つないだ糸は切らないで

gacchi(がっち)

文字の大きさ
43 / 58

43.二度目の謁見

しおりを挟む

シル兄様が戻って来たからか宰相はあっさり出て行った。

「大丈夫か?宰相は何をしに来たんだ?」

「……私が戻らなかったら、代わりの者を犠牲にするって。
 そのために少年少女を集めたって」

「なんだって?」

「陛下に話したら証拠を隠滅するために殺すって……」

「……アンリをあきらめていないとは思っていたが、
 そこまで卑劣な奴だったのか」

宰相は本気だったと思う。
少なくとも、私が戻らなければ誰かを犠牲にするのは間違いない。

「あ、そうだ。ヴァネッサの名前が出ていたの」

「は?」

「パジェス侯爵家にとって大事な人だと思われているみたい。
 シル兄様と恋仲だったとも言っていたわ」

「そんなわけないだろう」

「私もおかしいと思ったけど、宰相はそう思っているのかも。
 集めた少年少女たちの中にいるのかしら?」

「……そういうことか。さっきヴァネッサには会ったよ」

「え?」

ヴァネッサに会った?この王宮にいるということは、
宰相は本当に少年少女を集めている?

「オーバン王太子に連れて行かれた先にいたんだ。
 そこでも俺の元恋人だと思われていた。
 ヴァネッサがいるならアンリエットを返してくれと。
 当然、すぐに否定して戻ってきたが、
 あれはヴァネッサが本当にいることを知らせたかったのかもしれない」

「ヴァネッサの他にもいると思う?」

「わからない。
 ただ、いたとしても助けるのは難しいな」

「……そうよね」

私たちが逃げるくらいならできるけれど、
たくさんの少年少女を連れて逃げるのは無理だし、
逃げたとしてもまた別の少年少女が連れて来られるだけだ。

「今は待つしかないな」

「……謁見まで四日」

予想していた通り、オディロン様とランは戻ってこなかった。
ランが置いて行ってくれた食糧があるから、
私とシル兄様が部屋にこもるのは問題ない。

何度かオーバン様が訪ねてきたけれど、
もう対応することなく閉じこもっていた。


そして、四日後。
ドレスに着替えて謁見に向かう。

五日前と同じように陛下と王妃、オーバン様と宰相。
そして今回は叔父のルメール侯爵もいた。

「宰相から聞いた。考えを変えてこの国に戻ってくれると。
 さっそくルメール侯爵家に戻る手続きをしよう」

「え?」

「いやぁ、本当によかった。
 やはりこの国の貴族としての義務を忘れないでいてくれたか」

「ちょっと待ってください!
 私は戻るなんて言っていません!」

「は?……宰相、どういうことだ?」

咎めるような陛下にも宰相は動じず、いつもと同じように微笑んでいる。

「いえ、今日のお話の結果、そうなるので大丈夫です。
 ねぇ、アンリエット様。
 犠牲になるのは少ない方がいいですよねぇ」

「私だけが犠牲になればいいなんて考えないわよ」

「おや、本当にいいのですか?
 ヴァネッサという少女に恨まれませんかねぇ」

「……だから、恨まれるのは私じゃないわ。
 この国と宰相でしょう?」

「お前たちは何の話をしているんだ?」

陛下は本当に知らないのか、渋い顔で宰相に聞いている。
陛下に知られたら全員を殺すと言われている。
どこまでここで話していいのか迷う。

ぽん、と隣にいたシル兄様が私の背中を軽くたたいた。

「アンリ、余計なことは考えなくていい」

「シル兄様……」

「オトニエル国王、私たちはハーヤネン国に帰ります。
 アンリエットがこの国に戻らないことは前回確認したはずです。
 褒賞の計算が終わっていないと言うのであれば、後日でもかまいません。
 このまま失礼させていただきます」

「ちょっと待ってくれ!
 やはりアンリエットはこの国に必要なんだ!
 連れて行かれたら困る!」

「本人が嫌がっているのに無理やり王太子妃にできるのですか?」

「できる!アンリエットは嫌がってなどいない!」

「まだそんなことを」

横から叫んだオーバン様にシル兄様が呆れている。
何度も嫌だと言っているのに、聞く気がないらしい。

「私は何があってもこの国には残りません」

「ほう……それで何人死んでもかまわないと?」

「それは私のせいではありません」

「無責任だと思いませんか?」

「無責任なのはご自分では?」

その言葉にめずらしく宰相の表情が変わる。

「私が無責任ですと?
 この国のことだけを考えて生きてきた私に向かって」

「ええ、無責任です。
 本来なら貴族たちの魔力を使って結界を張るはずだった。
 貴族たちも長年魔力を吸われ続ければ魔力量も増えたはずだった。
 そうならなかったのは宰相のせいです」

「そ、それはアンリエット様がいれば問題は」

「あるじゃないですか。実際に私はいなくなるんだし、
 戻ったとしても永遠に生きるわけじゃない。
 私が死んだら誰が代わりをできるっていうんですか?
 たった一人だけで守る国なんて弱点だらけです。
 そんな弱い国にしたかったんですか?」

「そんなことはない!」

感情的になって叫ぶ宰相にこの国の事実を突きつける。

「結界を王都全体に広げてしまったことで、
 平民は安全な王都に集まって来てしまいました。
 地方への道は整備されなくなり、
 魔獣が出て危険な道を通ってまで王都に食糧を売りに来る平民が激減しました。
 いずれ地方からの食糧は手に入らなくなり、王都内に貧民街ができるでしょう」

「……」

「地方の村は若者が王都に出てしまい、
 存続できなくなって村を合併しています。
 捨てられた村は人が戻ってきたとしてもすぐには戻りません。
 地方領主たちは王都に頼らずに生きることを選びました。
 ……わかりますか?王国に属さなくても生きていけるんです」

「アンリエット、その話は本当なのか?」

私の話を聞いて黙り込む宰相と違って、
初めて聞く話だったのか陛下が驚いている。

「陛下、ここ最近、王都に住まない貴族たちは謁見しましたか?」

「……いや、そういえばここ二年か三年来ていない領主がいるな」

「わざわざ危険な道を通ってまで王都に来る意味がないからです。
 そのうち税も送って来なくなって、独立を宣言するでしょう。
 その時に王都の騎士は何もできません。
 食糧がなければ攻め入ることもできないでしょうから」

「……ううむ」

「陛下、問題ありません」

「本当か?」

「ええ、結界をもっと広げればいいのです。
 アンリエット様がいればそれも可能です」

「……なんて馬鹿なことを」

私が戻ったとしても、それほど広げられるわけではない。
オトニエル国すべてを結界に入れるつもりなのか。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹は謝らない

青葉めいこ
恋愛
物心つく頃から、わたくし、ウィスタリア・アーテル公爵令嬢の物を奪ってきた双子の妹エレクトラは、当然のように、わたくしの婚約者である第二王子さえも奪い取った。 手に入れた途端、興味を失くして放り出すのはいつもの事だが、妹の態度に怒った第二王子は口論の末、妹の首を絞めた。 気絶し、目覚めた妹は、今までの妹とは真逆な人間になっていた。 「彼女」曰く、自分は妹の前世の人格だというのだ。 わたくしが恋する義兄シオンにも前世の記憶があり、「彼女」とシオンは前世で因縁があるようで――。 「彼女」と会った時、シオンは、どうなるのだろう? 小説家になろうにも投稿しています。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目の人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

妹が私の婚約者と結婚しちゃったもんだから、懲らしめたいの。いいでしょ?

百谷シカ
恋愛
「すまない、シビル。お前が目覚めるとは思わなかったんだ」 あのあと私は、一命を取り留めてから3週間寝ていたらしいのよ。 で、起きたらびっくり。妹のマーシアが私の婚約者と結婚してたの。 そんな話ある? 「我がフォレット家はもう結婚しかないんだ。わかってくれ、シビル」 たしかにうちは没落間近の田舎貴族よ。 あなたもウェイン伯爵令嬢だって打ち明けたら微妙な顔したわよね? でも、だからって、国のために頑張った私を死んだ事にして結婚する? 「君の妹と、君の婚約者がね」 「そう。薄情でしょう?」 「ああ、由々しき事態だ。私になにをしてほしい?」 「ソーンダイク伯領を落として欲しいの」 イヴォン伯爵令息モーリス・ヨーク。 あのとき私が助けてあげたその命、ぜひ私のために燃やしてちょうだい。 ==================== (他「エブリスタ」様に投稿)

【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。

紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。 「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」 最愛の娘が冤罪で処刑された。 時を巻き戻し、復讐を誓う家族。 娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

処理中です...