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第五章 悪女の微笑
第三話 真の断罪劇
しおりを挟む王都の空を覆っていた煙は、ゆっくりと晴れていった。
灰色の雲の隙間から光が差し込み、崩れた街の瓦礫を黄金に照らす。
その中心――断罪の舞台となった大広間に、セレーナはひとり立っていた。
天井は砕け、壁には亀裂が走り、かつての栄華は影もない。
けれど、舞台というものは不思議だ。
観客がいなくても、照明がなくても、“終幕”のための場所は、静かに呼吸をしている。
「……これで、ようやく幕を下ろせるわね」
セレーナは小さく呟き、床に残る焦げ跡に手を触れた。
その黒い痕こそ、あの夜の記憶――
王太子の断罪の言葉、民衆の罵声、そして自らの微笑。
彼女はゆっくりと扇を開く。
黒薔薇の紋章が、差し込む光に淡く輝いた。
その時、背後から足音が響く。
振り返れば、そこにディランが立っていた。
彼の表情は穏やかで、しかしどこか決意を秘めている。
「……すべて終わりました、主様」
「ええ、終わったわ」
セレーナは頷いた。
「聖女は神殿で“真実”を告白したそうね?」
「はい。奇跡は偽りだったと。彼女は涙ながらに赦しを乞いましたが……民は、ただ静かに去っていきました」
「そう。なら、あの娘もようやく“舞台”を降りられるわね」
セレーナは窓辺に歩み寄り、瓦礫の街を見下ろす。
かつて彼女が愛した国。
その廃墟の中で、子供たちが小さな花を植えていた。
――それは、滅びではなく再生の光景だった。
「主様、これからは……どうなさるおつもりですか?」
「どうもしないわ」
セレーナは静かに答えた。
「もう私は“黒薔薇の主”でも“悪女”でもない。ただのひとりの女として、過去を背負って生きるだけ」
「ですが、人々はあなたを英雄と呼んでいます」
「英雄?」
セレーナは微笑した。
「違うわ。私はこの国を救ったんじゃない。壊したの。それでも、誰かが再び築き上げるなら――それは私の罰が実を結ぶということ」
ディランは何も言わなかった。
ただ、その背に尊敬と哀しみを込めて頭を垂れる。
「ねえ、ディラン」
セレーナはふと、柔らかい声で言った。
「私、ひとつだけ後悔があるの」
「後悔……ですか?」
「ええ。――“笑いすぎた”こと」
ディランは目を見開いた。
セレーナは静かに微笑んでいた。
「どんな痛みも、どんな侮辱も、笑って返した。けれど、笑いながら戦ううちに、心の底にあった“温かさ”まで、どこかへ置き去りにしてしまったの」
その瞳に、わずかな光が滲む。
涙ではない。ただ、長い旅路の果てに見えた穏やかな輝き。
「でも、今日で終わり。この舞台は、もう閉じるわ」
セレーナは扇を閉じ、玉座の前に立った。
そこに誰もいない。
王も、聖女も、観客もいない。
――だからこそ、今こそ“真の断罪劇”が成立する。
「王も聖女も、この国も。そして……かつての私自身も。みんな、同じ罪を背負っていた。“見たいものだけを見た”という罪を」
そう言って、彼女は床に印章を置いた。
黒薔薇の紋章が、ひときわ美しく光を放つ。
「この印をもって、虚構の舞台を完全に閉じる。――すべての断罪を、ここに終わらせましょう」
その瞬間、崩れた天井の隙間から一陣の風が吹き込んだ。
薔薇の花弁のような灰が舞い上がり、彼女の黒衣を包む。
それはまるで、舞台の最後を飾るカーテンコールのようだった。
セレーナは静かに微笑む。
「さようなら、“悪女”」
そう呟いたとき、彼女の影は朝の光に溶けていった。
その微笑だけが、最後の幕を閉じる。
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