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第5話 立場が変わる場所
しおりを挟む社交界というものは、不思議なほど正直だ。
昨日まで称賛していた相手を、今日は無視する。
逆に、昨日まで見向きもしなかった人物に、突然笑顔を向ける。
価値があるかどうか。
それだけで、人を見る。
「緊張しているか?」
舞踏会場の入り口で、セドリック様が静かに尋ねてきた。
「……少しだけ」
正直に答えると、彼は小さく微笑んだ。
「それでいい」
そう言って、私の手を取る。
「今日は、君が試される場ではない」
――示される場、だ。
扉が開いた瞬間、ざわめきが波のように広がった。
「ヴァレンシュタイン公爵だ」
「隣の女性は……」
「まさか、元伯爵夫人?」
視線が、突き刺さるように集まる。
けれど、不思議と足は竦まなかった。
セドリック様の腕に、しっかりと手を添える。
それだけで、背筋が伸びた。
「……堂々としていればいい」
彼は、私にだけ聞こえる声で言った。
「君は、恥じることなど何一つしていない」
会場中央へ進むにつれ、空気が変わっていくのが分かる。
――好奇。
――驚愕。
――そして、理解。
“彼女は、守られている”
それを悟った瞬間、
人々の態度は、露骨に変わった。
「リュシエンヌ様、ご無沙汰しております」
「お元気そうで何よりですわ」
次々に声をかけられ、私は軽く会釈を返す。
伯爵家にいた頃、これほど自然に、対等に扱われたことがあっただろうか。
「……信じられない」
その声に、ぴくりと肩が揺れた。
振り向くと、そこにいたのは――ギルベルトだった。
少しやつれた顔。
仕立ては良いが、どこか余裕のない装い。
「君……本当に、来たのか」
その隣には、マルグリット。
だが彼女は、会場の視線に明らかに居心地悪そうにしている。
「ご無沙汰しております」
私は、静かに微笑んだ。
「伯爵様」
その呼び方に、ギルベルトの表情が歪む。
「他人行儀だな」
「当然でしょう」
淡々と答える。
「もう、夫婦ではありませんから」
彼は、何か言い返そうとして――言葉に詰まった。
周囲の視線が、こちらに集中している。
伯爵と、その元妻。
そして、公爵。
力関係は、一目瞭然だった。
「……急すぎる」
ギルベルトは、声を潜めて言った。
「話し合う時間もなく、いきなり離婚だなんて」
その言葉に、胸の奥で何かが冷えた。
「話し合いは、何度もお願いしました」
私は、はっきりと言う。
「ですが、伯爵様はいつも『忙しい』と」
マルグリットが、はっと息を呑む。
ギルベルトは、唇を噛みしめた。
「……君は、冷静すぎる」
「そうでしょうか」
私は、彼をまっすぐに見た。
「冷静でなければ、あの結婚は続けられませんでした」
その瞬間、彼は初めて――怯んだ。
「リュシエンヌ」
セドリック様が、静かに口を開く。
「そろそろ、失礼しよう」
その声には、拒絶の余地がなかった。
「待て」
ギルベルトが、思わず叫ぶ。
「……君は、どこへ行くつもりだ」
私は、答えなかった。
代わりに、セドリック様が言う。
「私の婚約者だ」
淡々と。
「これ以上、私の同伴者に声をかけるのは控えていただこう」
――婚約者。
会場が、一瞬でざわめいた。
「……なに?」
ギルベルトの顔が、真っ青になる。
マルグリットは、完全に言葉を失っていた。
「誤解ではない」
セドリック様は続ける。
「彼女は、私が選んだ女性だ」
その一言で、全てが決まった。
ギルベルトは、何も言えなくなった。
周囲の視線は、もはや同情すら含んでいない。
――終わったのだ。
伯爵家も、彼の立場も。
私が彼のもとを去った、その瞬間から。
会場を後にしながら、
胸の奥に、不思議な感情が湧き上がる。
勝ち誇った気持ちではない。
復讐の快感でもない。
ただ――静かな、解放感。
「……大丈夫か?」
馬車に乗り込んだ後、セドリック様が尋ねた。
「はい」
私は、素直に頷いた。
「もう、戻らなくていい場所だと……分かりました」
彼は、満足そうに目を細める。
「それでいい」
そして、私の手を包み込む。
「これからは」
低く、確かな声。
「私の隣で、生きればいい」
その言葉に、胸が、熱くなった。
――私はもう、“捨てられた伯爵夫人”ではない。
選ばれ、守られる女として、
新しい場所に立っているのだ。
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