9 / 66
9.壊れた器
しおりを挟む
お母様は倒れた日から起き上がることができず、
部屋で寝たきりになってしまった。
最初は会話もできていたのに、日に日に弱っていき、
ひと月もたつ頃にはずっと眠り続けるようになっていった。
治癒士の説明によると、治癒術を使いすぎて、
お母様は魔力の器が壊れてしまっている状態だそうだ。
だから、魔力による治癒術を使おうとしても、
器から魔力が流れ出てしまうために効果がない。
公爵家お抱えの治癒士でも身内であるジェラルド兄様の治癒術でも、
まったく回復することができなかった。
魔力持ちの身体は魔力があって維持できるようになっているため、
その魔力を保持できなくなったお母様は、
もう治る見込みはないという……。
「どうしたら……どうしたらお母様は助かるの?」
「……今の状態だと、何をしても無理だと」
「そんな!」
「器を治す方法は見つかっていない」
「……私を治そうとしたからお母様は……私のせいだわ」
私を助けようとしなければお母様が倒れることもなかったのに。
そう思ったら悲しくて悔しくて涙がこぼれた。
「ジュリアンヌ、それは違う。
いろんなことが重なったせいでもあるんだ。
レイモンの病気とジュリアンヌの怪我、どちらかならきっと壊れなかった」
「お兄様の病気……」
「あの時、レイモンが熱を出したのは王家のお茶会に出席したからだ。
普段、レイモンは社交せずにいたのに、
王家主催のお茶会だから断り切れなくて公爵が連れてきたんだ」
「王家主催のお茶会?」
「本当はジュリアンヌも招待されていたらしいけど、
叔母上とジュリアンヌは病気で欠席だと言われたよ」
「そんなお茶会あったの知らないわ」
お兄様がお茶会に出席したのも、私が呼ばれたのも知らない。
だって、一度もお茶会に出席したことなんてない。
イフリア公爵家の者が魔力持ちだなんて恥ずかしいから、
そう言われて社交したこともなかったのだから。
「だろうね……。お茶会にレイモンだけ出席させたのも、
レイモンの熱が下がらないからと叔母上に治療を命じたのも、
全部イフリア公爵が決めたことだ。
ジュリアンヌがさらわれたのだって、公爵の愛人のせいじゃないか。
叔母上がこうなったのはジュリアンヌのせいじゃない」
「……」
言われてみればそうなんだけど、本当に私のせいではないのだろうか。
死にかけた私を助けるためにお母様はかなり無茶したはずなのに。
「ジュリアンヌが自分を責めたら、叔母上が悲しむ」
「え?……」
「俺だったら、助けた娘がそんな風に思っていたら悲しいと思う」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
もうお母様は助けられない。
なのに自分を責めることすら許されない。
「そばにいてあげなよ。手をにぎるだけでもいい」
「それだけでいいの?」
「ああ」
「……わかったわ」
そういえば、ジェラルド兄様はよく私の手にふれていた。
嫌な記憶を思い出しそうな時、みっともない自分の姿を嘆いていた時、
ジェラルド兄様は黙って手をつないでいてくれた。
そのまま私が落ち着くまで、ずっと静かにそばにいてくれた。
そっとお母様の手にふれると冷たかった。
いつもなら温かいはずなのに、おそろしく冷たい。
その手が私の体温で温まるように包み込むように両手で握る。
目を閉じたままのお母様が少し笑ったような気がした。
「お母様、喜んでくれているかしら」
「俺はそう思うよ」
それから毎日、お母様の手を握って声をかけていた。
少しでも回復してくれたらいいのにと願っていたけれど、
その願いが叶えられることはなく、お母様は眠るように亡くなった。
「っ……ひぅ…く……」
「泣いていい。叫んでもいい。よく頑張ったな」
「にいさま……」
ジェラルド兄様に抱きしめられ、我慢できなかった。
これまでの悔しさや悲しさが吹き出したように叫んで、
泣いて泣いて泣いて……暴れるほど泣いて。
それでもジェラルド兄様は私を離さなかった。
いつ泣き止んだのかもわからないまま泣き疲れて眠った後も、
ジェラルド兄様は私を抱き上げたままそばにいてくれた。
お母様の葬儀は密葬になった。
私が生きていることを知られないように、王家とイフリア公爵家にも知らせず、
葬儀がすべて終わった後でお母様が亡くなったことが公表された。
お母様がいなくなったことで、この世界から嫌われているんじゃないかと感じた。
どうしてこんなにつらいことばかり私に起きるんだろうと。
伯父様と伯母様ともうまく話せなくなり、
部屋に閉じこもってばかりになった私に、
近づけるのはジェラルド兄様だけになっていた。
「今日は外に行こうか」
「……歩きたくない」
「歩かなくていい。抱きかかえていくからいいよ」
食事をきちんと取らないせいで軽くなった身体をひょいと抱き上げると、
ジェラルド兄様は中庭へと向かう。
あらかじめ指示されているのか使用人は見えない。
いつもいるはずのジェラルド兄様の侍従たちも、私に近づくことはない。
ずっと毎日ジェラルド兄様とだけいる。
……こんなに甘えているのも、もう終わりにしなければいけないのに。
「ねぇ、もうすぐ兄様は学園に行くのよね?」
「行かないよ」
「え?」
「中等部は行かないことにした」
「どうして?……私のせい?」
部屋で寝たきりになってしまった。
最初は会話もできていたのに、日に日に弱っていき、
ひと月もたつ頃にはずっと眠り続けるようになっていった。
治癒士の説明によると、治癒術を使いすぎて、
お母様は魔力の器が壊れてしまっている状態だそうだ。
だから、魔力による治癒術を使おうとしても、
器から魔力が流れ出てしまうために効果がない。
公爵家お抱えの治癒士でも身内であるジェラルド兄様の治癒術でも、
まったく回復することができなかった。
魔力持ちの身体は魔力があって維持できるようになっているため、
その魔力を保持できなくなったお母様は、
もう治る見込みはないという……。
「どうしたら……どうしたらお母様は助かるの?」
「……今の状態だと、何をしても無理だと」
「そんな!」
「器を治す方法は見つかっていない」
「……私を治そうとしたからお母様は……私のせいだわ」
私を助けようとしなければお母様が倒れることもなかったのに。
そう思ったら悲しくて悔しくて涙がこぼれた。
「ジュリアンヌ、それは違う。
いろんなことが重なったせいでもあるんだ。
レイモンの病気とジュリアンヌの怪我、どちらかならきっと壊れなかった」
「お兄様の病気……」
「あの時、レイモンが熱を出したのは王家のお茶会に出席したからだ。
普段、レイモンは社交せずにいたのに、
王家主催のお茶会だから断り切れなくて公爵が連れてきたんだ」
「王家主催のお茶会?」
「本当はジュリアンヌも招待されていたらしいけど、
叔母上とジュリアンヌは病気で欠席だと言われたよ」
「そんなお茶会あったの知らないわ」
お兄様がお茶会に出席したのも、私が呼ばれたのも知らない。
だって、一度もお茶会に出席したことなんてない。
イフリア公爵家の者が魔力持ちだなんて恥ずかしいから、
そう言われて社交したこともなかったのだから。
「だろうね……。お茶会にレイモンだけ出席させたのも、
レイモンの熱が下がらないからと叔母上に治療を命じたのも、
全部イフリア公爵が決めたことだ。
ジュリアンヌがさらわれたのだって、公爵の愛人のせいじゃないか。
叔母上がこうなったのはジュリアンヌのせいじゃない」
「……」
言われてみればそうなんだけど、本当に私のせいではないのだろうか。
死にかけた私を助けるためにお母様はかなり無茶したはずなのに。
「ジュリアンヌが自分を責めたら、叔母上が悲しむ」
「え?……」
「俺だったら、助けた娘がそんな風に思っていたら悲しいと思う」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
もうお母様は助けられない。
なのに自分を責めることすら許されない。
「そばにいてあげなよ。手をにぎるだけでもいい」
「それだけでいいの?」
「ああ」
「……わかったわ」
そういえば、ジェラルド兄様はよく私の手にふれていた。
嫌な記憶を思い出しそうな時、みっともない自分の姿を嘆いていた時、
ジェラルド兄様は黙って手をつないでいてくれた。
そのまま私が落ち着くまで、ずっと静かにそばにいてくれた。
そっとお母様の手にふれると冷たかった。
いつもなら温かいはずなのに、おそろしく冷たい。
その手が私の体温で温まるように包み込むように両手で握る。
目を閉じたままのお母様が少し笑ったような気がした。
「お母様、喜んでくれているかしら」
「俺はそう思うよ」
それから毎日、お母様の手を握って声をかけていた。
少しでも回復してくれたらいいのにと願っていたけれど、
その願いが叶えられることはなく、お母様は眠るように亡くなった。
「っ……ひぅ…く……」
「泣いていい。叫んでもいい。よく頑張ったな」
「にいさま……」
ジェラルド兄様に抱きしめられ、我慢できなかった。
これまでの悔しさや悲しさが吹き出したように叫んで、
泣いて泣いて泣いて……暴れるほど泣いて。
それでもジェラルド兄様は私を離さなかった。
いつ泣き止んだのかもわからないまま泣き疲れて眠った後も、
ジェラルド兄様は私を抱き上げたままそばにいてくれた。
お母様の葬儀は密葬になった。
私が生きていることを知られないように、王家とイフリア公爵家にも知らせず、
葬儀がすべて終わった後でお母様が亡くなったことが公表された。
お母様がいなくなったことで、この世界から嫌われているんじゃないかと感じた。
どうしてこんなにつらいことばかり私に起きるんだろうと。
伯父様と伯母様ともうまく話せなくなり、
部屋に閉じこもってばかりになった私に、
近づけるのはジェラルド兄様だけになっていた。
「今日は外に行こうか」
「……歩きたくない」
「歩かなくていい。抱きかかえていくからいいよ」
食事をきちんと取らないせいで軽くなった身体をひょいと抱き上げると、
ジェラルド兄様は中庭へと向かう。
あらかじめ指示されているのか使用人は見えない。
いつもいるはずのジェラルド兄様の侍従たちも、私に近づくことはない。
ずっと毎日ジェラルド兄様とだけいる。
……こんなに甘えているのも、もう終わりにしなければいけないのに。
「ねぇ、もうすぐ兄様は学園に行くのよね?」
「行かないよ」
「え?」
「中等部は行かないことにした」
「どうして?……私のせい?」
2,013
あなたにおすすめの小説
妹なんだから助けて? お断りします
たくわん
恋愛
美しく聡明な令嬢エリーゼ。だが、母の死後に迎えられた継母マルグリットによって、彼女の人生は一変する。実母が残した財産は継母に奪われ、華やかなドレスは義姉たちに着られ、エリーゼ自身は使用人同然の扱いを受ける。そんなある日――。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
働かない令嬢は、すでに幸せです ――婚約破棄? それより紅茶の時間をください
鷹 綾
恋愛
婚約破棄された公爵令嬢、レイラ・フォン・アーデルハイド。
――しかし彼女は、泣かない。怒らない。復讐もしない。
なぜなら、前世でブラック企業に心身を削られた元OLにとって、
婚約破棄とは「面倒な縁が切れただけ」の出来事だったから。
「復讐? 見返し? そんな暇があったら紅茶を飲みますわ」
貴族の婚姻は家同士の取引。
壊れたなら、それまで。
彼女が選んだのは、何もしない自由だった。
領地運営も、政治も、評価争いも――
無理に手を出さず、必要なときだけ責任を取る。
働かない。頑張らない。目立たない。
……はずだったのに。
なぜか領地は安定し、
周囲は勝手に動き、
気づけば「模範的な公爵令嬢」として評価が独り歩きしていく。
後悔する元婚約者、
空回りする王太子、
復讐を期待していた周囲――
けれど当の本人は、今日も優雅にティータイム。
無関心こそ最大のざまぁ。
働かないからこそ、幸せになった。
これは、
「何もしない」を貫いた令嬢が、
気づけばすべてを手に入れていた物語。
私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜
くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。
味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。
――けれど、彼らは知らなかった。
彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。
すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、
復讐ではなく「関わらない」という選択。
だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ
ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」
ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。
「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」
何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。
都合のいい女は本日で卒業。
今後は、余暇を楽しむとしましょう。
吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。
【完結】私が誰だか、分かってますか?
美麗
恋愛
アスターテ皇国
時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった
出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。
皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。
そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。
以降の子は妾妃との娘のみであった。
表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。
ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。
残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。
また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。
そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか…
17話完結予定です。
完結まで書き終わっております。
よろしくお願いいたします。
【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに
おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」
結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。
「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」
「え?」
驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。
◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話
◇元サヤではありません
◇全56話完結予定
両親に溺愛されて育った妹の顛末
葉柚
恋愛
皇太子妃になるためにと厳しく育てられた私、エミリアとは違い、本来私に与えられるはずだった両親からの愛までも注ぎ込まれて溺愛され育てられた妹のオフィーリア。
オフィーリアは両親からの過剰な愛を受けて愛らしく育ったが、過剰な愛を受けて育ったために次第に世界は自分のためにあると勘違いするようになってしまい……。
「お姉さまはずるいわ。皇太子妃になっていずれはこの国の妃になるのでしょう?」
「私も、この国の頂点に立つ女性になりたいわ。」
「ねえ、お姉さま。私の方が皇太子妃に相応しいと思うの。代わってくださらない?」
妹の要求は徐々にエスカレートしていき、最後には……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる