偽りの婚約者は、幼馴染の仮面を脱いだら甘くて執着深い

由香

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◆最終話 本物の婚約へ・甘くて濃厚なハッピーエンド

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 翌朝。
 エリシアが目を覚ますと、すぐそばにノアが座っていた。

 椅子に腰かけ、頬杖をついて、まるで宝物を見るように穏やかに微笑んでいる。

「おはよう、エリシア」

「ノア……ずっと起きてたの?」

「うん。寝顔を見ていたくて」

「……そんなことを毎日続けたら、あなたが倒れるわよ」

「倒れても、エリシアに看病してもらえるなら本望」

 聞いているだけで顔が熱くなるほどの甘さだった。

(昨日、私は……ノアに“本物の婚約者でいたい”って言った)

 胸の奥がじんわりと温かくなる。

 だが、穏やかなひとときは長く続かなかった。

 その日の昼──フェルナンド家の借金問題に関わる“大きな動き”があったのだ。



 リンドブルム家の執務室。
 ノア、ノアの兄カイル、そして家令が集まっていた。

「……ガイアス公爵の裏帳簿を押さえました。複数の違法資金の流れが確認され、伯爵家の借金も一部は公爵側の“作為”によるものであることが判明」

「やっぱり……」

 エリシアは震える手を握りしめた。
 ノアはすぐにその手を包み込む。

「大丈夫。もう全部終わるから」

 頼もしい声に、心臓の鼓動が落ち着いていく。

「兄さん、手続きは?」

「すでに王家へ提出した。ガイアス公爵は数日のうちに取り調べを受けるはずだ。フェルナンド伯爵家の借金も、王家が“政治的圧力による不当な契約”として無効処理する」

 エリシアは息を呑んだ。

(……これで……私は自由になる)

 政略結婚からも、恐怖からも。

 その瞬間、横からノアの指がエリシアの手にきゅっと重ねられる。

「だからね、エリシア」

 ノアがゆっくりと顔を寄せてくる。

「これからは“偽装”じゃなくて……本当の婚約者として僕の隣にいて」

「……ノア」

「君はもう誰にも渡さない。エリシアの自由は、君自身が選ぶ自由なんだよ。だから──僕を選んでくれて、ありがとう」

 そう呟いたノアの声は震えていた。

(ノア……私、あなたに……)

 返事はもう、心の中にあった。



 数日後、ガイアス公爵の失脚が正式に発表され、フェルナンド家の借金問題は完全に解決した。

 この瞬間、エリシアは晴れて自由の身となった。

 ──そして、その日の夕方。

「エリシア、少し庭へ来て」

 ノアに手を引かれて、リンドブルム家の庭園へ向かう。

 そこは、夕陽が差し込む白いアーチと薔薇の並木が続く、美しい回廊だった。

(ここ……ノアが小さい頃、よく遊んでいた場所ね……)

 胸の奥に懐かしさが広がる。

 ふと、ノアが立ち止まった。

「エリシア」

 振り向いたノアの瞳は、夕陽を受けて金色に輝いていた。

 その手には──小さな紫水晶の指輪ケース。

「僕と……正式に婚約してください」

 エリシアの呼吸が止まった。

「大げさじゃなくていい。ただ……エリシアがこれから先、僕の隣にいてくれるって……それだけでいい」

「ノア……」

「今まで“偽装婚約”だったけど、僕は最初から、本気だったよ。君が僕の隣で笑ってくれるだけで、世界が全部きれいに見えた」

 ノアの声音は甘くて、必死で、少し震えていた。

 その不器用なほど真っ直ぐな想いが、エリシアの胸に深く刺さる。

「ノア。私……」

 ふと、十年前の記憶が蘇った。

 幼いノアを庇って怪我をしたあの日。
 泣きながら自分の手を握り、「離れないで」と震えていた小さな手。

(あれからずっと……ノアの中で私は“特別”だったんだ)

 胸が熱くなる。

「あなたが独占的になってしまうのも……怒ってしまうのも……全部、私を想ってのことだって……やっと気づいたの」

「エリシア……」

「だから……私もあなたを選ぶわ。これから先の人生を、あなたと一緒に歩きたい」

 ノアの目が大きく見開かれ──

 次の瞬間。

 エリシアは強く、強く抱きしめられた。

「……ありがとう……っ……エリシア……」

 腕の力が震えている。
 肩に落ちる熱い息。
 胸に押し当てられる温かな体温。

「嬉しい……こんなに嬉しいの、初めて……」

(そんなに……)

 胸がきゅっと締め付けられるほど愛おしかった。

「ノア、苦しい……」

「ごめん……でも離せない……」

 やがて、ノアは指輪をそっとエリシアの薬指に滑らせた。

「これで、もう僕のもの……」

「……“私の婚約者”でしょ?」

 軽く言い返すと、ノアの頬が一瞬赤くなる。

「そう。僕の婚約者……そして、僕の未来」

 その言葉は甘くて、とろけるようで、逃げ場などなかった。

「エリシア、好きだよ。これから先、何があっても君を守る。そして……君が望むなら、もっと深い関係にだってなりたい」

 囁きながら、ノアはエリシアの頬に唇を触れさせる。

 優しくて、震えるほど甘い口づけ。

(ああ……私はもう、この子に逆らえない)

 そのまま腕の中に抱き寄せられ、エリシアは静かに目を閉じた。

 世界がゆっくりと溶けていく。



 後日。
 正式な婚約式の日。

 リンドブルム家の広間には、たくさんの祝福が集まっていた。

 白い花々。
 魔法の灯り。
 そして──ノアの誇らしげな表情。

「エリシア。本当に……僕の婚約者になってくれて、ありがとう」

「こちらこそ……あなたを選んでよかった」

 式の最後。
 ノアはそっとエリシアの手を握った。

「これからは……溺れるほど愛していい?」

「ゆっくりよ?」

「うん。でも我慢はしないから」

 その言葉に、エリシアの心は完全に奪われていた。

 ──こうして、偽りから始まった婚約は本物になった。

 そしてふたりの人生は、甘くて濃厚な溺愛の日々へと進んでいく。




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