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本編
第4話 暴かれる真実
しおりを挟む王都の空は、いつもより重く曇っていた。
遠くで鐘が鳴り、春の終わりを告げている。
けれど、セレスティアの心には、すでに冬が戻ってきていた。
母の形見である黒い指輪を、彼女は無意識に指でなぞる。
あの日から十年――
母は「国家反逆」の罪を着せられ、王家の命によって処刑された。
遺体さえ返されず、真実も闇の中に消えた。
その影に、ルシウス王太子の父――前国王の名があった。
そして最近になって、ルシウス自身も“同じ方法”で邪魔な貴族を排除しているという噂を耳にした。
断罪という名の粛清。
――王家の伝統にして、最も残酷な儀式。
「母上……あなたの無念、今度こそ」
セレスティアは呟き、立ち上がる。
その瞬間、扉が叩かれた。
「どうぞ」
入ってきたのはレオナルドだった。
黒の外套を翻し、冷えた瞳のまま。
けれどその瞳の奥には、昨日までとは違う影があった。
「来たのね。どうしたの?顔色が悪いわね」
「……弟に会った」
その言葉に、セレスティアの手が止まった。
「弟?あの、あなたの罪を――」
「ああ。俺の代わりに罪を告白すれば、命だけは助けると王太子に約束されたらしい。だが、結局は“口封じ”に殺された」
短く、静かな沈黙が落ちた。
レオナルドの声は淡々としていたが、その握った拳が震えていた。
「……つまり、あなたの弟も“断罪”の犠牲者」
「ああ。弟を救うために俺は罪を被った。そして、その弟は王家の“正義”の名のもとに処刑された。……笑えるだろう?俺が守ろうとした弟を、俺の代わりに王が殺したんだ」
笑いながら、レオナルドの目に光が宿る。
それは怒りでも悲しみでもなく、冷たい決意の炎だった。
セレスティアは静かに言った。
「――あなたの弟の死と、私の母の死。きっと、同じ糸で結ばれている」
レオナルドが顔を上げる。
セレスティアは机の上に一枚の文書を置いた。
王家の紋章が押された封書。
封蝋は割られ、内側には細い字で記された命令書がある。
「王家直属の監査部による“粛清対象者”の記録。この名簿には、母の名も――そして、あなたの弟の名もあった」
「……どうやって、これを?」
「ルヴァン家は表向き没落したけれど、母が残した情報網は今も生きているわ。“薬師団”と呼ばれる地下組織。母はそこの長だった」
レオナルドは文書を見つめ、ゆっくりと息を吐いた。
その中に、ひとつ見慣れた署名があった。
――ルシウス・アーサー・ルミナリア。
「やはり、奴か」
「ええ。王太子ルシウスは、粛清の後継者。罪を創り、断罪という形で“正義”を演出している」
セレスティアの指先が震えた。
「母は彼に逆らったの。“王家の不正な資金操作”を知り、告発しようとした。その報いが断罪だった」
「……俺たちは、同じ罪人だな」
レオナルドは静かに笑った。
「正義に逆らったという罪で、家族を奪われた」
セレスティアは彼を見上げた。
その瞳の奥に、初めて涙が浮かんでいる。
けれど、彼女はそれを流さない。
ただ、唇を噛み、震える声で言った。
「復讐を――成功させましょう、レオナルド。母の名誉を、弟の魂を、すべて取り戻すために」
「ああ。だが、もう一度“断罪”を行うには、舞台が必要だ」
「王妃選定の夜。そこが舞台よ」
セレスティアの瞳が鋭く光る。
「王太子が次の花嫁を選ぶその日、私たちは彼を“断罪する側”に立つ」
「……そして、証を突きつけるわけか」
「ええ。全貴族の前で」
レオナルドは口元を歪める。
「華やかな舞台の上で、王太子の罪を暴く――それこそ、真の劇だな」
「悪役の劇よ。でも、悪役の台詞ほど、真実を貫くものはないわ」
沈黙が落ちる。
レオナルドはそっと彼女の肩に手を置いた。
「……セレスティア。お前がもし倒れたら、俺が続きをやる」
「誰が倒れるものですか」
彼女は静かに笑った。
「悪女は死なない。――幕が下りるまで」
その夜。
月光が差し込む部屋の中で、レオナルドはひとり書斎に座っていた。
机の上には、弟の形見である古い懐中時計。
開くと、止まった針の隙間に、薄い紙片が挟まっているのを見つけた。
そこには、震える字でこう書かれていた。
『兄上。王太子は、セレスティア・ルヴァンの母を殺した。彼女を信じろ。――彼女こそ、真実を知る鍵だ。』
息を呑む。
弟は死の間際に、それを伝えようとしていたのだ。
――お前は、最期まで俺を信じていたのか。
レオナルドは目を閉じた。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
決意は固まっていた。
彼とセレスティアは、同じ炎を見ている。
それは復讐の炎であり、救いの光でもあった。
“断罪の返礼”。
その舞台が整うまで、もう時間は少ない。
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