文字の大きさ
大
中
小
1 / 15
第1話 五歳に戻りました
冷たい石畳の感触が頬に伝わっていた。
誰かが泣いている。
遠くで歓声も聞こえる。
ああ、そうだ。
私は断罪されたのだ。
王立学園の卒業記念舞踏会。
大勢の貴族が見守る中、第二王子から婚約破棄を告げられた。
その隣には平民出身の聖女。
私は嫉妬に狂った悪役令嬢として裁かれた。
「ルシア・フォン・エヴァレット。貴様の罪は重い」
王子の冷たい声が蘇る。
何度も弁明した。
私は何もしていないと。
けれど誰も信じてくれなかった。
家族まで巻き込まれた。
父は爵位を失い、母は病に倒れ、お兄様は孤独の中で亡くなった。
そして最後に私自身も処刑された。
人生は終わったはずだった。
なのに。
「……うぅん」
ふわふわした寝台の感触。
優しい香り。
温かな陽射し。
ゆっくりと目を開ける。
目の前に見えたのは見慣れた天蓋だった。
「……え?」
声が妙に高い。
慌てて起き上がる。
すると視界が低かった。
短い手。
小さな足。
鏡台へ駆け寄る。
そこに映っていたのは。
「わたし……?」
銀色の髪。
赤い瞳。
ぷにぷにの頬。
五歳の頃の自分だった。
「ええええええっ!?」
思わず叫んだ。
すると扉が勢いよく開く。
「お嬢様!?」
飛び込んできたのはメイドのミリアだった。
若い。
とても若い。
私の知るミリアは三十代だったはずだ。
「どうなさいました!?」
「み、みりあ?」
「はい?」
本物だ。
夢じゃない。
私は震える手でカレンダーを見る。
日付。
年。
月。
全部確認して。
息を呑んだ。
「十年前……」
本当に。
本当に戻っている。
五歳の頃へ。
断罪される前。
全てが始まる前へ。
「お嬢様?」
「なんでもないの」
そう答えながら胸が激しく鼓動していた。
信じられない。
けれど間違いない。
私は人生をやり直している。
神様がくれた奇跡だ。
ならば。
今度こそ。
今度こそ絶対に。
家族を守る。
誰も不幸にさせない。
特に――。
「お兄様……!」
私が立ち上がった瞬間だった。
廊下の向こうから咳き込む声が聞こえた。
「ごほっ、ごほっ」
その声を聞いた途端、身体が勝手に動いていた。
部屋を飛び出す。
「お嬢様!?」
ミリアの声を置き去りにして廊下を走る。
角を曲がる。
階段を駆け上がる。
そして、見つけた。
窓際で苦しそうに咳をしている少年。
銀色の髪。
蒼い瞳。
透けるような白い肌。
病弱な公爵家嫡男。
私の大好きなお兄様。
「お兄様!」
少年が振り向く。
「ルシア?」
その瞬間。
涙が溢れた。
生きている。
本当に生きている。
前世では十五歳で亡くなった。
冷たくなった手を握りながら何度も泣いた。
もっと何かできたはずだと後悔した。
そんなお兄様が、今ここにいる。
「お兄様ぁぁぁ!」
勢いよく抱きついた。
「うわっ」
レオナルドは驚きながらも私を受け止める。
「どうしたの?」
「うぇぇぇ……」
「泣いてる?」
「おにいざまぁ……」
「えっ」
困惑する声が聞こえる。
でも止まらなかった。
嬉しい。
本当に嬉しい。
もう二度と会えないと思っていた。
「ルシア?」
「お兄様、生きてる……」
「え?」
「生きてるぅ……」
レオナルドは首を傾げた。
当然だろう。
突然妹に抱きつかれて泣かれているのだから。
「変な夢でも見た?」
「……うん」
半分は本当だった。
悪夢みたいな前世を見た。
でもそれは夢じゃない。
確かに経験した未来だ。
私は涙を拭いた。
そして決意する。
絶対に救う。
お兄様の運命を変えてみせる。
「ルシア」
「はい」
「僕はどこにも行かないよ」
優しく頭を撫でられる。
その手が温かい。
「だから泣かないで」
前世でも、お兄様は最後まで優しかった。
自分が苦しいのに、いつも私を心配していた。
「……約束ですよ?」
「約束」
「絶対ですよ?」
「うん」
レオナルドは微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間。
胸が痛くなる。
この笑顔が失われる未来を私は知っている。
だから、今度は私が守る番だ。
◇◇◇
昼食の時間。
公爵家の大食堂には家族全員が揃っていた。
父。
母。
お兄様。
そして私。
前世では二度と見られなかった光景だ。
思わず泣きそうになる。
「ルシア?」
母が不思議そうに尋ねる。
「どうしたの?」
「なんでもありません」
「そう?」
母は微笑んだ。
美しい。
優しい。
この人も前世では苦しんだ。
だから絶対に守る。
「今日はずいぶん大人しいな」
父が言う。
厳格そうな顔だが、実は娘に甘い。
前世で私が断罪された時、最後まで助けようとしてくれた。
それでも救えなかった。
だからこそ、今度は私が家族を救う。
「お父様」
「なんだ?」
「長生きしてください」
「ぶふっ!」
父が盛大に吹き出した。
「いきなりどうした!?」
「大事なことです」
「そ、そうか……」
食堂に笑いが広がる。
懐かしい。
温かい。
こんな日々を守りたい。
本当に。
心から。
その時だった。
お兄様が小さく咳き込んだ。
「ごほっ」
私の笑顔が消える。
父も母も慣れた様子だった。
けれど私は違う。
その咳の先にある未来を知っている。
病は年々悪化する。
そして十五歳で命を奪う。
原因不明とされていた病。
しかし、前世の記憶の中に一つだけ気になることがあった。
お兄様が倒れる少し前から飲んでいた薬。
あれは本当に正しかったのだろうか。
もしかすると、何か見落としがあるかもしれない。
私は拳を握る。
調べよう。
全部。
一から。
前世では何も知らない子供だった。
でも今は違う。
十七歳まで生きた記憶がある。
学園で学んだ知識もある。
だから諦めない。
「ルシア?」
お兄様が首を傾げる。
「どうしたの?」
「お兄様」
「うん?」
私は真っ直ぐに見つめた。
「私がお兄様を守ります」
「……え?」
「絶対にです」
食堂が静まり返る。
父と母も目を丸くした。
けれど私は本気だった。
誰が笑おうと構わない。
未来を知る私だけが、お兄様を救えるかもしれないのだから。
すると、レオナルドはしばらく呆然とした後。
ふっと微笑んだ。
「ありがとう」
その笑顔は優しかった。
けれど少しだけ寂しそうだった。
まるで自分の未来を受け入れているように。
だから私は心の中で誓う。
その運命。
私が壊してみせる。
病気も。
破滅も。
断罪も。
全部だ。
こうして、断罪された悪役令嬢の二度目の人生が始まった。
今度こそ、大好きなお兄様を救うために。
感想
あなたにおすすめの小説
王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした
由香追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。
無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。
再び招かれたのは、かつて母を追放した国。
礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。
これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。
婚約破棄された令嬢ですが、私はあなたの余命を十年間、肩代わりしていただけです
由香【全一話完結】
「君との婚約は破棄する」
そう告げられた公爵令嬢リシェルは、静かに微笑んだ。
彼女だけが知っている秘密。
それは、婚約者エドワードの命は十年前から彼女が寿命を削って守り続けていたということだった。
婚約破棄された瞬間、その奇跡は終わる。
失って初めて知る真実。
そして彼女の前には、新たな幸せが訪れる。
切なくも温かな、ざまぁと溺愛の一話完結ファンタジー。
お兄様が近すぎて婚約できません〜社交界で抱き寄せられるたび誤解されますが恋愛ではありません〜
由香社交界では、触れる距離にすら意味がある。
——だからこそ、私の人生は終わりました。
名門公爵家の令嬢エレナには、ひとつだけ問題がある。
それは——兄の距離が、近すぎること。
片腕で抱き寄せる。
肩に顔を乗せる。
当然のように手を取る。
しかも本人は、すべて「家族だから普通」と本気で思っている。
その結果——
舞踏会で誤解され、婚約候補は壊滅。
茶会では「禁断の関係」と噂され、社交界は大混乱。
何度否定しても、誤解は加速するばかり。
「違いますから!!」
叫び続ける令嬢と、距離感ゼロの兄。
これは恋愛ではない——はずなのに、誰も信じてくれない。
勘違いが止まらない、社交界コメディ開幕!
悪役令嬢ですが、兄たちが過保護すぎて恋ができません
由香乙女ゲームの悪役令嬢・セレフィーナに転生した私。
破滅回避のため、目立たず静かに生きる――はずだった。
しかし現実は、三人の兄による全力溺愛&完全監視生活。
外出には護衛、交友関係は管理制、笑顔すら規制対象!?
さらに兄の親友である最強騎士・カインが護衛として加わり、
静かで誠実な優しさに、次第に心が揺れていく。
「恋をすると破滅する」
そう信じて避けてきた想いの先で待っていたのは、
断罪も修羅場もない、安心で騒がしい未来だった――。
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまうリリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、悪役令嬢として断罪された少女が、「誰かの物語の脇役」ではなく、自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
過保護すぎる家族に囲まれて育ったら、外の世界が危険すぎました 〜冷酷公爵の父と最強兄たちに溺愛される日々〜
由香過保護な父と兄たちに囲まれて育った少女。
初めての外は危険だらけ——のはずが、全部“秒で解決”。
溺愛×コメディ×ほんのり成長の、ほっこり家族物語。
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?