は静かに口を開く。

「これまで“奇跡”とされてきた治癒や祝福。その多くが、事前に薬物や仕込みによる演出だった証拠も提出いたします」

 悲鳴が上がる。

「聖女制度そのものを揺るがす、重大な詐欺行為です」

 王太子の顔から、完全に血の気が失せた。

「……アリア?」

 縋る声。
 だが、返事はない。

 聖女は、床に崩れ落ちた。

「よって」

 国王が、重々しく宣告する。

「アリア・ルミナス。偽りの聖女として、身分剥奪。全財産没収の上、重罪人として投獄する」

 叫び声。
 引きずられていく“元聖女”。

 ――そして。

「カイル王太子」

 国王の視線が、冷たく向けられる。

「調査不足、感情による裁定、国家の信用失墜。王位継承権を剥奪する」

 大広間が、完全に静まり返った。

「な……!」

 膝をつく王太子。

 私は、その姿を見下ろした。

「殿下。貴方は、私を信じる機会を、何度も持っていました」

 声は、驚くほど穏やかだった。

「ですが、選ばれたのは“都合の良い聖女”でしたね」

 私は一礼する。

「爵位も、婚約も、不要です。――私は、私の誇りを持って生きますので」

 そして、背を向けた。

 断罪の場で血に染まったのは、薔薇ではない。

 偽りと怠慢と、それに縋った者たちの未来だった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢の一度きりの魔法

夜桜
恋愛
 領地を譲渡してくれるという条件で、皇帝アストラと婚約を交わした公爵令嬢・フィセル。しかし、実際に領地へ赴き現場を見て見ればそこはただの荒地だった。  騙されたフィセルは追及するけれど婚約破棄される。  一度だけ魔法が使えるフィセルは、魔法を使って人生最大の選択をする。

最近のよくある乙女ゲームの結末

叶 望
恋愛
なぜか行うことすべてが裏目に出てしまい呪われているのではないかと王妃に相談する。実はこの世界は乙女ゲームの世界だが、ヒロイン以外はその事を知らない。 ※小説家になろうにも投稿しています

【短編】その婚約破棄、本当に大丈夫ですか?

佐倉穂波
恋愛
「僕は“真実の愛”を見つけたんだ。意地悪をするような君との婚約は破棄する!」  テンプレートのような婚約破棄のセリフを聞いたフェリスの反応は?  よくある「婚約破棄」のお話。  勢いのまま書いた短い物語です。  カテゴリーを児童書にしていたのですが、投稿ガイドラインを確認したら「婚約破棄」はカテゴリーエラーと記載されていたので、恋愛に変更しました。

悪役令嬢を彼の側から見た話

下菊みこと
恋愛
本来悪役令嬢である彼女を溺愛しまくる彼のお話。 普段穏やかだが敵に回すと面倒くさいエリート男子による、溺愛甘々な御都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

この離婚は契約違反です【一話完結】

鏑木 うりこ
恋愛
突然離婚を言い渡されたディーネは静かに消えるのでした。

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

処理中です...