ピエロと伯爵令嬢

白湯子

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素顔と声は

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ここまでの経緯をまとめよう。

私は男にわざわざ会うために兄の留守を狙い、屋敷を抜け出した。

赴いたパレードには、毎年ながら華やかで私の心を踊らせた。
そこでは、将来が若干心配な少年から林檎を貰ったり、猛獣使いの美女にあったりと、なかなか思い出深いものになった。

そんなこんなで、やっと探し求めていたピエロを見つけ出すことに成功したのだ。

あとは、平和に2人で林檎を食べたり、結婚の報告をしたりした。
…うん、ここまでは良い。
その後、何故か男に拉致され、右手を拘束された。
解せぬ。

そして、現在に至る…。

「…自分で食べるからこれを外して欲しいわ。」
『…。』

私の声を無視し、男は私の口元にサンドイッチを運んでくる。
仮面のせいで表情が見えないのが憎らしい。
さっきから男は利き手の使えない私に対して、甲斐甲斐しく世話をしてくる。それはまるで、従順な従者のようだ。
拘束されている身であるはずなのに、私に対する扱いに戸惑う。

こんな状況でもお腹は正直だ。
不本意ながらも、素直に口を開けていく。
親鳥から餌をもらう雛になったような気分だ。
それに、このサンドイッチが美味しいのがいけない。
バゲットと生ハムのカスクルート、蒸し豚のサンドイッチ、ベーコンのアボカドディップサンドなど、種類も豊富だ。

「貴方は食べないの?」

私が嚥下したのを確認し、男が飲み物を飲ませ一息ついた後、そう男に訊ねた。
男はせっせと紙にペンを走らせる。
この光景もだいぶ慣れてきた自分に苦笑いするもの、悪い気はしない。
テンポはズレるが、話さない男とこうして会話できることは素直に嬉しい。
昔は意思疎通が出来ず、困っていたのだ。

(…そういえば、いつから話さなくなったのかしら?)

昔、私が7歳だった頃は普通に話していたと思う。
男がまわってきた国々の話を聞いたり、芸の練習で上手くできた時の男の嬉しそうな声は未だに覚えている。
一体いつから男の声聞いていないのだう。

トントンと肩を叩かれる。
はっとし、顔を上げると、そこには首を傾げ、私を見ている男が居た。
手には『つまみ食いをしたがらお腹すいていないんだ。』と書かれている紙を持っていた。

いけない、思考が飛んでいた。

「ごめんなさい、考え事してて…。つまみ食いじゃ、お腹すいちゃうわよ。」

男は考える仕草を見せた。何を書くのかを考えているのだろうか。ひとつ頷き、サラサラと文字を書いてゆく。

『チェルシーは僕のつまみ食いレベルを低く見てるね。かなりの量をつまみ食いして来たから大丈夫だよ。で、一体何を考えていたの?』

それは、つまみ食いというのだろうか。そもそも、つまみ食いにレベルなんてあったのだろうか。

そして、最後の文章を読み『やっぱりスルーしないのね。』と思う。

「貴方はいつから話さなくなったのかしらって考えただけよ。」

隠す必要もない。私は素直に言った。

『僕がピエロになった時、認められた時、かな。』
「何歳のとき?」
『12歳の時だよ。』

そういえば、12歳の時に男の初めての舞台を見たなと思い出した。
大人の中に交ざって芸をする男の姿は子供ながら憧れていたものだ。

なるほど、その時から話さなくなったのか。

『話すとそれはピエロじゃないんだ。』
「そうなの?」
『そうなの。』

ピエロにもルールがあるようだ。

私が納得したところで、食事は再開された。まだ、半分以上余っている。
男にサンドイッチを口元に運んでもらいながら再び考える。

現在、共に成長した。
私だって子供時と比べれば、手足は伸び、身体は丸みを帯びた。
…まぁ、フィディさんと比べれば貧相であるが…。
…私の話なんていいのだ。
男だって同様に成長している。
幼い頃は私の方が背丈は高かったが、今では私の追い越し頭一個分私より大きくなってしまった。
力だって、私を担ぎ上げるほどに成長している。
そんな男のことだ。
とっくの昔に声変わりしているだろう。
つまり、私は今の男の声を知らない。
毎年合っていながら、一言も。
それに、顔だって…、

(あら…?)

愕然とした。
何故私は男の顔を思い出せないのだろう。
声は覚える。
なのに何故?
頭に浮かぶのは全てピエロの仮面を被った男の幼い姿だ。
おかしい。
確かに私は男の素顔を見たはずだ。

私は食べ物を嚥下し、男を見つめた。

(貴方はどんな顔をしていた?)

どんなに見つめても、やはり笑っているくせに泣いている奇妙な男しか居なかった。



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