悪役令嬢短編集

由香

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『毒耐性が強すぎる悪役令嬢、毒殺容疑で捕まる』

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 王都で最も華やかな季節――花の祝祭の真っ最中、王宮庭園ではレオンハルト王子主催の茶会が開かれていた。

「お久しぶりですわ、クラリス様」

「また毒草研究ですの?本当に変わった方……」

 どこへ行っても陰口が聞こえる。
 “悪役令嬢”と囁かれるクラリス・ヴェルナーは、なるべく誰にも関わらぬよう隅の席でカップを傾けていた。

 ――毒草を愛しているだけで、なぜ悪役扱いされなきゃならないのかしら。

 そんなクラリスの静かな時間は、唐突に破られる。

「きゃああああああ!!王子殿下が――倒れました!!」

 茶会全体が凍りついた。
 レオンハルト王子はテーブルに突っ伏し、顔は青ざめ、呼吸も浅い。

「ど、毒……!?」

「誰が!?」

「そんなの決まってるでしょう!毒に詳しい人なんて……」

 視線が、一斉にクラリスへ向く。

「クラリス・ヴェルナーよ!!」

「は?いや、私じゃないわよ?」

 言い返す暇もなく、クラリスは衛兵に囲まれ、両腕を掴まれた。

「待ちなさい!私は盛ってない!そもそも私は――」

「毒を扱えるのは貴女だけです!」

「扱えるからこそ!わざわざこんな初歩的な毒なんて使わないわよ!」

 だが言い分は聞いてもらえず、クラリスはそのまま王城の取調室に連行された。


 取り調べ官はクラリスの前に束になった毒草をドサッと置いた。

「見覚えがあるだろう。王子を蝕んだ毒草だ」

「……ええ、初級毒草《ブルーベイン》ね。葉の縁が青黒いのが特徴だわ」

「やはり詳しいな。犯行の動機は――」

 クラリスは尋問官の言葉を遮った。

「悪役令嬢扱いのストレスが溜まって、とか言いたいんでしょうけど」

 そして無意識に、毒草の葉をちぎって口に運んだ。

「ちょっ――!?やめなさい!!」

 尋問官が飛び上がる。

 クラリスは噛みながら首を傾げた。

「いや、癖で……つい」

「つい、じゃない!!」

 しかし、数秒経ってもクラリスには何の反応もない。

「……効かないのか?」

「ええ。私、毒見役の家系ですもの。幼い頃から訓練されてるの」

 クラリスは平然とした顔で言った。

「ブルーベインなら、サラダ感覚で食べられるわ。ちょっと苦いけど」

 尋問官は頭を抱えた。

「毒が効かない女が……毒殺をするか?意味が……ない……」

「そうでしょう?」

 クラリスは小さくため息をついた。

「それに、王子が使われた毒は濃度が薄すぎるの。私が犯人なら、もっと確実に――」

「じ、自白する気か!?」

「違うわよ! 例え話!」

 取調室はしばらく混乱に包まれた。


 しばらくして、クラリスは王子の私室に呼ばれた。

 レオンハルト王子はベッドに腰掛けていた。
 顔色は多少悪いが、意識ははっきりしている。

「クラリス……疑ってすまなかった」

「別に、慣れてるわ。私、悪役令嬢だから」

 クラリスは肩をすくめた。

 王子は申し訳なさそうに眉を下げた。

「本当に、君が毒を盛るはずがない。だから……頼みたい。真犯人を見つけてほしい」

「……王子がそこまでおっしゃるなら、調べるけれど」

 クラリスは調査を開始した。

 まず毒草の残留物を確認し、香りと色味から種類を即座に特定。

「やっぱりブルーベイン……でも素人が触ると、手に青黒い染みが残るはず」

 クラリスは会場に戻り、令嬢たちの手をチェックした。

 そして、ひとりの令嬢を見つける。

 アンジェリカ・ローズウッド。

 王子にいつも近づきたがっていた令嬢だ。

 彼女の指先に――薄く青黒い染みが残っていた。


 クラリスはアンジェリカを呼び出した。

「アンジェリカ様。王子の毒事件について伺いたいの」

「わ、わたくしが毒なんて扱えるわけないじゃありませんの……!」

 アンジェリカは必死に否定する。

 クラリスは静かに微笑んだ。

「……では、その手の染みは何?」

 アンジェリカの顔から血の気が引いた。

「そ、それは……! えっと……」

「ブルーベインの汁でしか付かないのよ? その色は」

 アンジェリカは震え始めた。

「わ、わたくしは……ただ、少し王子様が……好きすぎて……」

「だからって毒を使うなんて、悪役令嬢の私でもやらないわよ?」

 優しく言ったつもりだが、アンジェリカはその場で泣き崩れた。


 王宮で開かれた公開裁判。

 アンジェリカはすべてを自白した。

「クラリス様がいつも王子様と話しているのが羨ましくて……だから、彼女を追い出したくて……!」

 嘘だ。クラリスは王子と話した記憶などほぼ無い。

 だが王子は壇上に立ち、クラリスに深く頭を下げた。

「クラリス。俺は君に酷い疑いを向けた。本当に……すまなかった」

「いえ、もういいわ。事実が証明されたから」

「君は俺を救ってくれた。毒よりも……強い」

 クラリスの頬が微かに熱を帯びる。

 裁判官が宣言した。

「クラリス・ヴェルナー。無罪とする!」

 会場は拍手に包まれた。


 裁判後、庭園に呼ばれたクラリスは、王子と二人きりになった。

「クラリス」

 振り返った瞬間、彼の手がそっと彼女の手を包む。

「俺は君に償いたい。……そのためにも、君のそばにいたい」

「そ、それは……どういう意味かしら?」

 王子は真摯な眼差しで彼女を見つめた。

「毒に強い君に、俺は……弱い」

 クラリスは大きく目を見開いた。

「クラリス。俺の妃になってくれ」

 心臓が一瞬止まった気がした。

「……毒殺されても責任は取らないわよ?」

 王子は穏やかに微笑んだ。

「毒より危険な、君に恋をしてしまったんだ」

 クラリスは観念したように小さくため息をつき、そっと王子の手を握り返した。

「……仕方ないわね。責任、とってもらうわよ?」

 夕陽の中で、二人の影が重なった。




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