『嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です』

由香

文字の大きさ
4 / 5

第4話 遅すぎる溺愛

しおりを挟む

 それは、あまりにもわかりやすい変化だった。

 エマは、朝の客間で紅茶を口に運びながら、周囲の視線を一身に浴びていることに気づかないわけにはいかなかった。

「……なぜ、皆さん、そんなにこちらを……?」

 控えめに尋ねると、侍女のマリアが苦笑しながら囁いた。

「エマ様。昨日の庭園でのご様子が、すでに噂になっております」

「え……?」

「レオン様が、ずっとお側から離れなかった、と」

 思わず、紅茶を吹きそうになる。

「そ、そんな……」

 確かに、話し合いのあと、レオンは必要以上にエマのそばを離れなかった。歩くときはさりげなく半歩前に立ち、話しかけられそうになると、静かに視線で牽制する。

 ――まるで、守るように。

 だが、それが噂になるほどだったとは。

「……困ります」

 そう呟いたエマの耳元で、マリアが小さく笑った。

「困る、というより……驚いていらっしゃるのでは?」

 図星だった。

 これまで、距離を置かれてきた時間が長すぎた。その反動が、あまりにも大きい。

 昼の社交の席。

 エマが椅子に座るより先に、レオンが椅子を引いた。

「……ありがとうございます」

「当然だ」

 短い返事。けれど、その視線は、確かにエマだけを追っている。

 会話の合間も、レオンは自然に彼女の様子を気にかけた。

「寒くないか」

「飲み物は足りているか」

「疲れていないか」

 一つ一つは些細な問いかけだが、これまでになかったことばかりだ。

 周囲の貴族たちが、明らかにざわついている。

「……あれが、本当に例の『冷淡な侯爵令息』?」

「別人のようだな」

「婚約者限定、というやつか」

 ひそひそとした声が聞こえる。

 エマは、恥ずかしさと戸惑いで、どうしていいかわからなくなった。

「レオン様……少し、近すぎます」

 小声で言うと、彼は即座に言い返した。

「今までが、遠すぎただけだ」

 即答だった。

 それ以上、何も言えなくなる。

 その日の午後、エマは図書室で資料を探していた。

「エマ」

 振り返ると、レオンが扉の前に立っていた。

「……どうなさいました?」

「迎えに来た」

「迎えに……?」

「一人で歩かせるわけがないだろう」

 当然のように言われ、心臓が跳ねる。

「……私は、子どもではありません」

「知っている」

 レオンは、静かに歩み寄る。

「だが、守りたい相手だ」

 その言葉に、胸の奥が熱くなった。

 差し出された手を、エマは一瞬だけ迷ってから、そっと取る。

 指先が触れ合った瞬間、彼の手がわずかに震えたことに気づいた。

「……緊張、しているのですか?」

「している」

 即答だった。

「今さらだが……嫌われていないか、常に不安だ」

 エマは、思わず微笑んだ。

「……大丈夫です。もう、逃げませんから」

 レオンは、ほんの一瞬、安堵したように目を細めた。

 夕方、馬車の前で。

「今日は、ありがとう」

 エマがそう言うと、彼は首を横に振る。

「礼を言うのは、俺の方だ」

 そして、少し間を置いてから、低く続けた。

「……エマ」

「はい」

「今までの分も含めて……これからは、全力で大切にする」

 不器用だが、真剣な言葉。

 エマは、胸に手を当て、静かに頷いた。

「……お願いします」

 その夜、社交界は一つの結論に達した。

 ――嫌われ令嬢など、どこにもいなかった。
 いたのは、遅すぎるほどに溺愛される、ただ一人の婚約者だけだった。

 そしてエマは、ようやく理解する。

 これまでの静けさは、拒絶ではなく、臆病な愛情の裏返しだったのだと。

 溺愛は、始まったばかり。

 この先、彼がどこまで過保護になるのか――それは、まだ誰も知らない。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―

喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。 そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。 二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。 最初は手紙も返ってきていたのに、 いつからか音信不通に。 あんなにうっとうしいほど構ってきた男が―― なぜ突然、私を無視するの? 不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、 突然ルイスが帰還した。 ボロボロの身体。 そして隣には――見知らぬ女。 勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、 私の中で何かが壊れた。 混乱、絶望、そして……再起。 すがりつく女は、みっともないだけ。 私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。 「私を簡単に捨てられるとでも? ――君が望んでも、離さない」 呪いを自ら解き放ち、 彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。 すれ違い、誤解、呪い、執着、 そして狂おしいほどの愛―― 二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。 過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃
恋愛
伯爵家の令嬢・リシェルは、侯爵家のアルベルトに密かに想いを寄せていた。 けれど彼が選んだのはリシェルではなく、双子の姉・オリヴィアだった。 二人は夫婦となり、誰もが羨むような幸福な日々を過ごしていたが――それは五年ももたず、儚く終わりを迎えてしまう。 オリヴィアが心臓の病でこの世を去ったのだ。 その日を堺にアルベルトの心は壊れ、最愛の妻の幻を追い続けるようになる。 そんな彼を守るために。 そして侯爵家の未来と、両親の願いのために。 リシェルは自分を捨て、“姉のふり”をして生きる道を選ぶ。 けれど、どれほど傍にいても、どれほど尽くしても、彼の瞳に映るのはいつだって“オリヴィア”だった。 その現実が、彼女の心を静かに蝕んでゆく。 遂に限界を越えたリシェルは、自ら命を絶つことに決める。 短剣を手に、過去を振り返るリシェル。 そしていよいよ切っ先を突き刺そうとした、その瞬間――。

番探しにやって来た王子様に見初められました。逃げたらだめですか?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はスミレ・デラウェア。伯爵令嬢だけど秘密がある。長閑なぶどう畑が広がる我がデラウェア領地で自警団に入っているのだ。騎士団に入れないのでコッソリと盗賊から領地を守ってます。 そんな領地に王都から番探しに王子がやって来るらしい。人が集まって来ると盗賊も来るから勘弁して欲しい。 お転婆令嬢が番から逃げ回るお話しです。 愛の花シリーズ第3弾です。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

『話さない王妃と冷たい王 ―すれ違いの宮廷愛

柴田はつみ
恋愛
王国随一の名門に生まれたリディア王妃と、若き国王アレクシス。 二人は幼なじみで、三年前の政略結婚から穏やかな日々を過ごしてきた。 だが王の帰還は途絶え、宮廷に「王が隣国の姫と夜を共にした」との噂が流れる。 信じたいのに、確信に変わる光景を見てしまった夜。 王妃の孤独が始まり、沈黙の愛がゆっくりと崩れていく――。 誤解と嫉妬の果てに、愛を取り戻せるのか。 王宮を舞台に描く、切なく美しい愛の再生物語。

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...