悪役令嬢短編集

由香

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『処刑前夜、悪役令嬢は牢で“隣の死刑囚”と恋をする』

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 石造りの牢獄は、夜の冷気をそのまま閉じ込めたように寒かった。

 リディア・ハートフィールドは薄い毛布を肩にかけ、かじかむ指先を合わせて息を吹きかける。
 明日の夜明けとともに、自分は処刑される――それを考えると、毛布の温度など意味がなかった。

(まさか、本当にここで終わりなの……?)

 公爵家の令嬢として生まれ、誰より正しく生きてきたつもりだった。
 それなのに“聖女をいじめた悪役令嬢”の濡れ衣を着せられ、誰も味方してくれなかった。
 否定する声すら、聞いてもらえなかった。

(怖い……誰か……)

 そんな弱い声が胸から漏れたとき、暗い牢にふっと声が落ちてきた。

「眠れないのか?」

「――っ!?」

 あまりに静かな声に、リディアは本気で心臓が止まるかと思った。

「ごめん、驚かせたか。隣の牢の者だ」

「……死刑囚、の?」

「まあ、そんなところだ」

 穏やかで落ち着いた声。
 けれど、どこか気品を感じる。
 牢獄には似つかわしくない声音だった。

 リディアは鉄格子の向こう、壁を見つめた。

「明日が処刑日でね。君と同じ」

「……同じ?」

「どうやら、奇妙な縁らしい」

 軽い冗談のように言うその口調に、思わず笑いそうになった。

「君はどうして眠れない?」

「……処刑されるのが、怖くない人なんているの?」

「いるさ。“その日”を自分で選んだ者なら」

 リディアは言葉を忘れ、耳を澄ませるように壁を見つめる。

 男は続けた。

「だが……君は違うだろう。君は、罪を犯していない」

「な、何を……言って……」

「声に出ている。泣きそうな声が」

「っ……!」

 リディアは慌てて口を押さえる。
 本当に胸の奥を覗かれているみたいだった。

「君は優しい。そんな声だ」

「わ、私のことなんて、知らないでしょう……!」

「知らないさ。ただ……声色が言っている」

 そう言われて、不思議と否定できなかった。
 噂では冷酷だと言われてきたが、彼は初めてだった。

 “優しい”と言ってくれたのは。

「隣の人は……どうして、捕まっているの?」

「俺も罪人だよ。“反逆罪”らしい」

 らしい?
 他人事のような口ぶりだった。

「処刑されるのよね?」

「そうだ。だが、後悔はしていない」

「どうして?」

「守りたいものが、あったからだ」

 その一言に、リディアは息を飲んだ。
 声は静かなのに、強い決意を感じる。

「君は……誰かを恨んでいるか?」

「あ……」

 リディアは言葉に詰まる。
 恨みがないわけではない。
 自分に濡れ衣を着せ、ここに追いやった者たちに対して、悔しさもある。

 けれど。

「恨んでも……何かが変わるわけじゃないでしょう?」

「……強いな、君は」

「強くなんてないわ。怖いだけ……」

「怖いときに、誰かを恨まずにいられるのは強さだ」

「…………」

 胸が熱くなる。
 こんな会話をするのは初めてだった。

「ねぇ……隣の人は、名前を教えてくれないの?」

「名は……そうだな。ここでは“隣の男”でいい」

「意地悪」

「ふふ。そうかもしれない」

 笑った声は、とても柔らかかった。

 その夜、二人はずっと話し続けた。
 身の上のこと、好きな花、いつか見たい景色。
 人生の最後の時間とは思えないほど穏やかで、温かい時間だった。

(もっと……この声を聞いていたい)

 そう思った自分に驚いた。


 うっすらと朝が近づく頃、足音が響いた。

 リディアの胸が強く締めつけられる。

「……迎えが来たようだな」

「いや……! いやよ……!」

「大丈夫。君は生きなさい」

「どうして……どうしてそんなこと……!」

「君には、まだ夜空を見てほしい。俺と……もう一度」

 その言葉で涙が止まらなくなった。

 看守が鉄格子の前に立つ。

「ハートフィールド嬢――」

 リディアは震えながら立ち上がる。

「……覚悟はできています」

「いや、お前じゃない」

「え?」

 看守が引きずり出したのは、隣の男だった。

「ちょっと……! どうして彼を!?」

「先にこっちの処刑だとよ」

「そんな……!」

 男はリディアのほうを向いて微笑んだ。

「大丈夫。また会える」

「嘘よ……!」

「信じてくれ。君だけは、俺を信じて欲しい」

「どうしてそんなこと――!」

「君が……生きていてくれるなら、それでいい」

 リディアは壁を叩き続けた。

「行かないで……っ! 行かないで……!」

 だが男は淡い笑みを浮かべたまま、処刑場へと引かれていった。


 処刑場には、既に群衆が集まっていた。
 リディアは他の囚人に紛れ、必死で処刑台を見つめる。

(お願い……助かって……!)

 男は縄につながれ、処刑人が斧を振り上げる。

 ――その瞬間。

「今だ!」

 男が手枷をはじき飛ばし、処刑場がざわめいた。

「な、何者だ……!」

 すると、見張りの一人が叫ぶ。

「こ、こいつ……ッ!死んだはずの――前王太子アレクシオン殿下……!?」

 周囲が悲鳴に包まれる。

「前王太子……!?じゃあ、どうしてここに……!」

 アレクシオン――そう呼ばれた男は、処刑台の上から堂々と言い放った。

「陰謀の証拠を掴むため、私は囮となって潜入していた!だが――リディア・ハートフィールド嬢を巻き込んだのは私の過ちだ!」

「アレクシオン殿下……!」

 リディアは涙があふれた。

 護衛たちが次々と処刑場へ突入し、黒幕の貴族たちを拘束していく。
 王太子は縄を振りほどき、一直線にリディアのほうへ走った。

「リディア!」

「アレク……シオン様……!」

 彼はリディアを抱きしめた。
 牢で聞いた声、そのままだった。

「君を……失うところだった……」

「どうして……私なんかのために……?」

「君が泣いていたからだ。君を救いたいと、心が叫んだからだ」

「……私も……あなたの声に、何度救われたか……」

 アレクシオンはリディアの手を取り、朝の光の中で言う。

「自由になったら……今度は壁越しではなく、君の手を握らせてほしい」

 リディアは涙の中で小さく笑う。

「はい……何度でも」

 朝日が二人を照らし、新しい一日が始まる。
 処刑台の上で生まれた絆は、もう二度と離れない。




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