つないだ糸は切らないで

gacchi(がっち)

文字の大きさ
38 / 58

38.謁見

しおりを挟む
湯あみが終わったシル兄様が出てきた時、
またドアがノックされる。

王宮の使用人だと思い無視しようとしたけれど、
ドアの外からオディロン様の声がした。

「シルヴァン、開けてもらえるか?」

「兄上か。ちょっと待って」

シル兄様がドアの魔力の糸を消すとオディロン様と、
私のドレスを持ったランが部屋に入って来る。

「どうやら我慢できなかったようだよ。
 準備ができ次第、謁見すると連絡がきた」

「へぇ。急かせたのはあの王太子かな」

「だろうね。アンリエット嬢がシルヴァンと同じ部屋にいて、
 湯あみをすると聞いて我慢できなかったとみえる。
 まぁ、好きな女が他の男と一緒にいて我慢できるわけないか」

「……オディロン様、ちょっと待ってください。
 そんなこと言ったらオーバン様が私のことを好きみたいじゃないですか」

「私はそうだと思っているよ」

「俺も、何か行き違いがあったんだと思っていた。
 アンリエットが婚約者になって好きにならない男なんていないからな」

「ええぇ」

さすがにそれはないと思うのに、二人とも真面目に言うから否定しにくい。

「まぁ、向こうがすぐに謁見してくれると言うのならそうしよう。
 アンリエット嬢、奥の部屋で着替えておいでよ」

「わかりました」

「アンリエット様、ドレスはこれでよろしいですか?」

ランが手にしていたのは紫色のドレスだった。

「ええ、もちろんよ」

この王宮にいた時は青のドレスばかり着させられていた。
私の目の色だからだと思うけど、決められた色なのが嫌で、
正式なドレスを着る時はいつも憂鬱だった。

今の私は何色のドレスでも怒られない。
そしてランが選んでくれたのはシル兄様の色。
喜んで着替えると、シル兄様もオディロン様も着替えが終わっていた。

ランは謁見室に入れないので、
この部屋で待っていてもらうことにする。

「私たちが部屋を出たら、あの時みたいに開けられないようにしてね」

「ああ、はい。わかりました」

ランの収納スキルはシル兄様とオディロン様は知っているけれど、
他の者たちにはまだ知られていない。

私たちがいない間にランが狙われる可能性が高いけれど、
ドアの前にたくさんの家具を積み上げておけば開けられない。
私たちが戻って来るまではけっして開けないように言って部屋をでる。

迎えに来た文官は私だけを先に案内しようとしたけれど、
それを無視して三人で謁見室に向かう。

謁見室にはオトニエル国王と王妃、宰相とオーバン様がいた。
叔父様とジョアンヌは来ていないようだ。

私は前に出ず、オディロン様の後ろ、シル兄様と並ぶ。
本当なら臣下の礼をするべきなのだが、
そうではなく一般的な令嬢としての礼にとどめる。

「……オディロン殿、シルヴァン殿、アンリエットを保護してくれて感謝する。
 無事で帰ってきてくれて良かった、アンリエット」

「いえ、私は帰って来たわけじゃありません」

「は?」

「私は誘拐ではなく自分の意思で王宮を出たと、
 証言しなければ私と一緒に旅をしてくれた侍女と護衛を処罰する、
 そう宰相様に脅されましたので。
 仕方なく来ただけで用が終わればハーヤネン国に帰ります」

宰相に脅されたと言ったからか、陛下は確認するように宰相を見た。

「宰相、どういうことだ?脅したのか?」

「いえ、ハーヤネン国の王宮で、ハーヤネン国の貴族に囲まれていたら、
 アンリエット様の意思かどうか確認できませんでしたから。
 オトニエル国の王宮で陛下へ説明して欲しいとお願いしただけです」

「では、もういいですよね。
 オトニエル国の王宮に来て陛下に説明しています。
 誘拐されたわけではなく、自分の意思で王宮を出ました。
 もう二度と戻る気はありません。
 私はオーバン様の婚約者でもルメール侯爵家の者でもありません。
 今後は好きに生きさせてもらいます」

「俺はそんなことは認めない!
 お前は俺の婚約者だろう!」

横から叫んだオーバン様を見る。
いつもそっぽ向いていた茶色の目が私を見ていた。
視線があったのは初めてじゃないかと思う。

「あら、認めるも何も。
 私とジョアンヌを交換しようと言い出したのはオーバン様ですよね」

「ぐっ……だが、あれは本気ではない!」

「王族がそんなことを軽々しく言っていいとでも?」

「だが!」

「オーバン、お前は黙っていろ」

「……はい」

陛下に命じられ、オーバン様は悔しそうに黙る。
王族なら一度言ったことは簡単には取り消せない。
王太子ならそれくらいわかっていてほしいのだけど。

仕事をする人がいなくなったからといって、
戻って来てほしいと言われても聞く気はない。

「アンリエット、私はお前が貴族から抜けるのを認めていない」

「陛下の許可はいらないはずです。
 ルメール侯爵家から籍を抜く許可はルメール侯爵夫人が出しました。
 私は成人しているのですから、それで問題ないはずですが?」

「だが、これまでお前にかかった教育費はどうなる?
 王宮での費用などを考えたことはあるのか?
 簡単に貴族を捨てるなど言うものではない」

「私にかかった教育費と生活費ですか?
 では、すべて払いましょう」

「なんだと?」

「私は十年間、王都の結界を維持してきました。
 それにオーバン様の仕事も代わりにしていました。
 その分の給料を払って下さい。
 そこから私にかかった費用を払いましょう」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹は謝らない

青葉めいこ
恋愛
物心つく頃から、わたくし、ウィスタリア・アーテル公爵令嬢の物を奪ってきた双子の妹エレクトラは、当然のように、わたくしの婚約者である第二王子さえも奪い取った。 手に入れた途端、興味を失くして放り出すのはいつもの事だが、妹の態度に怒った第二王子は口論の末、妹の首を絞めた。 気絶し、目覚めた妹は、今までの妹とは真逆な人間になっていた。 「彼女」曰く、自分は妹の前世の人格だというのだ。 わたくしが恋する義兄シオンにも前世の記憶があり、「彼女」とシオンは前世で因縁があるようで――。 「彼女」と会った時、シオンは、どうなるのだろう? 小説家になろうにも投稿しています。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目の人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

妹が私の婚約者と結婚しちゃったもんだから、懲らしめたいの。いいでしょ?

百谷シカ
恋愛
「すまない、シビル。お前が目覚めるとは思わなかったんだ」 あのあと私は、一命を取り留めてから3週間寝ていたらしいのよ。 で、起きたらびっくり。妹のマーシアが私の婚約者と結婚してたの。 そんな話ある? 「我がフォレット家はもう結婚しかないんだ。わかってくれ、シビル」 たしかにうちは没落間近の田舎貴族よ。 あなたもウェイン伯爵令嬢だって打ち明けたら微妙な顔したわよね? でも、だからって、国のために頑張った私を死んだ事にして結婚する? 「君の妹と、君の婚約者がね」 「そう。薄情でしょう?」 「ああ、由々しき事態だ。私になにをしてほしい?」 「ソーンダイク伯領を落として欲しいの」 イヴォン伯爵令息モーリス・ヨーク。 あのとき私が助けてあげたその命、ぜひ私のために燃やしてちょうだい。 ==================== (他「エブリスタ」様に投稿)

【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。

紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。 「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」 最愛の娘が冤罪で処刑された。 時を巻き戻し、復讐を誓う家族。 娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

処理中です...