『嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です』

由香

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第5話(最終話) 嫌われ令嬢の、これから

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 エマは、ふと気づいた。

 最近、一人になる時間が極端に減っている。

「エマ、そろそろ出かける時間だ」

 朝の支度を終えたころ、まるで当然のように扉の外から声がかかる。

「……はい」

 返事をしながら、思わず小さく笑ってしまった。

 あの日――誤解が解けてから、レオンは別人のようだった。

 否、正確には“本来の彼”なのだろう。
 不器用で、慎重で、けれど一途で、少し過保護。

 エマが廊下を歩けば、半歩前に立つ。
 視線が集まる場所では、さりげなく距離を詰める。
 誰かが話しかければ、穏やかながらも牽制する。

「……そんなに警戒しなくても、大丈夫ですよ」

 ある日、そう言うと、レオンは真面目な顔で返した。

「大丈夫かどうかを判断するのは、俺だ」

 有無を言わせぬ口調だった。

 それを聞いた瞬間、胸が熱くなってしまった自分に、エマは内心で苦笑する。

 ――困ったものだ。

 かつては、少しの優しさにも期待して、傷ついて。
 今は、過剰なほどの愛情に、戸惑っている。

「……人は、変わるものなのですね」

「変わったのではない」

 レオンは、きっぱりと言った。

「隠していただけだ」

 その言葉に、何も返せなかった。

 数日後、王都で開かれた正式な夜会。

 エマは、レオンの腕を取って、広間へ足を踏み入れた。

 ざわめきが、明らかに変わる。

「……あの二人、雰囲気が違う」

「ええ。完全に、恋人同士のそれよ」

「嫌われている、なんて話……どこから出たのかしら」

 囁き声が、もはや好意的なものに変わっている。

 エマは、少しだけ緊張した。

 けれど。

「大丈夫だ」

 耳元で、低い声がした。

「俺がついている」

 その一言で、不思議と背筋が伸びる。

 音楽が流れ、ダンスが始まった。

「……踊っていただけますか」

 エマがそう言うと、レオンは一瞬だけ目を見開き、すぐに頷いた。

「もちろんだ」

 手を取り、抱き寄せられる。

 リズムに合わせてステップを踏みながら、エマは思う。

 ――こんなふうに、並んで立てる日が来るなんて。

「……エマ」

「はい」

「不安にさせて、すまなかった」

 唐突な謝罪に、足が止まりそうになる。

「今でも思う。もっと早く、言葉にするべきだった」

 真剣な横顔。

「だが……取り戻す時間は、まだあるだろうか」

 エマは、少し考えてから、微笑んだ。

「……十分すぎるほど、いただいています」

 そう答えると、レオンは、ほっとしたように息を吐いた。

 夜会の終盤。

 レオンは、静かな場所へエマを連れて行った。

「……改めて、伝えたいことがある」

 彼の声は、少しだけ緊張している。

「婚約は、家同士の決定だった。だが」

 エマを、まっすぐ見る。

「今は、俺自身の意思だ」

 胸が、高鳴る。

「エマ。これから先も……俺の隣にいてほしい」

 不器用で、飾り気のない言葉。

 けれど、それ以上に真摯な告白はない。

「……はい」

 エマは、迷いなく頷いた。

「喜んで」

 その瞬間、レオンは彼女を強く、けれど大切そうに抱きしめた。

「……二度と、手放さない」

 低く、確かな声。

 その後、社交界は正式に知ることになる。

 ヴァルディス侯爵令息が、婚約者を溺愛していること。
 それは噂でも、誤解でもなく、紛れもない事実だと。

 そしてエマは、ようやく理解した。

 自分は、嫌われていたのではない。
 ただ、臆病な二人が、同じ勘違いをしていただけだったのだと。

 過去のすれ違いは、もう振り返らない。

 これからは、言葉にする。
 手を取り合う。
 同じ方向を、見つめる。

 ――嫌われ令嬢だった私ですが。

 今は、胸を張って言える。

 最初から最後まで、ずっと溺愛される予定だったのだと。

 その未来は、もう、始まっている。




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