嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です

由香

文字の大きさ
5 / 10

第5話(最終話) 嫌われ令嬢の、これから

しおりを挟む

 エマは、ふと気づいた。

 最近、一人になる時間が極端に減っている。

「エマ、そろそろ出かける時間だ」

 朝の支度を終えたころ、まるで当然のように扉の外から声がかかる。

「……はい」

 返事をしながら、思わず小さく笑ってしまった。

 あの日――誤解が解けてから、レオンは別人のようだった。

 否、正確には“本来の彼”なのだろう。
 不器用で、慎重で、けれど一途で、少し過保護。

 エマが廊下を歩けば、半歩前に立つ。
 視線が集まる場所では、さりげなく距離を詰める。
 誰かが話しかければ、穏やかながらも牽制する。

「……そんなに警戒しなくても、大丈夫ですよ」

 ある日、そう言うと、レオンは真面目な顔で返した。

「大丈夫かどうかを判断するのは、俺だ」

 有無を言わせぬ口調だった。

 それを聞いた瞬間、胸が熱くなってしまった自分に、エマは内心で苦笑する。

 ――困ったものだ。

 かつては、少しの優しさにも期待して、傷ついて。
 今は、過剰なほどの愛情に、戸惑っている。

「……人は、変わるものなのですね」

「変わったのではない」

 レオンは、きっぱりと言った。

「隠していただけだ」

 その言葉に、何も返せなかった。

 数日後、王都で開かれた正式な夜会。

 エマは、レオンの腕を取って、広間へ足を踏み入れた。

 ざわめきが、明らかに変わる。

「……あの二人、雰囲気が違う」

「ええ。完全に、恋人同士のそれよ」

「嫌われている、なんて話……どこから出たのかしら」

 囁き声が、もはや好意的なものに変わっている。

 エマは、少しだけ緊張した。

 けれど。

「大丈夫だ」

 耳元で、低い声がした。

「俺がついている」

 その一言で、不思議と背筋が伸びる。

 音楽が流れ、ダンスが始まった。

「……踊っていただけますか」

 エマがそう言うと、レオンは一瞬だけ目を見開き、すぐに頷いた。

「もちろんだ」

 手を取り、抱き寄せられる。

 リズムに合わせてステップを踏みながら、エマは思う。

 ――こんなふうに、並んで立てる日が来るなんて。

「……エマ」

「はい」

「不安にさせて、すまなかった」

 唐突な謝罪に、足が止まりそうになる。

「今でも思う。もっと早く、言葉にするべきだった」

 真剣な横顔。

「だが……取り戻す時間は、まだあるだろうか」

 エマは、少し考えてから、微笑んだ。

「……十分すぎるほど、いただいています」

 そう答えると、レオンは、ほっとしたように息を吐いた。

 夜会の終盤。

 レオンは、静かな場所へエマを連れて行った。

「……改めて、伝えたいことがある」

 彼の声は、少しだけ緊張している。

「婚約は、家同士の決定だった。だが」

 エマを、まっすぐ見る。

「今は、俺自身の意思だ」

 胸が、高鳴る。

「エマ。これから先も……俺の隣にいてほしい」

 不器用で、飾り気のない言葉。

 けれど、それ以上に真摯な告白はない。

「……はい」

 エマは、迷いなく頷いた。

「喜んで」

 その瞬間、レオンは彼女を強く、けれど大切そうに抱きしめた。

「……二度と、手放さない」

 低く、確かな声。

 その後、社交界は正式に知ることになる。

 ヴァルディス侯爵令息が、婚約者を溺愛していること。
 それは噂でも、誤解でもなく、紛れもない事実だと。

 そしてエマは、ようやく理解した。

 自分は、嫌われていたのではない。
 ただ、臆病な二人が、同じ勘違いをしていただけだったのだと。

 過去のすれ違いは、もう振り返らない。

 これからは、言葉にする。
 手を取り合う。
 同じ方向を、見つめる。

 ――嫌われ令嬢だった私ですが。

 今は、胸を張って言える。

 最初から最後まで、ずっと溺愛される予定だったのだと。

 その未来は、もう、始まっている。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたが「いらない」と言った私ですが、溺愛される妻になりました

阿里
恋愛
「君みたいな女は、俺の隣にいる価値がない!」冷酷な元婚約者に突き放され、すべてを失った私。 けれど、旅の途中で出会った辺境伯エリオット様は、私の凍った心をゆっくりと溶かしてくれた。 彼の領地で、私は初めて「必要とされる」喜びを知り、やがて彼の妻として迎えられる。 一方、王都では元婚約者の不実が暴かれ、彼の破滅への道が始まる。 かつて私を軽んじた彼が、今、私に助けを求めてくるけれど、もう私の目に映るのはあなたじゃない。

地味令嬢の私ですが、王太子に見初められたので、元婚約者様からの復縁はお断りします

阿里
恋愛
子爵令嬢の私は、いつだって日陰者。 唯一の光だった公爵子息ヴィルヘルム様の婚約者という立場も、あっけなく捨てられた。「君のようなつまらない娘は、公爵家の妻にふさわしくない」と。 もう二度と恋なんてしない。 そう思っていた私の前に現れたのは、傷を負った一人の青年。 彼を献身的に看病したことから、私の運命は大きく動き出す。 彼は、この国の王太子だったのだ。 「君の優しさに心を奪われた。君を私だけのものにしたい」と、彼は私を強く守ると誓ってくれた。 一方、私を捨てた元婚約者は、新しい婚約者に振り回され、全てを失う。 私に助けを求めてきた彼に、私は……

今さら遅いと言われる側になったのは、あなたです

阿里
恋愛
夜会で婚約破棄された私は、すべてを失った――はずだった。 けれど、人生は思いもよらない方向へ転がる。 助けた騎士は、王の右腕。 見下されてきた私の中にある価値を、彼だけが見抜いた。 王城で評価され、居場所を得ていく私。 その頃、私を捨てた元婚約者は、転落の一途をたどる。 「間違いだった」と言われても、もう心は揺れない。 選ばれるのを待つ時代は、終わった。

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。 ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。 あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…? ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの?? そして婚約破棄はどうなるの??? ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。

愛のない白い結婚や契約結婚を疑っていた私が、完璧な夫と「本当の意味で」結ばれるまでのお話

ぜんだ 夕里
恋愛
しがない子爵令嬢のイヴが政略結婚で嫁いだのは、誰もが憧れる完璧な大公爵アダマン様。 しかし彼は、お世継ぎはコウノトリが運んでくると本気で信じている、とてつもなく純粋な人だった!

追放された養女令嬢は、聖騎士団長の腕の中で真実の愛を知る。~元婚約者が自滅する横で、私は最高に幸せになります~

阿里
恋愛
「お前のような無能な女、私の格が下がるのだよ」 最愛の婚約者だったはずの王子に罵られ、雨の夜に放り出されたエルナ。 すべてを失った彼女が救われたのは、国の英雄である聖騎士団長・レオナードの手によってだった。 虚飾の社交界では見えなかった、本当の価値。 泥にまみれて子供たちを笑顔にするエルナの姿に、レオナードは心を奪われていく。 「君の隣に、私以外の居場所は作らせない」 そんな二人の裏側で、エルナを捨てた王子は破滅へのカウントダウンを始めていた。

地味令嬢と嘲笑された私ですが、第二王子に見初められて王妃候補になったので、元婚約者はどうぞお幸せに

阿里
恋愛
「君とは釣り合わない」――そう言って、騎士団長の婚約者はわたしを捨てた。 選んだのは、美しくて派手な侯爵令嬢。社交界でも人気者の彼女に、わたしは敵うはずがない……はずだった。 けれどその直後、わたしが道で偶然助られた男性は、なんと第二王子!? 「君は特別だよ。誰よりもね」 優しく微笑む王子に、わたしの人生は一変する。

さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~

阿里
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」 婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。 けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。 セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。 「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。 ――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。

処理中です...