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『天眼のΩと不死将軍』
しおりを挟む羅紗は人に触れられない。
触れた瞬間、その者の“死の未来”が視えてしまうからだ。
Ωとして生まれながら、誰かと番になるなど到底不可能だった。
それなのに──
ただひとり、触れても“何も視えない”男がいた。
不死の将軍・禺嶺α。
百戦百勝、血に染まった鎧を纏う闘神。
人ならざる体を持つと言われている男。
羅紗は彼に触れ、未来の死を視られず、初めて救われた気がした。
禺嶺もまた、羅紗の微笑みだけは戦場の血を洗うように感じていた。
──だが。
「羅紗。俺に触れるな」
禺嶺はそう言って、羅紗を突き放した。
冷たく、感情を感じさせない声音で。
「お前は呪われた身だ。俺の傍にいれば、不幸になる」
その日を境に、禺嶺は羅紗を避け、命じられた任務以外では顔も合わせなくなった。
羅紗は傷つきながらも笑ってみせた。
笑わなければ、心が崩れてしまいそうだったから。
──そして、去った。
彼がいれば幸せになれると信じてしまう自分が、いちばん怖かったから。
一年が過ぎた。
羅紗は山奥の小さな集落で、密かに薬師として暮らしていた。
本当は触れてはいけないが、手袋をすれば大半の未来は視えない。
羅紗は絶えず香草の匂いに包まれ、穏やかな日々を過ごしていた。
──その穏やかさは、ある夜に破られた。
「羅紗!」
荒々しく戸が開き、禺嶺が血の迷った獣のような眼で立っていた。
雪を巻き上げ、息を荒げ、まるで魂の片割れを探して彷徨っていたかのように。
「……どうして、ここに」
「探した。どれだけ探したと思っている」
禺嶺は乱暴に距離を詰め、羅紗の手首を掴んだ。
素肌に触れた瞬間──何も視えない。
その事実が羅紗の胸を締め付ける。
「離して……。私は、貴方の傍には──」
「帰ってこい」
禺嶺の声は震えていた。
「なぜ……避けたのに」
「避けたのは、お前を守るためだ!」
禺嶺は叫んだ。
「俺は不死だ。だが不死ゆえに呪われた身だ。番になれば、お前の未来を壊すと思った。……だから距離を置いた。俺なら、お前を傷つける」
羅紗の胸に深い痛みが走る。
「……傷つけたのは、貴方でしょう?」
ふっと禺嶺の表情が崩れた。
「……ああ。傷つけた。わかっている……」
禺嶺は羅紗の手を握りしめたまま膝をついた。
不死の将が、ひとりの青年の前で。
「もう失いたくない。お前がいない世界は……俺は耐えられない」
雪の中で羅紗は震えた。
愛が溢れてしまいそうで、怖かった。
そのとき──羅紗の視界が白く揺れた。
未来が、視えた。
禺嶺が……死ぬ。
炎の中、血に染まり、羅紗の名前を呼びながら息絶える未来。
羅紗は青ざめ、禺嶺の胸にすがりついた。
「……禺嶺……あなた、死ぬ……!」
「俺が?」
「未来が……視えてしまったの。あなたが死ぬ未来が。理由は……私……。私が、あなたを殺す未来……!」
禺嶺は一瞬だけ驚いたが、すぐに笑った。
それはどこか悲しく、どこか優しい笑みだった。
「羅紗。未来は変えられる」
「変えられないの……!」
「お前がいるなら、変えられる」
禺嶺は羅紗の頬に手を当てた。
「俺は不死だ。死ぬはずのないこの身が死ぬという未来なら……きっとお前が選ぶ未来が原因だ」
「私が選ぶ……」
「だからこそ、お前の側にいて守る。未来が変わるまで、何度でも」
「禺嶺……」
「俺を捨てるな」
禺嶺は息が触れるほど近くで言った。
その声音には、不死の将の誇りよりも、ひとりの男の脆さが滲んでいる。
「……戻ってこい。頼む」
羅紗の胸が痛くて、苦しくて、涙があふれた。
「……私だって、本当は……ずっと、一緒にいたかった」
禺嶺は羅紗を抱きしめた。
もう二度と離さないという強い腕で。
羅紗はその胸に顔を埋め、初めて声を上げて泣いた。
その夜、ふたりは番となった。
禺嶺の不死の体は、羅紗のΩとしての香りに静かに震え、羅紗は触れても未来の死を視ることがなく、ただ、禺嶺の温もりだけを感じていた。
「……怖くないの?」
「お前の未来が俺を殺すというなら、それでかまわない。お前を抱けるなら──俺の命など惜しくない」
「そんなこと……言わないで……」
「本心だ」
禺嶺は羅紗の手を強く握る。
「生きるも死ぬも、もうお前と共にある」
羅紗の胸に、温かい光が灯った。
未来は恐ろしく残酷かもしれない。
けれど、ふたりでなら立ち向かえる気がした。
雪が静かに降る。
白い世界で、禺嶺と羅紗は抱き合った。
運命は重く、けれど愛はそれよりも強かった。
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