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聖女ではない新しい私へ

10.三年後の二人

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ルリネガラの北西に位置する伯爵領地の丘から牧場をながめていた。
この領地は畜産が盛んで、牧場にはたくさんの羊が群れているのがわかる。

ここまでめぇめぇと羊の鳴き声が聞こえてくる。
羊の鳴き声も聞きなれてきたところだけど、そろそろここも発たなければいけない。

「そろそろこの領地は雪が降ってくる。
 雪が解けるまでこの領地にこもる気ならいいけど、
 そうじゃないなら他に移動しなきゃな。」

後ろから私を抱きしめているキリルがつぶやく。
一緒に牧場を眺めて、同じことを考えていたんだとわかった。

「そうだね。羊も牛もどきも可愛かったけど、
 もう移動しなきゃいけない時期だね。」


蛇がこの世界にいないと知った時に生態系が違うんだと思っていたけれど、
思った以上に向こうとは生き物が違っていた。
羊は羊のままだったけど、牛もどきは角がなかった。
ついでにいうと、羊のほうが大きいのが謎でしかない。
牛もどきと私は呼んでいるけれど、実際には馬に近い動物のようだ。
ちっちゃいホルスタインにしか見えないんだけどな…。

「次はどこにいく?」

地図を出そうとしているキリルの手を押さえ、出さなくていいと伝える。
次に行く場所はもう決めてあった。



三年前のあの日、聖女の仕事が終わり瞳の色が変わった時。
カインお兄ちゃんは公爵領に一緒に帰ろうと言い出した。
お互いに夫婦になって、四人で一緒に暮らしていこうと。

それは素敵なことに思えた。
夫と兄と親友と。二組の夫婦が助けあって暮らす。
今まで聖女と隊長として働いた報奨金で一生暮らしていけるだけの余裕もある。

カインお兄ちゃんと美里が公爵領に行った後の生活を楽しそうに話すのを、
相づちを打って聞いていたけれど、どこかぼんやりしていた。

私室に戻ってキリルと二人きりになって、
ベッドにもぐりこんで寝ようとした時にキリルに捕まった。
真面目な顔でベッドの上に正座したキリルに、同じように正座して向き合う。

「……何を悩んでいるのか教えて?」

「キリル?」

「このまま公爵領に行くの、嫌なんだろう?」

ハッとしてキリルを見つめる。
そういえば魔力から気持ちが流れていくことを忘れていた。
笑顔でごまかして話を聞いていたとしても、キリルはごまかされてくれない。

「…嫌というわけじゃない。
 四人で暮らすのも楽しそうだし、キリルと結婚するのもうれしい。」

「わかってる。大丈夫だから、恐れないで。
 何がそんなにユウリを悩ませているのか、教えて?」

じっと私を見ているキリルに、隠すことをあきらめて話始める。
キリルに隠し事をしたいわけじゃない。
だけど、話したら楽しそうにしている美里とカインお兄ちゃんに水を差すようで、
こんな些細な気持ちを言う必要はないと思っただけ。


「…私、向こうの世界にいる時、とても狭い世界に閉じ込められているようだった。
 律と一花に囲われて、友人も作れず、何も知らない状態で。
 どこに行くにも二人が一緒で、好きなものも嫌いなものもなくて。
 こうしたいという希望も将来の夢もなかったんだ。
 途中からそのことに疑問を持っても逃げ出せずにいた。」

「うん、そうだったね。」

思い出すとまだ苦しくなる。
両親とも誰ともわかりあえず、どこにいても一人な気がした。
律と一花がいても、苦しみを共有できるとは思えなかった。
何か見つけなきゃいけないはず。何か知らなきゃいけないことがあるはず。
そう思うのに、その何かがわからないままだった。
行動を制限されることに何かおかしいと感じられたのは、
その焦燥感があったからだと思う。

今思えば、この世界を、キリルを求めていたのかもしれない。
魂が対の存在を教えようとしてくれていたのかも。

だけど、結果的に私は何もできなかったし、
何一つ手に入れることができなかった。
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