偽りの婚約者は、幼馴染の仮面を脱いだら甘くて執着深い

由香

文字の大きさ
6 / 6

◆最終話 本物の婚約へ・甘くて濃厚なハッピーエンド

 翌朝。
 エリシアが目を覚ますと、すぐそばにノアが座っていた。

 椅子に腰かけ、頬杖をついて、まるで宝物を見るように穏やかに微笑んでいる。

「おはよう、エリシア」

「ノア……ずっと起きてたの?」

「うん。寝顔を見ていたくて」

「……そんなことを毎日続けたら、あなたが倒れるわよ」

「倒れても、エリシアに看病してもらえるなら本望」

 聞いているだけで顔が熱くなるほどの甘さだった。

(昨日、私は……ノアに“本物の婚約者でいたい”って言った)

 胸の奥がじんわりと温かくなる。

 だが、穏やかなひとときは長く続かなかった。

 その日の昼──フェルナンド家の借金問題に関わる“大きな動き”があったのだ。



 リンドブルム家の執務室。
 ノア、ノアの兄カイル、そして家令が集まっていた。

「……ガイアス公爵の裏帳簿を押さえました。複数の違法資金の流れが確認され、伯爵家の借金も一部は公爵側の“作為”によるものであることが判明」

「やっぱり……」

 エリシアは震える手を握りしめた。
 ノアはすぐにその手を包み込む。

「大丈夫。もう全部終わるから」

 頼もしい声に、心臓の鼓動が落ち着いていく。

「兄さん、手続きは?」

「すでに王家へ提出した。ガイアス公爵は数日のうちに取り調べを受けるはずだ。フェルナンド伯爵家の借金も、王家が“政治的圧力による不当な契約”として無効処理する」

 エリシアは息を呑んだ。

(……これで……私は自由になる)

 政略結婚からも、恐怖からも。

 その瞬間、横からノアの指がエリシアの手にきゅっと重ねられる。

「だからね、エリシア」

 ノアがゆっくりと顔を寄せてくる。

「これからは“偽装”じゃなくて……本当の婚約者として僕の隣にいて」

「……ノア」

「君はもう誰にも渡さない。エリシアの自由は、君自身が選ぶ自由なんだよ。だから──僕を選んでくれて、ありがとう」

 そう呟いたノアの声は震えていた。

(ノア……私、あなたに……)

 返事はもう、心の中にあった。



 数日後、ガイアス公爵の失脚が正式に発表され、フェルナンド家の借金問題は完全に解決した。

 この瞬間、エリシアは晴れて自由の身となった。

 ──そして、その日の夕方。

「エリシア、少し庭へ来て」

 ノアに手を引かれて、リンドブルム家の庭園へ向かう。

 そこは、夕陽が差し込む白いアーチと薔薇の並木が続く、美しい回廊だった。

(ここ……ノアが小さい頃、よく遊んでいた場所ね……)

 胸の奥に懐かしさが広がる。

 ふと、ノアが立ち止まった。

「エリシア」

 振り向いたノアの瞳は、夕陽を受けて金色に輝いていた。

 その手には──小さな紫水晶の指輪ケース。

「僕と……正式に婚約してください」

 エリシアの呼吸が止まった。

「大げさじゃなくていい。ただ……エリシアがこれから先、僕の隣にいてくれるって……それだけでいい」

「ノア……」

「今まで“偽装婚約”だったけど、僕は最初から、本気だったよ。君が僕の隣で笑ってくれるだけで、世界が全部きれいに見えた」

 ノアの声音は甘くて、必死で、少し震えていた。

 その不器用なほど真っ直ぐな想いが、エリシアの胸に深く刺さる。

「ノア。私……」

 ふと、十年前の記憶が蘇った。

 幼いノアを庇って怪我をしたあの日。
 泣きながら自分の手を握り、「離れないで」と震えていた小さな手。

(あれからずっと……ノアの中で私は“特別”だったんだ)

 胸が熱くなる。

「あなたが独占的になってしまうのも……怒ってしまうのも……全部、私を想ってのことだって……やっと気づいたの」

「エリシア……」

「だから……私もあなたを選ぶわ。これから先の人生を、あなたと一緒に歩きたい」

 ノアの目が大きく見開かれ──

 次の瞬間。

 エリシアは強く、強く抱きしめられた。

「……ありがとう……っ……エリシア……」

 腕の力が震えている。
 肩に落ちる熱い息。
 胸に押し当てられる温かな体温。

「嬉しい……こんなに嬉しいの、初めて……」

(そんなに……)

 胸がきゅっと締め付けられるほど愛おしかった。

「ノア、苦しい……」

「ごめん……でも離せない……」

 やがて、ノアは指輪をそっとエリシアの薬指に滑らせた。

「これで、もう僕のもの……」

「……“私の婚約者”でしょ?」

 軽く言い返すと、ノアの頬が一瞬赤くなる。

「そう。僕の婚約者……そして、僕の未来」

 その言葉は甘くて、とろけるようで、逃げ場などなかった。

「エリシア、好きだよ。これから先、何があっても君を守る。そして……君が望むなら、もっと深い関係にだってなりたい」

 囁きながら、ノアはエリシアの頬に唇を触れさせる。

 優しくて、震えるほど甘い口づけ。

(ああ……私はもう、この子に逆らえない)

 そのまま腕の中に抱き寄せられ、エリシアは静かに目を閉じた。

 世界がゆっくりと溶けていく。



 後日。
 正式な婚約式の日。

 リンドブルム家の広間には、たくさんの祝福が集まっていた。

 白い花々。
 魔法の灯り。
 そして──ノアの誇らしげな表情。

「エリシア。本当に……僕の婚約者になってくれて、ありがとう」

「こちらこそ……あなたを選んでよかった」

 式の最後。
 ノアはそっとエリシアの手を握った。

「これからは……溺れるほど愛していい?」

「ゆっくりよ?」

「うん。でも我慢はしないから」

 その言葉に、エリシアの心は完全に奪われていた。

 ──こうして、偽りから始まった婚約は本物になった。

 そしてふたりの人生は、甘くて濃厚な溺愛の日々へと進んでいく。




感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

幼なじみは今日も私を抱きしめたまま

由香
恋愛
主人公・美月の幼なじみ、陽斗は距離が近すぎる。 家では当たり前のように後ろから抱きしめてきて、 頬をすり寄せる。 学校では肩に顎を乗せ、退屈そうにほっぺをつつく。 「このほっぺ好き」 「意味わかんないんだけど…」 幼い頃からずっと一緒だったせいで、美月はこの距離に慣れてしまっていた。 けれど文化祭の日。 「美月、他の男に触らせないで」 幼なじみの静かな独占欲が、ついに本気を見せる。 これは―― 距離ゼロの幼なじみが、恋人になるまでの甘すぎる物語。

嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です

由香
恋愛
貴族令嬢エマは、自分が周囲から嫌われていると信じて疑わなかった。 婚約者である侯爵令息レオンからも距離を取られ、冷たい視線を向けられている――そう思っていたのに。 ある日、思いがけず聞いてしまった彼の本音。 「君を嫌ったことなど、一度もない」 それは誤解とすれ違いが重なっただけの、両片思いだった。 勘違いから始まる、甘くて優しい溺愛恋物語。

【完結】大好きなあなたのために…?

月樹《つき》
恋愛
私には子供の頃から仲の良い大好きな幼馴染がいた。 2人でよく読んだ冒険のお話の中では、最後に魔物を倒し立派な騎士となった男の子と、それを支えてきた聖女の女の子が結ばれる。 『俺もこの物語の主人公みたいに立派な騎士になるから』と言って、真っ赤な顔で花畑で摘んだ花束をくれた彼。あの時から彼を信じて支えてきたのに… いつの間にか彼の隣には、お姫様のように可憐な女の子がいた…。

年下幼馴染皇太子が溺愛してくる

由香
恋愛
平民薬師アリアと幼馴染の少年・レオン。 再会した彼は、幼い頃の泣き虫ではなく、世界で最も強く、甘く独占欲に満ちた皇太子になっていた。 「アリア、もう離さない」――身分差を超えた初恋が、宮廷で激しく、甘く、そして切なく燃え上がる。 逃げても逃げられない、溺愛ラブストーリー。

疎遠だった幼馴染が彼女と別れて私に会いに来るようになったのだけど

くじら
恋愛
図書館の定位置には、いつも黒縁メガネの女生徒がいる。 貴族同士の見栄の張り合いや出世争いから距離を置いて穏やかに過ごしていたのに、女生徒の幼馴染が絡んでくるようになって…。

花言葉は「私のものになって」

岬 空弥
恋愛
(婚約者様との会話など必要ありません。) そうして今日もまた、見目麗しい婚約者様を前に、まるで人形のように微笑み、私は自分の世界に入ってゆくのでした。 その理由は、彼が私を利用して、私の姉を狙っているからなのです。 美しい姉を持つ思い込みの激しいユニーナと、少し考えの足りない美男子アレイドの拗れた恋愛。 青春ならではのちょっぴり恥ずかしい二人の言動を「気持ち悪い!」と吐き捨てる姉の婚約者にもご注目ください。

Short stories

美希みなみ
恋愛
「咲き誇る花のように恋したい」幼馴染の光輝の事がずっと好きな麻衣だったが、光輝は麻衣の妹の結衣と付き合っている。その事実に、麻衣はいつも笑顔で自分の思いを封じ込めてきたけど……? 切なくて、泣ける短編です。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…