悪役令嬢は断罪の舞台で笑う

由香

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第五章 悪女の微笑

第二話 玉座の前で

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 崩れた王宮の奥、玉座の間だけが奇妙な静寂に包まれていた。

 そこに、ただ一人、男が立っている。
 かつて王太子と呼ばれ、今はその地位も名誉も失った男――エドワード・ライオネル・アスティア。

 彼の金の髪は乱れ、豪奢だった服は血と土に汚れていた。

 それでもなお、背筋だけは真っすぐに伸びている。
 プライドだけが、彼を支えていた。

 重い扉が軋む。
 振り向いた彼の視線の先に、黒衣の影が立っていた。

「……やはり来たか、セレーナ」

 その声に、セレーナは小さく微笑んだ。

「ええ。最後の舞台には、やはり主役と観客が揃わないとね」

 彼女はゆっくりと歩みを進め、瓦礫を踏みしめながら玉座の前に立つ。

 そこは、かつて彼女が“断罪”された場所。
 王太子の口から「悪女」と言い渡された夜が、今も床に刻まれている。

「何をしに来た?」

 エドワードの声は乾いていた。

「嘲りにか?それとも、私を断罪するためか?」

「いいえ」

 セレーナは首を振る。

「私はただ、終幕を見届けに来ただけ。……あなたが、どんな言葉でこの国を去るのかをね」

 彼は苦笑した。

「去る?私は、もう何も持たない男だ。王冠も、民も、聖女も――すべてを失った」

「そうね」

 セレーナは静かに言った。

「でも、あなたが失ったのは“国”ではないの。本当に失ったのは、“見る目”と“誇り”よ」

 その言葉に、エドワードは顔を上げた。
 セレーナの瞳は、冷たくも澄んでいた。

「あなたは“聖女”にすがった。民の声を見ようともせず、ただ神の奇跡に酔っていた。でも、奇跡なんて初めから存在しなかったのよ」

「……知っていたのか、最初から」

「ええ。聖女ミリアの力が“偽り”であることも、王家がそれを利用していたことも」

 エドワードは拳を握りしめた。

「なぜ言わなかった。なぜ私に教えなかった!」

「教えても、あなたは信じなかったでしょう?」

 セレーナの声は静かだった。

「あなたは、“信じたいもの”しか見ない王だった。私が口を開いても、きっと“悪女の嘘”と片づけたわ」

 沈黙が落ちる。
 風が吹き抜け、玉座の赤い布がわずかに揺れた。
 その音だけが、二人の間を隔てていた。

「……すべて終わったのだな」

 エドワードの声は、かつての威厳を失っていた。

「王国も、聖女も、そして――私の罪も」

「罪は終わらないわ」

 セレーナは一歩、彼に近づいた。
 その手に、黒薔薇の紋章が刻まれた小さな印章を握っている。

「けれど、罰は今日で終わりにしましょう」

 エドワードは目を見開いた。

「……赦すのか、私を?」

「いいえ」

 セレーナは微笑んだ。

「赦すほど、私は神聖ではない。でも――あなたを“見届ける者”として、ここに立つことはできる」

 彼は目を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。

「セレーナ。私は愚かだった。愛を誤り、信仰を誤り、そしてお前を失った」

「失ったものを悔やむより、これからを見なさい」

 セレーナは静かに言った。

「あなたの名はもう歴史から消える。けれど、“誰かを欺いた王”としての記憶は残る。それを抱えたまま、生きなさい」

 エドワードは立ち上がり、深く頭を垂れた。

「……すまなかった」

 その言葉に、セレーナは目を閉じる。
 わずかに唇が震えたが、涙は落ちなかった。

「――さようなら」

 彼女が背を向けた瞬間、外から朝の光が差し込んだ。
 崩れた天井から零れる光が、彼女の黒衣を金に染める。
 まるで、幕が静かに下りるように。

 エドワードはその背を見送った。
 去っていく“悪女”の姿が、まるで祈りのように美しかった。




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