生まれ変わったら極道の娘になっていた

白湯子

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従兄弟と弟

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俺の目の前には穏やかに微笑む男がいる。次期稲月組組長であり、椿の義弟でもある、陽だ。
幼少期のトラウマのせいで無意識に体が強ばる。

「お久しぶりです。こんな所で何をやってるのですか?」

穏やかに微笑む口元、親しげな声。一見ただの好青年に見えるが、好青年といわれれば違和感を感じる。目が、笑ってないのだ。

「気分転換にちょっとな。……そろそろ帰ろうと思っていたところだ。邪魔したな。」

この男に関わると昔からろくなことが起きない。何度トラウマを植え付けられたことだろうか。未だにその傷は癒えない。
俺はそそくさと通り過ぎようとした。

「お急ぎでなければ、久々の従兄弟の再会です。ゆっくりとお話しませんか?」

その裏がありそうな誘いに冷や汗が出る。首を傾げ微笑む姿は完璧だ。何度この顔に騙されただろう。

「すまんが急ぎの用がある。また今度誘ってくれ。」

用があるというのは嘘だ。しかし、強いていうなら椿への再プロポーズを考えるとこだろうか。……あぁ、意外と忙しいではないか。

「そうですか……。」

残念そうに肩を竦める。陽の全ては演技だ。騙されるな。

「用があるなら仕方が無いですよね。姉さんのことで少しお話があったのですが……。急に呼び止めてすみません。」
「ちょっと待ってくれ。」

立ち去ろうとする陽の肩を掴む。ゆっくりと振り向いて見せた顔はやはり穏やかだ。

「どうかしましたか?」
「……少し居座っても良いだろうか。」

椿の話しとあれば断るわけにいかない。今すぐ逃げ出したい自分を奮い立たせる。そんな俺を見た陽はさらに笑みを深くする。

「用があったのでは?」
「あぁ、気のせいだったようだ。」

そんな俺のひどい言い訳にも陽は表情を崩さない。

「良かった。」

そう言う陽はこわく的な眼差しを向けた。

*****

俺は今、陽の部屋に居る。8畳くらいだろうか。物が少ないため、もっと広く感じる。真新しいい草の良い香りがした。

「八島の兄さん。粗茶ですが、どうぞ。」
「すまんな。」

陽は俺にお茶を出す。その入れ方には無駄な動きがなく、しなやかだ。
……何も入っていないよな?
つい疑わしい視線をお茶におくってしまう。

「何も入ってないですよ。」

クスクス笑う陽に対して、俺は顔をしかめる。6歳下の男に何をやっているのだ。自分が情けない。

「それなら安心だ。で、椿の話とは何だ?」

その話を聞くため、陽のテリトリーへ自ら足を踏み込んだのだ。

「…椿、ねぇ……?」

陽は何かを呟いたが、その声は小さくて聞き取れない。
一瞬、陽の眼光が鋭くなったような気がした。しかし、それは一瞬すぎてわからない。今はいつもどうりの穏やかな表情をしている。

「何か言ったか?」
「ううん。何も。……姉さんのことなんですが、兄さんは姉さんのことどう思っているのですか?」
「ごふっ!?」

率直すぎる質問に動揺する。そんな俺をよそに陽は歌を歌うように言葉を重ねていく。

「大体の話は父から聞いています。5日後に兄さんと結婚することが決まりますが、兄さんはどうお考えでいるのですか?あんなのでも一応姉です。姉の行く末を見送ることは弟の義務ですから。」

……………弟というものはそこまでするものなのか。陽の堂々たる態度のおかげで俺の中で正当化されつつある。恐ろしい。
ここで誠意を見せなくては俺に明日が来ないと本能が告げている。

「つ、椿のことは……、良く…想っている……。」
「良く……とは?」

……恋人の両親に挨拶をする時、このような気持ちになるのだろう。
無駄な緊張が走る。

「き、着物が似合うところ、穏やかに…笑う表情、仕草も…素敵だ。あぁ、手当をしてくれた時の優しさにも惹かれた。」

……。
何故俺には文章能力がないのだろう…。こんな言葉なんて小学生でも考えられる。
ジワジワとやってくる羞恥心居た堪れなくなる。いつまでこの苦行を続けなければならないのか。

「つ、つまりだ!結婚のことは前向きに考えているっ!!」

もう、無理だ。想い人の弟に言うとか、どんな羞恥プレイだ。思わず下を向いてしまう。

「へぇ…?」

下を向いている俺には陽の表情がわからない。そこ声からも感情が読み取れないため不安になる。

「兄さんは見た目と違って、純情ですね。」
「やめろっ!!」

体中が熱い。
この男は何を言い出すかと思えば……!
俺は落ち着くためにお茶を一気に喉に流し込む。

「あぁ、でも昔から兄さんは純情でしたよね。女の格好をした5歳の僕に恋をするぐらいですから。兄さんは本当、昔からお変わりない。」

クスクスと愉しそうに言葉を紡ぐ。
そして、幼少期に植え付けられたトラウマが再びフラッシュバックする。
当時11歳だった俺の前に、赤い着物を来た小さな女の子が現れた。驚くほど白い肌に、くりくりとした大きい目、ハニーブラン色の髪はふわふわとしていて、まるで天使のような少女だった。その可愛らしい姿に一目で夢中になったのだ。

現在、その天使は目の前で穏やかな笑みを浮かべている。

「変なことを思い出させるなっ!!」

人生最初で最大最悪のトラウマがこれだ。男だと知ったときは本気で泣いた。
初めての恋心が残酷な形で散ったのだ。

「兄さん、落ち着いてください。そんなに興奮すると、まわりが早くなりますよ。」

まわり……?何のことだ。
その瞬間、体が後ろに傾く。起き上がろうとしても力が入らない。こんな状況でも陽の態度は変わらない。頭上から穏やかな声が降り注ぐ。

「安心してください。副作用はありません。少しの間眠ってもらうだけですから。」

いつ、薬を盛られた。いや、考えればすぐわかる。あのお茶だ。

「僕が言ったことを信じるなんて馬鹿な人。」

信じたのではない。感情が高まってしまい忘れていたのだ。
そんな自分が情けない。

「八島の兄さん。おやすみなさい。」

最後に見たその顔はこの世のものとは思えないほどのキレイな笑だった。






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