悪役令嬢短編集

由香

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『断罪式で“未来の花嫁を指名された悪役令嬢』

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 王都ラトリアの中央広場は、人で埋め尽くされていた。

「悪役令嬢アメリアを断罪せよ!」

「聖女をいじめた罪を償え!」

 罵声と怒号の中、アメリア・ラトレイユは静かに前を歩いた。
 白いドレスは囚人用に没収され、質素な灰色のドレスに変わっている。
 それでも背筋だけは真っ直ぐだった。

(これで……終わりね)

 王太子妃としてふさわしい生き方を、と努力してきた。

 王太子クリストファーの隣に立つ日は来ないと知っていても、彼が選ぶ未来を邪魔しないよう、ただ誠実に生きてきた。

 それなのに。

 “聖女リリィをいじめた悪役令嬢”という濡れ衣を着せられ、今日、公開断罪にかけられることになった。

 広場中央の壇上には、王太子クリストファー、聖女リリィ、そして諸侯の代表たち。

 アメリアは静かに頭を上げる。

(せめて最後くらい、胸を張っていましょう)

「アメリア・ラトレイユ」

 クリストファーの声が響いた。
 冷たく、まるで他人を裁くような調子だった。

 その声に、胸の奥が痛んだ。

「そなたは聖女リリィへの嫉妬より、彼女をいじめた。王妃の器にあらず――」

 群衆がどよめく。

(ああ……やっぱり、見捨てられたのね)

 しかし、次の言葉は常識を軽く覆った。

「――よって、アメリア・ラトレイユを」

 クリストファーは、ふっと唇を上げた。

「未来の王太子妃として正式に指名する」

「……は?」

 アメリアは本気で耳を疑った。

 騒然としたのは、群衆だけではない。

「ちょ、ちょっと待ってください殿下!?アメリア様を王太子妃に、ってどういう……!?」

 リリィが青くなりながら悲鳴を上げた。

 取り巻きの令嬢たちは叫ぶ。

「段取りが違いますわ!?」

「聖女リリィの勝利で終わるはずでは!?」

「なぜ!? なぜアメリアなのですの!?」

 騒ぎは収まらず、会場はほぼ阿鼻叫喚。

 アメリアは呆然としたまま動けなかった。

「……クリストファー様。いま、なんと……?」

 クリストファーはゆっくり壇上から降り、ひざまずいた。

「アメリア・ラトレイユ。君を俺の未来の花嫁として迎えたい」

 周囲の空気が完全に停止する。

「は、花嫁……!?断罪ではなく……プロポーズ、ですの……?」

「そうだ」

 クリストファーは優しく微笑みながら、アメリアの手を取った。

「今日のこの場を、断罪式ではなく“公開婚約式”とする」


 群衆がざわめいたまま収まらない中、クリストファーは静かに言葉を続けた。

「アメリアを陥れた者たちは、すでに証拠を押さえている。聖女リリィを利用し、アメリアを断罪に追い込もうとした貴族たちの陰謀だ」

「そ……そんな……私は……っ」

 リリィは膝から崩れ落ちた。

「リリィを責めるつもりはない。操られ、脅されていたのだろう」

 クリストファーの視線が、ひとつの貴族一団に向けられる。

「侯爵、そしてその娘たち。証拠はすべて揃っている。逃げられんぞ」

「くっ……! 何故、我々の計画が……!?」

「簡単なことだ」

 クリストファーはアメリアの手を強く握った。

「俺は最初から、アメリアを守るために動いていた」

「……っ!」

 その言葉に、アメリアの全身が震えた。

「彼女が傷ついていると知りながら、黙って見ているなど無理だった。だからこそ“断罪式”という場を作り、すべての証拠を公開する機会にしたのだ」

「でも……そんな方法……!わたくしは今日、本当に裁かれると思って……」

「すまない。君を守るためには、敵を油断させる必要があった」

 アメリアは息を呑み、震える手で胸を押さえた。

「……酷い方……」

「わかっている。だが、君を守れるなら……俺はどんな手でも使う」

 クリストファーは、迷いのない瞳でアメリアを見つめる。

「アメリア。君が泣く姿を、俺はもう二度と見たくない」

(……いつから、こんなにも)

 クリストファーが自分を見てくれていたなんて――
 夢にも思わなかった。

 胸が苦しくなるほど、嬉しくて、切なくて。


「でも……理解できません。なぜ、わたくしなんですか?聖女リリィ様のほうが皆に慕われていますのに」

 クリストファーは瞬時にきっぱり否定した。

「俺が愛したのは、最初から君だけだ」

「っ……!」

「君が優しくて、聡明で、誰よりも気高いことを……俺は知っている」

「そんな……」

「アメリア。君が他の男と楽しそうに話すたびに胸が痛んだ。君が涙を流せば、世界が終わるほど苦しかった」

「だ、だったら、もっと早く……教えてくれても……!」

 声が震えた。

 どれほど彼を想ってきたか、諦めてきたか、誰にも言えなかった想いが溢れそうになる。

「すまない、俺は……恋に関しては、とことん不器用でな」

 クリストファーは耳まで赤くしながら言う。

「好きすぎて、どう近づけばいいか分からなかった。だから……怒られてもいい。嫌われてもいい。ただ、君を守れるなら……」

「……クリストファー様」

 涙が頬を伝い落ちた。

(どうして……こんな人を、好きにならずにいられるの……?)


 クリストファーは、広場の真ん中で膝をついた。

「アメリア・ラトレイユ。どうか……俺の妻になってくれ」

 その声は、震えるほど真剣で。
 広場は完全に静まり返った。

 アメリアは、涙を拭いながら微笑んだ。

「……はい。わたくしでよければ」

 周囲から歓声が上がり、誰もが“断罪式”がまさかの“公開プロポーズ式”に変わった現実に騒めいた。

 クリストファーは立ち上がり、アメリアを抱きしめる。

「ありがとう……アメリア。君を必ず幸せにする」

「……はい。わたくしも、あなたをお支えします」

 涙に濡れた視界の向こうで、朝日が差し込んだ。

 断罪から始まった日が、ふたりの新しい結婚の約束の日になった。




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