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聖女ではない新しい私へ

9.旅立ち

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「ハイドンにあんな風に思われていたとはな。」

「ハイドンは自分が国王になるとは思っていなかっただろう。
 だから、これまでは自分が王家の色じゃなくても気にしなかったんだと思う。
 急に王太子になることになって、初めて考えたんじゃないかな。
 自分が王太子になって、国王になるってことを。
 周りの見る目も変わっていっただろうしね…でも、ハイドンなら大丈夫だよ。」

「あぁ、そうだな。あいつなら大丈夫だろう。
 王家の色なんて…そのうち変わるだろうし。
 むしろ、あの王妃に振り回されていた父上を思い出さなくてすむんだ。
 王家の色じゃないほうが貴族たちもほっとするだろう。」

神官宮へと戻る道をのんびりと歩いて戻る。
キリルとカインお兄ちゃんが話しているのを聞きながら、美里と手をつないで歩く。

前後に隊員たちが護衛としてついているが、隊員たちがそばにいることにも慣れた。
遠征中ずっと守ってもらっていたから、仲間意識のようなものを感じる。

私たちが神官宮からいなくなったらどうするのかと思っていたら、
隊員たちは今後も神官宮に残って働くらしい。
しばらくは他国から神剣の要求があれば輸出しなければいけないし、
次の聖女を迎えるために次世代の隊員を迎える準備があるんだという。

ずっと一緒にいた隊員たちだけど、もうすぐ別れが近づいている。

爵位を受け取ったら、私たち四人はもう好きにしていいと言われていた。
カインお兄ちゃんと美里は、この後は神の住処に向かう。
何事もなく許可が下りたら、すぐに結婚して公爵領に住むことになっている。

私たちはもうすでに神の住処に行っているから、特にしなければいけないことは無い。
このまま夫婦になって公爵領に行くと思われていたが、それを選ばなかった。

神官宮の玄関口、目立たない馬車が一台用意されていた。
私とキリルが旅立つために、異空間の部屋付きの馬車を用意してもらった。


「…もう行くのか?」

「ああ。準備はもうできてる。」

「そっか。気をつけてな。ちゃんと連絡寄こせよ?」

「わかってるよ。カイン兄さんたちも気を付けて。」

キリルとカインお兄ちゃんがバシバシと背中をたたきあっている。
その横で、私と美里は泣きながら抱きしめ合っていた。

「…うぅ。さみし…い…。」

「うん…わた…し…も…。」

今日旅立つことは前から決めていたのに、寂しくて涙が止まらなかった。

ずっと四人で一緒にいたから、離れるのがつらい。
あの世界からこの世界に来た時、美里に会えないことを寂しいと思った。
もう二度と会えないと思った時だって、こんなに離れるのがつらいなんて思わなかった。

今は旅立つけれど、もう二度と会えないわけじゃない。
会いたくなったら、すぐにでも会いに行ける。

泣き止んで…もう一度だけぎゅっと抱きしめ合った。

「…っ。いって、きます!」

「ん!…いってらっしゃい。」

私たちが覚悟を決めるのを見守っていたキリルとカインお兄ちゃんも離れる。
パシンとお互いの肩を叩きあって、キリルが私の隣へと戻る。
そのまま美里とカインお兄ちゃんに背を向け、キリルの手を借りて馬車に乗った。

泣き崩れそうになった美里をカインお兄ちゃんが後ろから支えているのがわかった。
馬車が進むたびに小さくなっていく、その姿をずっと見ていたかった。





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