吸血公ヴェルド侯爵の憂鬱~魔王の生贄となった病弱王子は、魔獣たちを従えて無双する

一ノ瀬 薫

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第89話 特使の目的

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「〈神速〉というのは我が家に伝わる技術の一つで、魔王陛下や閣下によって授けられる能力の一種です。ただ、これを使いこなすには時間のかかる修練が必要で、使い手は現在、私と閣下の従者をされているジュール様だけなのです」
「ジュール様と言われる方は、やはりザード殿と同じように神速を使われるのでしょうか」
「いえ、ジュール様は自ら魔術を使えます。なので私よりはるかに効率が良いため、より早く強く〈神速〉を駆使されます。しかも剣の腕前も一流ですので、私では到底かないません」
 ほうっ、とアンドレとドラグルは感動したように声を漏らした。

「今度はこのドラグルと手合わせを願いたいものです」
「そうだな、あれは体験したものでないと、どれほどのものかわからないからな」
 ドラグルとアンドレは、以前の遺恨は水に流したように語り合っていた。
「私が今度いつこちらに来られるわかりませんが、皆さんが魔王領に来られることがあれば、いつでもお相手させて頂きます」
 そうザードが言うと、二人もそれは是非、と答えて頷いた。

 ヴァンはユリウスとの会談の後、宰相のマルケスに会った。
「あれはどうせ貴殿の差し金だろう。してやられた」
「何を言われます。あれよりほかに我らのできることなどありえましょうか。閣下にあれが露見した以上、閣下を頼るよりほか、我らに選択の余地はありませんので」
 マルケスがそう言うのを聞くと、ヴァンは自嘲気味に言った。
「それは遠回しにあまり調子に乗るなといっているのだな」
「滅相もない、閣下の慧眼に服しているだけでございます」
 そう言ってマルケスは頭を下げた。
「オーウェルはエルフは癪に障ると言っていたそうだが、その気持ちが今よくわかったぞ」
 ヴァンは冗談を言いながらも、苦笑を禁じえなかった。

「悪いが私に良い案などあるはずがない。だが、私などよりはるかに賢い者を紹介しすることはできる」
「そのような方がおられるとは思えませんが」
 怪訝な表情でマルケスがそう言うと、ヴァンは言った。
「帝国にいるアリという男を訪ねるのだな。これについては異議は認めぬ。私から助言はしておく。彼には母と叔母を悲しませるようなことはしないようにとな」
 そう告げられたマルケスは想う所があるのか、声を詰まらせながら答えた。

「閣下のお言葉、確かに賜りました。陛下にはそのようにお伝えいたします」
「それが良いだろう。アリはエルフと人の架け橋になれる人物だ。それにこれからは彼らの時代だ。腹蔵なく語り合えば必ずや良い結果が得られるだろう。私はサレジアに特使として来たのもそれを伝えるためだったのだ」
 そう言い残すと、ヴァンはザードの待っている部屋に帰って行った。

 部屋で待っていたザードから、アンドレを見舞った話を聞くと、ヴァンはそれを喜んだ。
「お前たちにもいい朋友ができたようだな。厄介ごとばかりで私は頭が痛かったが、彼らと交流ができたのであれば、遠くまで来た甲斐があったというものだ」
「ありがとうございます。我々も滅多にできないことを体験できて勉強になりました。いつか彼らが魔王領に来てくれると良いなという話も出ました」
「それはいい。私は当分領地から出たくない。彼らを招いて歓待しよう、その方がずっと良い」
 そう言うヴァンを見てザードは、閣下は魔王領に帰りたくて仕方がないのだと微笑ましく思った。
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