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本編前半(ヒロイン視点)
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両親に勘当された。
理由は完全に私のせいだった。
私は資格試験の勉強が上手くいかないことへの苛立ちと、母からの愛を一身に受けている姪への嫉妬心から、姪に暴力を振って骨折をさせてしまった。
ついでに、今回の事件がきっかけで、日頃から姪に暴力を振っていたことがバレた。
自分の行いを考えると、当然の結果だった。それでもとうとう母から見放されたことが辛かった。
私は母が大好きだった。
母の期待に応えて、母に愛されることが何よりの望みだった。
でももう母には嫌われてしまった。
私は無職で、友達も全然いない。
大学四年の時に資格試験に失敗してから、就活に成功した友人達と顔を合わせるのが気まずくて、自然とフェードアウトしてしまった。
親から勘当される際、最後の情けとして、幾らかお金をもらった。
家族みんなが私に怒り狂っていたのに、よくお金をくれたものだと思う。
お金を渡さないと、無職の私はすぐに野垂れ死ぬだろうから、それは流石に胸糞が悪いとでも思ったのだろうか。
このお金でどこかのアパートでも借りて住所を得て、バイトなりなんなりして生きろということなのだろう。
私はそれくらいには親から大切にされていたんだ。こんな出来損ないの娘でも。
そんな家族の絆を、私は壊してしまった。
今日はとりあえずどこかに泊まろう。
ネカフェや安いホテルでも良かったけど、ある人物のことが頭に浮かんだ。
彼の名前は、香月周。私の大学時代からの友人だ。
周とは大学時代に、学部もサークルも一緒だったから自然と親しくなった。
周とだけは、最近も連絡を取ることがあった。
周は私と話したいらしく、私から周に連絡を取らなくなっても、めげずに連絡をしてきては、年に数回ほど一緒に遊んだ。
周は優しくして、しっかり者で、おまけに音楽の才能にも満ち溢れている。
何の良いところもない私なんかとは大違いだ。
それなのに、よく今の落ちぶれた私とも遊んでくれるものだと思う。
私は大学時代、周のことが好きだった。
私達はとても仲が良かった。
おそらく周も私のことが好きで、両想いだったんだと思う。
けれど、当時の私は何だか恥ずかしくて、だんだん異性として接してくるようになった周に対して、素っ気ない態度を取り続けた。
それからは、昔のような関係には戻れなかったけど、今も関係が続いてはいる。
周を頼ろう。周なら泊めてくれるだろう。
私は周に家に居られなくなったから泊めて欲しいと連絡をした。
周から返信が来た。
答えは予想通りOKだった。
周は私からの誘いは断らない。
「ひさしぶり。急だったから大した用意も出来てなくてごめんね。いくらでもいてくれていいから、ゆっくりしていってね」
周の家に着くと、周は笑顔で出迎えてくれる。
すごく嬉しそう。
もし周が犬だったら、尻尾を全力で揺らしているんだろうなってくらい。
「外は寒かったでしょ?これでも飲んであったまって」
「ありがとう」
周は私にホットミルクを出してくれる。
仕事が見つかるまで長期戦になるだろうから、ホテル代を浮かせたいという下心で、周の家に泊めてもらうことを打診したのが申し訳なくなるほどに嬉しそうだった。
「まさか君が、困った時に真っ先に僕を頼ってくれるなんて思わなかったよ」
「ごめん……。迷惑……だよね?」
「迷惑なわけないでしょ。むしろ嬉しいよ」
周が出してくれたホットミルクは少し甘過ぎる。
大学時代の私は、散々甘い飲み物を飲んでいたから感覚が麻痺していたけど、今の私にとってはこれくらいの甘さでも少しきつい。
周とよく一緒にいた大学時代からだいぶ時間が経ったんだなと感じる。
「和食と洋食どっちがいい?」
「和食でお願いしてもいい?」
「いいよ。ちょっと待っててね。疲れてるだろうから、これでも読んでのんびりしてて」
周は私に音楽雑誌を渡してくる。
それは、私が大学時代から好きなバンドのインタビューが載っている物だ。
少し前のやつなのに咄嗟にこれを出してくれるなんて、私が家に来るって聞いて準備でもしてくれていたんだろうか。
周は何で私が家から追い出されたのか聞かない。
普通気にならないのかな?
家から追い出されるなんて、余程のことをしたんじゃないかって。
周は雑誌を読んでいる私を嬉しそうに眺める。
周の優しさはこのホットミルクみたいだ。
昔の私なら素直に喜べたかもしれないけど、今の私には優しすぎる。
私はこんなに優しくしてもらえるような人間じゃない。私にはそんな資格はない。
優しくされたはずなのに、自信を失くしていく。
他者から過剰な肯定を受けると、自分を否定しないと釣り合いが取れない。
周が作ってくれた夕食を食べる。美味しい。私は試験勉強が忙しいからと言い訳をして、ろくに家事もしてこなかったから、料理も全然出来ない。働いてすらいないのに。
「美味しい?」と聞く周の顔もまともに見れない。
こんな日常的なことにすら、劣等感を感じなきゃいけないほど、何もできない自分が恥ずかしい。
シャワーを借りて、今日家から適当に持ってきたパジャマに着替える。
荷造りした時は人に見せることがあると思っていなかったから、シャツはしわしわだし、ズボンは短くて脚の付け根くらいまでしかなくて気まずい。
周も私の脚から目を逸らすようにしている。
「布団洗っておいたから、ベッド使ってよ」
「いや、私居候の身だし床で寝るよ」
「だめ。女の子を床で寝させられないよ」
女の子と言ったことで、周はしまったという顔をする。
私は大学時代、周に異性として扱われる度に、何だか恥ずかしくて薄い反応をしてしまっていた。
だから周は私がそういう風に扱われるのが嫌だとでも思っているのだろう。
「とにかく、ベッドで寝てね。客人はもてなすものでしょ」
周はそう付け加えて、ソファに寝転がる。
「それは申し訳ないよ……。私左に詰めるから、そうしたら二人でも眠れると思う」
申し訳なさを感じるあまり、変なことを口走る。
周も露骨に狼狽える。
「えっ……?えっ……?いや……それはダメでしょ……」
周の顔は真っ赤だ。
「そういうこと、気軽に言っちゃダメだよ……?」
「ごめん……」
「いや、僕こそ変なこと言ってごめん……」
お互い気まずい空気が流れる。
周は誤魔化すように「おやすみ」と言って、私から顔を背けてソファに横たわる。
私自身は資格試験浪人中に男と寝たこともある。
そもそも今更こんなことを恥ずかしがるような年齢でもない。
でも、周の近くで寝るのは何となく恥ずかしい。
夢を見た。
それは母との思い出の走馬灯のようなものだった。
高校受験でトップレベルの学校に入ったあの日、母は自分のことのように喜んでくれた。
けれど、無理して入った高校では、頑張っても成績はクラスでも下の方だった。
母は私の成績を見る度に嘆いた。
母は良い大学に行ってねと私の通塾に多額の投資をした。
でも、私は自堕落な心から、あまり勉強に打ち込めなかった。もちろん成績は伸びなかった。
母からは「どうして私の期待に応えられないの……?私はあなたにこんなにお金も時間も使っているのに……」と泣かれた。
私は何も言えなかった。
大学受験は母が目指せと言った第一志望校には受からなかった。
受かった大学も世間的にはそれなりのレベルだったとは思う。
でも、母からは「女の子はこれくらいの学歴がちょうど良いから……」と慰められた。
私の通っている大学は、慰められるようなレベルのところなの?
バイト先で大学名を名乗ると、「頭良いね」って褒められるのに?
私はまた母から褒められたくて、民間企業を受けるのではなく、難しい資格試験を目指すことにした。
もちろん、そうした資格試験は簡単に受かるものじゃなかった。
私はそれなりのところに就職していくみんなに取り残されていった。
周も私を取り残していった側の一人だった。
浪人して予備校に通った。
それでも受からなかった。
浪人数年目で、だんだん精神がおかしくなってきた。
もう受からないんじゃないか?
だからといって、こんなにブランクがある人間はどこも正社員として雇ってくれないんじゃないか?
私はどこで間違えたんだろう?
大学時代に普通に就活していれば良かった。
将来が不安で仕方なかった。怖かった。
このまま負け組として、生きていくのかと思うと辛かった。
こんなんじゃ母からも見捨てられる。
そんな中、姉が忙しい時に姪を預けてくるようになった。
やっぱり孫は可愛いらしく、母は姪のことばかり可愛がった。
私は、母の愛を一心に受けている姪が憎くて仕方なかった。
大人気ないことは分かってた。
でも私は、姪への嫉妬心から、母がいない時に姪を殴ることでストレスを解消するようになっていった。
あんな幼い子を殴った。姪は私にも笑いかけてくれたのに。
私はとうとうある時、姪の腕と脚を骨折させてしまった。
父には殴られた。姉には怒鳴られた。姪には怯えられた。
母からは「こんな恐ろしい子に育てた覚えはない。あなたなんか産まなきゃよかった……」と泣かれた。
家族みんなが私を嫌った。
私は取り返しのつかないことをした。
私は泣きながら深夜に目を覚ました。
目を覚ましてすぐ、周が私の手を握っていることに気が付いた。
「周……起きてたの……?」
「ごめん、君がうなされてるみたいだったから起きた。大丈夫?」
「ごめん……。周明日仕事なのに……。私のせいで起こしちゃって……」
「全然気にしないで。僕の仕事は在宅だし、大丈夫だよ。嫌な夢でも見たの?何か温かい物でも飲む?」
私は首を横に振る。
周に気を遣わせたくなかった。
私が悪夢にうなされているのは、私のせいだから。
「また寝直すから大丈夫」
「そう……。何かあったら起こしてね?」
「うん」
私はとにかく好きな歌の歌詞を思い浮かべながら必死に眠りについた。
朝になると、周が私を心配そうに起こしてくる。
「おはよう。あの後はよく眠れた?」
「うん」
周はすでに朝食を作ってくれているようだった。
私は何から何まで周のお世話になっている。
「何から何までごめん……」
「いいんだよ。僕が好きでやってることだから」
周はそう言って微笑む。
食事が終わると、周は「仕事中は僕の部屋でのんびりしててね。中にある物は好きに触って良いから」と、私に飲み物やお菓子を渡してくれた。
私は周の仕事中、スマホを弄ったり、周の部屋にある音楽雑誌を読んだりして、周を待つ。
周は立派に働いているのに、私は何をしているんだろう?
そんな日々が続いたある日の夜、私は周とお酒を飲んだ。
昔からお酒を飲むと何でも話しちゃうクセがあって、周にもつい、自分がどうして家から追い出されたのかを、今までの経緯を含めて全て話してしまったらしい。
その時の記憶はないけど、翌朝周が「辛かったね……」と私を慰めてくれたことがきっかけで分かった。
どう考えても私が悪い話なのに、何故か周は私を庇ってくれた。
それからずっと周は、私のことを今まで通り、いや、今まで以上に献身的に私のことを支えてくれた。
私は周に依存していった。
周は私のことを肯定してくれる。
周は私のために何でもしてくれる。
その一方で、こうも思った。
何で周はこんな私に優しくしてくれるの?
私が惨めで可哀想だから?
こんな私にも優しくしてくれるくらい人格者で、社会人としてもしっかり働いている周を見るのが辛かった。
周に優しくされる度、私は周への感謝よりも強い劣等感に襲われた。
それでもお酒が入ると周に甘えてしまった。
「私って芋虫みたいじゃない?」
「どうしたの急に?」
「もう良い年なのに、全然羽化できる気がしない……。私このまま飛び立てないまま一生を終えるのかな……?」
そんなことないと言って欲しかった。
私はここで終わりじゃないと。
私も羽ばたけるんだって言って欲しかった。
でも周からは意外な答えが返ってきた。
「別に芋虫のままでも良くない?地面にいるからこそ見える世界もあるでしょ?それに、もし空を飛びたいなら、飛べる人に運んでもらえばよくない?」
予想外の答えが返ってきて戸惑う私に、周はこう付け加えた。
「まあ君なら飛び立てると思うけどね」
慌てて取り繕う周の様子を見て思った。
周は私が飛び立てるなんて思っていないのに、私に気を遣ってこう言ったんだなって。
周はきっと、私のことを心のどこかで見下してるんだ。
そう思うと、悲しい反面、少し安心する自分もいた。
もし周が私を手元に置くことで、私から優越感を得ているのなら、私は周に一方的に施される側から脱却できるから。
それからもしばらく周と一緒にいた。
周と過ごす時間は、何だかんだ平和で幸せだった。
でも私にはその幸せがいけないことのように思えてきた。
私はあんな悪いことをして、母にも嫌われたのに、幸せになっていいのかな?
私は自分が罰を与えられないことに不安を感じ始めた。
罰とまで行かなくても、少なくとも何の課題もクリアせずに幸せになるのはお門違いだと思った。
そういうのは、選ばれた善人だけが許されることだ。少なくとも私には許されない。
周から自立するために仕事探さなきゃ。
私は求人情報を見る。
改めて、ある不安が頭をよぎった。
今更私なんかを雇ってくれる会社なんてあるかな?
私ずっとニートだったのに……?
そんな中、何となく「高収入 仕事」で調べていたら、風俗の紹介が目についた。
風俗なら出来るかな……?
特に経験や資格がない女性でも働ける中で、かなり高収入な方の仕事だ。
もちろん、その分リスクやストレスは大きいけど。
寮があるところも多いから、住む場所も確保できる。
お金をいっぱい稼いだら、母に送金できるかもしれない。
それで、母に「何でそんなにお金があるの?」って聞かれて、「風俗」って答えたら心配してもらえないかな?
そこまでして稼がなくていいって、私のことを抱きしめてくれないかな?
そこまでしてお金を貯めて謝罪をする私のことを、可哀想に思って許してくれないかな?
そんなめでたいことを考える。許されるわけなんてないのに。
私は毎夜働くのに良さそうな店を探し続けた。
そのまま寝落ちする日も多かった。
働く候補の店がいくつか見つかったところで、私は周に話を切り出す。
「周、今までありがとう。私、働けそうなところを見つけたから、もうお世話になるのやめるね」
周は酷く驚いた顔をしていた。
「何で……?別に働きだしてもしばらくここに居ればいいでしょ……?」
「それは流石に悪いからさ……。私も自立しなきゃだし」
周は固まっていた。
それから少し間を開けて、真剣な顔になって言葉を紡ぎ始めた。
「いつ言おうか悩んでたんだけどね……」
何だろう?
「僕は大学の頃から、ずっと君のことが大好きなんだ……。これからもずっと一緒にいて欲しい……。だから……このまま同棲しない?」
「えっ?」
「不謹慎かもしれないけど、君が僕を頼ってここに来てくれて、すごく嬉しかった……。僕のこと信頼してくれてるんだなって。君と一緒に過ごせる日々は夢みたいだった……。君もここでの生活を楽しんでくれてたよね……?」
「……」
「ねえ、僕と幸せになろうよ。大切にするから……。愛してる……」
「……」
私みたいな最低な人間を愛してる……?
どうして……?
私なんかにこんなことを言ってくれるなんて感謝すべきだ。頭ではそう分かっている。
でも、それよりも違和感が強い。端的に言えば居心地が悪い。
どうして周は私なんかにそんな気持ちを向けるの?
私なんかと本気で一緒に居たいの?
気持ち悪い。周は何も悪くないけど、あまりにも理解できなくて気持ち悪い。
「ごめん、無理……」
周は酷くショックを受けているようだ。そんな周にさらに追い討ちをかける。
「私、周を頼ったの、別に周のことを信頼してとかじゃないから」
「え……?」
「周なら断らないと思った。それだけだから。別に周のこと信頼してないし、好きとかじゃない。勘違いしないで」
「……」
「優しくされ過ぎるのも、勘違いされるのも迷惑だから」
自分でも最低なことを言っている自覚はある。
でも、周から向けられる100%の好意が気持ち悪くて、何としても逃れたかった。
だから、あえて傷付けるようなことを言う。私のことを嫌ってもらうために。
「泊まらせてくれてありがとう。せめてものお礼に、お金は払うね」
財布を取り出すためにバッグを取りに行こうとする。
そんな私に向かって周は口を開く。
「何でそんな酷いこと言うの……?」
周はわなわなと震えだした。
「僕、君のために色々やってあげたのに……。君のこと……大切にしてたのに……」
そのまま私のことを壁に押さえつける。
「君は大学時代からそうだ……。僕がどれだけ君のことを想って優しくしても、君は僕を拒絶する……。いつだってそう……」
周の私の肩を掴む力が強くなる。
「今回は君もやっと心を開いてくれたのかなって思った……。でも……僕の勘違いだったんだね……」
「……」
周は私の肩から手を離して、私の腕を強く掴む。
「ねえ、お金はいらないからさ……せめて泊めてあげたお礼に一発ヤらせてよ。働くって、どうせ風俗でしょ?ならいいでしょ?」
「えっ……?」
酷く冷たい声だった。
周の口からそんな言葉が出るなんて思わなかった。
周はいつも、そういう生々しい性的な部分を私に見せなかったから。
「出来ないの?これから風俗で働く気のくせに?」
「何でそれを……?」
周にそんな話をした覚えはない。
「君、スマホつけっぱなしで寝てたでしょ。それで見えたんだよね」
私のスマホの画面は、一定時間が経つと自動で切れるように設定しているし、起きた時は消えてたはず。
いつ見たの?
そんな疑問が一瞬浮かんだけど、私は目の前の周が怖い顔をして私を睨みつけているから、考えるのをやめた。
「わかった……」
私は了承した。
たしかにこれから身体を売るんだから、これくらいで狼狽えていてはいけない。
それに、了承しないと周は許してくれそうにない。
一回ヤるだけで別れてくれるなら、腹を括るしかないだろう。
どうせ私はもう処女じゃない。
「ベッド行こうか……」
私は諦めて周にそう告げた。
シングルのベッドは二人で入るには狭い。
必然的に周と完全に密着する形になって気まずい。
周は私の服を脱がせる。
「やけに落ち着いてるけど……もしかして君ってこういうの初めてじゃないの?」
私の服を脱がせる周の手は少し震えている。
自分からヤりたがったのに、少し緊張しているみたいだ。
私はどう答えるべきか悩んだけど、正直に言うことにした。
周の期待を折るためにも。
「うん」
「そうなんだ……。誰とやったの……?」
「大学卒業後に、予備校一緒だった人」
「その人のこと……好きだったの……?」
「いや、告白されたし、そこそこかっこよかったからノリで付き合っただけ」
「そう……」
周の声は驚くほど冷たかった。
私は予備校時代、恋人がいた。
顔が良くて成績が良かった男。名前はもう苗字しか覚えてない。
不安で寂しくて仕方なかったから、いわゆる恋人と肌を重ねてみれば、寂しさは紛れるかと思って身体を繋げた。
たぶん相手は浪人生活の中でヤれる相手が欲しかっただけだし、私も寂しさを埋める相手が欲しかっただけ。
そんな虚しいセックスだった。
お互いに愛がないセックスって、こんなにも虚しいんだなって学んだ。
何度も身体を重ねる中で、快楽を感じたことはあれど、心が満たされることはなかった。むしろ身体から伝わる温もりを餌に搾取されているだけ。
身体を重ねる度に、心まで擦り減るような気がした。
それから彼は試験に受かって、私は落ちた。劣等感に苛まれて、私は彼に連絡を取らなくなった。
そして彼もそんな私を深追いしようとはしなかった。
「じゃあ僕って二人目なの?」
「うん」
そのまま私の服を脱がせる。
周の触り方はやたらと優しい。
まるで壊れ物でも扱うかのようだ。
元彼と比べて技術はないけど、私のことを労るように触れている。
「周は初めてなの?」
「うん。君と違って、君以外の女の子とはそんなに関わってなかったしね」
周は無表情で私を見下ろす。
私はその顔を見て少し怖くなる。
周は私の中を指で慣らしていく。
私も少しずつ声が出るようになる。
周はそのまま私のクリトリスを舐めながら、中を弄る指を増やしていく。
私は嬌声を上げるのが恥ずかしくて、必死に唇を噛んで耐える。
「声我慢しないで」
周の指で無理やり口を開けさせられて、嬌声が漏れるようになる。
私は思わず顔が真っ赤になる。
「可愛いね」
周は無表情で私の頬にキスをする。
そしてゴムを装着する。
「急にしたのに、ゴム持ってるんだ……?」
「うん。最近買った」
「そうなんだ……」
「君とそういう雰囲気になる可能性も考えてね。一人で盛り上がってバカでしょ?笑っていいよ?」
「……」
私は何も言えなかった。
「そろそろ挿れるね」
彼の性器を挿入される。
久しぶりにセックスするからか、苦しくて思わず呼吸が浅くなる。
「ゆっくり呼吸して……」
周は私が過呼吸になりそうなのを宥めるようにキスをする。
そのキスが優しくて、何だか余計に苦しい気がする。
私はそのまま小さく声を上げながら、周のを締め付けてイった。
周も私が強く締め付けたせいで、射精したみたい。周は私の中から抜く。
「気持ちよかった……。もう一回したいから、僕の舐めて勃たせて?」
周が私を座らせて、私の口の前に性器を持ってくる。
私はそれを恐る恐る舐め始める。
正直衛生的に綺麗とは言えない場所だし、私は性器を舐めるのが苦手だ。
軽くしか舐めなくて下手だからと、元彼からもあまり求められなくなったくらい。
「僕こういうの初めてだからよく分からないけどさ……君って舐めるの下手だね……」
周は私の頭を撫でる。
「こんなに下手くそなのに……何で身体売ろうなんて思ったの……?」
その顔は今にも泣きそうだった。
「そんなに……僕との生活を終わらせたかったの……?」
私は何も言えない。
周のことは嫌いじゃない。
でも周と一緒にいると、辛いんだ。
周と一緒にいると、私は自分のことをどんどん嫌いになる。
周は私に舐めてもらうのは諦めて、私に手で扱かせて性器を勃たせる。
それからもう一度私の中に挿れて射精した。
セックスが終わると、周は私の頭を撫でながら言う。
「今日は疲れたでしょ。今日くらいはうちで寝ていきなよ。ちゃんと寝ないと、明日頑張れないでしょ?」
「うん……」
何だかすごく疲れている。
身体中が重くてだるい。
この異様な疲れは、精神的な疲れから来ているんだろうか。
「おやすみ。良い夢見てね」
周は私にキスをする。
私はそのまま目を閉じる。
周とはこれでもうお別れだ。
周は大切な友人だった。
私はきっと周のことが今でも好きだった。
最後がこんな形になるなんて虚しい。私のせいだけど。
周、さようなら。
そう心の中で呟いて、私は眠りに落ちる。
理由は完全に私のせいだった。
私は資格試験の勉強が上手くいかないことへの苛立ちと、母からの愛を一身に受けている姪への嫉妬心から、姪に暴力を振って骨折をさせてしまった。
ついでに、今回の事件がきっかけで、日頃から姪に暴力を振っていたことがバレた。
自分の行いを考えると、当然の結果だった。それでもとうとう母から見放されたことが辛かった。
私は母が大好きだった。
母の期待に応えて、母に愛されることが何よりの望みだった。
でももう母には嫌われてしまった。
私は無職で、友達も全然いない。
大学四年の時に資格試験に失敗してから、就活に成功した友人達と顔を合わせるのが気まずくて、自然とフェードアウトしてしまった。
親から勘当される際、最後の情けとして、幾らかお金をもらった。
家族みんなが私に怒り狂っていたのに、よくお金をくれたものだと思う。
お金を渡さないと、無職の私はすぐに野垂れ死ぬだろうから、それは流石に胸糞が悪いとでも思ったのだろうか。
このお金でどこかのアパートでも借りて住所を得て、バイトなりなんなりして生きろということなのだろう。
私はそれくらいには親から大切にされていたんだ。こんな出来損ないの娘でも。
そんな家族の絆を、私は壊してしまった。
今日はとりあえずどこかに泊まろう。
ネカフェや安いホテルでも良かったけど、ある人物のことが頭に浮かんだ。
彼の名前は、香月周。私の大学時代からの友人だ。
周とは大学時代に、学部もサークルも一緒だったから自然と親しくなった。
周とだけは、最近も連絡を取ることがあった。
周は私と話したいらしく、私から周に連絡を取らなくなっても、めげずに連絡をしてきては、年に数回ほど一緒に遊んだ。
周は優しくして、しっかり者で、おまけに音楽の才能にも満ち溢れている。
何の良いところもない私なんかとは大違いだ。
それなのに、よく今の落ちぶれた私とも遊んでくれるものだと思う。
私は大学時代、周のことが好きだった。
私達はとても仲が良かった。
おそらく周も私のことが好きで、両想いだったんだと思う。
けれど、当時の私は何だか恥ずかしくて、だんだん異性として接してくるようになった周に対して、素っ気ない態度を取り続けた。
それからは、昔のような関係には戻れなかったけど、今も関係が続いてはいる。
周を頼ろう。周なら泊めてくれるだろう。
私は周に家に居られなくなったから泊めて欲しいと連絡をした。
周から返信が来た。
答えは予想通りOKだった。
周は私からの誘いは断らない。
「ひさしぶり。急だったから大した用意も出来てなくてごめんね。いくらでもいてくれていいから、ゆっくりしていってね」
周の家に着くと、周は笑顔で出迎えてくれる。
すごく嬉しそう。
もし周が犬だったら、尻尾を全力で揺らしているんだろうなってくらい。
「外は寒かったでしょ?これでも飲んであったまって」
「ありがとう」
周は私にホットミルクを出してくれる。
仕事が見つかるまで長期戦になるだろうから、ホテル代を浮かせたいという下心で、周の家に泊めてもらうことを打診したのが申し訳なくなるほどに嬉しそうだった。
「まさか君が、困った時に真っ先に僕を頼ってくれるなんて思わなかったよ」
「ごめん……。迷惑……だよね?」
「迷惑なわけないでしょ。むしろ嬉しいよ」
周が出してくれたホットミルクは少し甘過ぎる。
大学時代の私は、散々甘い飲み物を飲んでいたから感覚が麻痺していたけど、今の私にとってはこれくらいの甘さでも少しきつい。
周とよく一緒にいた大学時代からだいぶ時間が経ったんだなと感じる。
「和食と洋食どっちがいい?」
「和食でお願いしてもいい?」
「いいよ。ちょっと待っててね。疲れてるだろうから、これでも読んでのんびりしてて」
周は私に音楽雑誌を渡してくる。
それは、私が大学時代から好きなバンドのインタビューが載っている物だ。
少し前のやつなのに咄嗟にこれを出してくれるなんて、私が家に来るって聞いて準備でもしてくれていたんだろうか。
周は何で私が家から追い出されたのか聞かない。
普通気にならないのかな?
家から追い出されるなんて、余程のことをしたんじゃないかって。
周は雑誌を読んでいる私を嬉しそうに眺める。
周の優しさはこのホットミルクみたいだ。
昔の私なら素直に喜べたかもしれないけど、今の私には優しすぎる。
私はこんなに優しくしてもらえるような人間じゃない。私にはそんな資格はない。
優しくされたはずなのに、自信を失くしていく。
他者から過剰な肯定を受けると、自分を否定しないと釣り合いが取れない。
周が作ってくれた夕食を食べる。美味しい。私は試験勉強が忙しいからと言い訳をして、ろくに家事もしてこなかったから、料理も全然出来ない。働いてすらいないのに。
「美味しい?」と聞く周の顔もまともに見れない。
こんな日常的なことにすら、劣等感を感じなきゃいけないほど、何もできない自分が恥ずかしい。
シャワーを借りて、今日家から適当に持ってきたパジャマに着替える。
荷造りした時は人に見せることがあると思っていなかったから、シャツはしわしわだし、ズボンは短くて脚の付け根くらいまでしかなくて気まずい。
周も私の脚から目を逸らすようにしている。
「布団洗っておいたから、ベッド使ってよ」
「いや、私居候の身だし床で寝るよ」
「だめ。女の子を床で寝させられないよ」
女の子と言ったことで、周はしまったという顔をする。
私は大学時代、周に異性として扱われる度に、何だか恥ずかしくて薄い反応をしてしまっていた。
だから周は私がそういう風に扱われるのが嫌だとでも思っているのだろう。
「とにかく、ベッドで寝てね。客人はもてなすものでしょ」
周はそう付け加えて、ソファに寝転がる。
「それは申し訳ないよ……。私左に詰めるから、そうしたら二人でも眠れると思う」
申し訳なさを感じるあまり、変なことを口走る。
周も露骨に狼狽える。
「えっ……?えっ……?いや……それはダメでしょ……」
周の顔は真っ赤だ。
「そういうこと、気軽に言っちゃダメだよ……?」
「ごめん……」
「いや、僕こそ変なこと言ってごめん……」
お互い気まずい空気が流れる。
周は誤魔化すように「おやすみ」と言って、私から顔を背けてソファに横たわる。
私自身は資格試験浪人中に男と寝たこともある。
そもそも今更こんなことを恥ずかしがるような年齢でもない。
でも、周の近くで寝るのは何となく恥ずかしい。
夢を見た。
それは母との思い出の走馬灯のようなものだった。
高校受験でトップレベルの学校に入ったあの日、母は自分のことのように喜んでくれた。
けれど、無理して入った高校では、頑張っても成績はクラスでも下の方だった。
母は私の成績を見る度に嘆いた。
母は良い大学に行ってねと私の通塾に多額の投資をした。
でも、私は自堕落な心から、あまり勉強に打ち込めなかった。もちろん成績は伸びなかった。
母からは「どうして私の期待に応えられないの……?私はあなたにこんなにお金も時間も使っているのに……」と泣かれた。
私は何も言えなかった。
大学受験は母が目指せと言った第一志望校には受からなかった。
受かった大学も世間的にはそれなりのレベルだったとは思う。
でも、母からは「女の子はこれくらいの学歴がちょうど良いから……」と慰められた。
私の通っている大学は、慰められるようなレベルのところなの?
バイト先で大学名を名乗ると、「頭良いね」って褒められるのに?
私はまた母から褒められたくて、民間企業を受けるのではなく、難しい資格試験を目指すことにした。
もちろん、そうした資格試験は簡単に受かるものじゃなかった。
私はそれなりのところに就職していくみんなに取り残されていった。
周も私を取り残していった側の一人だった。
浪人して予備校に通った。
それでも受からなかった。
浪人数年目で、だんだん精神がおかしくなってきた。
もう受からないんじゃないか?
だからといって、こんなにブランクがある人間はどこも正社員として雇ってくれないんじゃないか?
私はどこで間違えたんだろう?
大学時代に普通に就活していれば良かった。
将来が不安で仕方なかった。怖かった。
このまま負け組として、生きていくのかと思うと辛かった。
こんなんじゃ母からも見捨てられる。
そんな中、姉が忙しい時に姪を預けてくるようになった。
やっぱり孫は可愛いらしく、母は姪のことばかり可愛がった。
私は、母の愛を一心に受けている姪が憎くて仕方なかった。
大人気ないことは分かってた。
でも私は、姪への嫉妬心から、母がいない時に姪を殴ることでストレスを解消するようになっていった。
あんな幼い子を殴った。姪は私にも笑いかけてくれたのに。
私はとうとうある時、姪の腕と脚を骨折させてしまった。
父には殴られた。姉には怒鳴られた。姪には怯えられた。
母からは「こんな恐ろしい子に育てた覚えはない。あなたなんか産まなきゃよかった……」と泣かれた。
家族みんなが私を嫌った。
私は取り返しのつかないことをした。
私は泣きながら深夜に目を覚ました。
目を覚ましてすぐ、周が私の手を握っていることに気が付いた。
「周……起きてたの……?」
「ごめん、君がうなされてるみたいだったから起きた。大丈夫?」
「ごめん……。周明日仕事なのに……。私のせいで起こしちゃって……」
「全然気にしないで。僕の仕事は在宅だし、大丈夫だよ。嫌な夢でも見たの?何か温かい物でも飲む?」
私は首を横に振る。
周に気を遣わせたくなかった。
私が悪夢にうなされているのは、私のせいだから。
「また寝直すから大丈夫」
「そう……。何かあったら起こしてね?」
「うん」
私はとにかく好きな歌の歌詞を思い浮かべながら必死に眠りについた。
朝になると、周が私を心配そうに起こしてくる。
「おはよう。あの後はよく眠れた?」
「うん」
周はすでに朝食を作ってくれているようだった。
私は何から何まで周のお世話になっている。
「何から何までごめん……」
「いいんだよ。僕が好きでやってることだから」
周はそう言って微笑む。
食事が終わると、周は「仕事中は僕の部屋でのんびりしててね。中にある物は好きに触って良いから」と、私に飲み物やお菓子を渡してくれた。
私は周の仕事中、スマホを弄ったり、周の部屋にある音楽雑誌を読んだりして、周を待つ。
周は立派に働いているのに、私は何をしているんだろう?
そんな日々が続いたある日の夜、私は周とお酒を飲んだ。
昔からお酒を飲むと何でも話しちゃうクセがあって、周にもつい、自分がどうして家から追い出されたのかを、今までの経緯を含めて全て話してしまったらしい。
その時の記憶はないけど、翌朝周が「辛かったね……」と私を慰めてくれたことがきっかけで分かった。
どう考えても私が悪い話なのに、何故か周は私を庇ってくれた。
それからずっと周は、私のことを今まで通り、いや、今まで以上に献身的に私のことを支えてくれた。
私は周に依存していった。
周は私のことを肯定してくれる。
周は私のために何でもしてくれる。
その一方で、こうも思った。
何で周はこんな私に優しくしてくれるの?
私が惨めで可哀想だから?
こんな私にも優しくしてくれるくらい人格者で、社会人としてもしっかり働いている周を見るのが辛かった。
周に優しくされる度、私は周への感謝よりも強い劣等感に襲われた。
それでもお酒が入ると周に甘えてしまった。
「私って芋虫みたいじゃない?」
「どうしたの急に?」
「もう良い年なのに、全然羽化できる気がしない……。私このまま飛び立てないまま一生を終えるのかな……?」
そんなことないと言って欲しかった。
私はここで終わりじゃないと。
私も羽ばたけるんだって言って欲しかった。
でも周からは意外な答えが返ってきた。
「別に芋虫のままでも良くない?地面にいるからこそ見える世界もあるでしょ?それに、もし空を飛びたいなら、飛べる人に運んでもらえばよくない?」
予想外の答えが返ってきて戸惑う私に、周はこう付け加えた。
「まあ君なら飛び立てると思うけどね」
慌てて取り繕う周の様子を見て思った。
周は私が飛び立てるなんて思っていないのに、私に気を遣ってこう言ったんだなって。
周はきっと、私のことを心のどこかで見下してるんだ。
そう思うと、悲しい反面、少し安心する自分もいた。
もし周が私を手元に置くことで、私から優越感を得ているのなら、私は周に一方的に施される側から脱却できるから。
それからもしばらく周と一緒にいた。
周と過ごす時間は、何だかんだ平和で幸せだった。
でも私にはその幸せがいけないことのように思えてきた。
私はあんな悪いことをして、母にも嫌われたのに、幸せになっていいのかな?
私は自分が罰を与えられないことに不安を感じ始めた。
罰とまで行かなくても、少なくとも何の課題もクリアせずに幸せになるのはお門違いだと思った。
そういうのは、選ばれた善人だけが許されることだ。少なくとも私には許されない。
周から自立するために仕事探さなきゃ。
私は求人情報を見る。
改めて、ある不安が頭をよぎった。
今更私なんかを雇ってくれる会社なんてあるかな?
私ずっとニートだったのに……?
そんな中、何となく「高収入 仕事」で調べていたら、風俗の紹介が目についた。
風俗なら出来るかな……?
特に経験や資格がない女性でも働ける中で、かなり高収入な方の仕事だ。
もちろん、その分リスクやストレスは大きいけど。
寮があるところも多いから、住む場所も確保できる。
お金をいっぱい稼いだら、母に送金できるかもしれない。
それで、母に「何でそんなにお金があるの?」って聞かれて、「風俗」って答えたら心配してもらえないかな?
そこまでして稼がなくていいって、私のことを抱きしめてくれないかな?
そこまでしてお金を貯めて謝罪をする私のことを、可哀想に思って許してくれないかな?
そんなめでたいことを考える。許されるわけなんてないのに。
私は毎夜働くのに良さそうな店を探し続けた。
そのまま寝落ちする日も多かった。
働く候補の店がいくつか見つかったところで、私は周に話を切り出す。
「周、今までありがとう。私、働けそうなところを見つけたから、もうお世話になるのやめるね」
周は酷く驚いた顔をしていた。
「何で……?別に働きだしてもしばらくここに居ればいいでしょ……?」
「それは流石に悪いからさ……。私も自立しなきゃだし」
周は固まっていた。
それから少し間を開けて、真剣な顔になって言葉を紡ぎ始めた。
「いつ言おうか悩んでたんだけどね……」
何だろう?
「僕は大学の頃から、ずっと君のことが大好きなんだ……。これからもずっと一緒にいて欲しい……。だから……このまま同棲しない?」
「えっ?」
「不謹慎かもしれないけど、君が僕を頼ってここに来てくれて、すごく嬉しかった……。僕のこと信頼してくれてるんだなって。君と一緒に過ごせる日々は夢みたいだった……。君もここでの生活を楽しんでくれてたよね……?」
「……」
「ねえ、僕と幸せになろうよ。大切にするから……。愛してる……」
「……」
私みたいな最低な人間を愛してる……?
どうして……?
私なんかにこんなことを言ってくれるなんて感謝すべきだ。頭ではそう分かっている。
でも、それよりも違和感が強い。端的に言えば居心地が悪い。
どうして周は私なんかにそんな気持ちを向けるの?
私なんかと本気で一緒に居たいの?
気持ち悪い。周は何も悪くないけど、あまりにも理解できなくて気持ち悪い。
「ごめん、無理……」
周は酷くショックを受けているようだ。そんな周にさらに追い討ちをかける。
「私、周を頼ったの、別に周のことを信頼してとかじゃないから」
「え……?」
「周なら断らないと思った。それだけだから。別に周のこと信頼してないし、好きとかじゃない。勘違いしないで」
「……」
「優しくされ過ぎるのも、勘違いされるのも迷惑だから」
自分でも最低なことを言っている自覚はある。
でも、周から向けられる100%の好意が気持ち悪くて、何としても逃れたかった。
だから、あえて傷付けるようなことを言う。私のことを嫌ってもらうために。
「泊まらせてくれてありがとう。せめてものお礼に、お金は払うね」
財布を取り出すためにバッグを取りに行こうとする。
そんな私に向かって周は口を開く。
「何でそんな酷いこと言うの……?」
周はわなわなと震えだした。
「僕、君のために色々やってあげたのに……。君のこと……大切にしてたのに……」
そのまま私のことを壁に押さえつける。
「君は大学時代からそうだ……。僕がどれだけ君のことを想って優しくしても、君は僕を拒絶する……。いつだってそう……」
周の私の肩を掴む力が強くなる。
「今回は君もやっと心を開いてくれたのかなって思った……。でも……僕の勘違いだったんだね……」
「……」
周は私の肩から手を離して、私の腕を強く掴む。
「ねえ、お金はいらないからさ……せめて泊めてあげたお礼に一発ヤらせてよ。働くって、どうせ風俗でしょ?ならいいでしょ?」
「えっ……?」
酷く冷たい声だった。
周の口からそんな言葉が出るなんて思わなかった。
周はいつも、そういう生々しい性的な部分を私に見せなかったから。
「出来ないの?これから風俗で働く気のくせに?」
「何でそれを……?」
周にそんな話をした覚えはない。
「君、スマホつけっぱなしで寝てたでしょ。それで見えたんだよね」
私のスマホの画面は、一定時間が経つと自動で切れるように設定しているし、起きた時は消えてたはず。
いつ見たの?
そんな疑問が一瞬浮かんだけど、私は目の前の周が怖い顔をして私を睨みつけているから、考えるのをやめた。
「わかった……」
私は了承した。
たしかにこれから身体を売るんだから、これくらいで狼狽えていてはいけない。
それに、了承しないと周は許してくれそうにない。
一回ヤるだけで別れてくれるなら、腹を括るしかないだろう。
どうせ私はもう処女じゃない。
「ベッド行こうか……」
私は諦めて周にそう告げた。
シングルのベッドは二人で入るには狭い。
必然的に周と完全に密着する形になって気まずい。
周は私の服を脱がせる。
「やけに落ち着いてるけど……もしかして君ってこういうの初めてじゃないの?」
私の服を脱がせる周の手は少し震えている。
自分からヤりたがったのに、少し緊張しているみたいだ。
私はどう答えるべきか悩んだけど、正直に言うことにした。
周の期待を折るためにも。
「うん」
「そうなんだ……。誰とやったの……?」
「大学卒業後に、予備校一緒だった人」
「その人のこと……好きだったの……?」
「いや、告白されたし、そこそこかっこよかったからノリで付き合っただけ」
「そう……」
周の声は驚くほど冷たかった。
私は予備校時代、恋人がいた。
顔が良くて成績が良かった男。名前はもう苗字しか覚えてない。
不安で寂しくて仕方なかったから、いわゆる恋人と肌を重ねてみれば、寂しさは紛れるかと思って身体を繋げた。
たぶん相手は浪人生活の中でヤれる相手が欲しかっただけだし、私も寂しさを埋める相手が欲しかっただけ。
そんな虚しいセックスだった。
お互いに愛がないセックスって、こんなにも虚しいんだなって学んだ。
何度も身体を重ねる中で、快楽を感じたことはあれど、心が満たされることはなかった。むしろ身体から伝わる温もりを餌に搾取されているだけ。
身体を重ねる度に、心まで擦り減るような気がした。
それから彼は試験に受かって、私は落ちた。劣等感に苛まれて、私は彼に連絡を取らなくなった。
そして彼もそんな私を深追いしようとはしなかった。
「じゃあ僕って二人目なの?」
「うん」
そのまま私の服を脱がせる。
周の触り方はやたらと優しい。
まるで壊れ物でも扱うかのようだ。
元彼と比べて技術はないけど、私のことを労るように触れている。
「周は初めてなの?」
「うん。君と違って、君以外の女の子とはそんなに関わってなかったしね」
周は無表情で私を見下ろす。
私はその顔を見て少し怖くなる。
周は私の中を指で慣らしていく。
私も少しずつ声が出るようになる。
周はそのまま私のクリトリスを舐めながら、中を弄る指を増やしていく。
私は嬌声を上げるのが恥ずかしくて、必死に唇を噛んで耐える。
「声我慢しないで」
周の指で無理やり口を開けさせられて、嬌声が漏れるようになる。
私は思わず顔が真っ赤になる。
「可愛いね」
周は無表情で私の頬にキスをする。
そしてゴムを装着する。
「急にしたのに、ゴム持ってるんだ……?」
「うん。最近買った」
「そうなんだ……」
「君とそういう雰囲気になる可能性も考えてね。一人で盛り上がってバカでしょ?笑っていいよ?」
「……」
私は何も言えなかった。
「そろそろ挿れるね」
彼の性器を挿入される。
久しぶりにセックスするからか、苦しくて思わず呼吸が浅くなる。
「ゆっくり呼吸して……」
周は私が過呼吸になりそうなのを宥めるようにキスをする。
そのキスが優しくて、何だか余計に苦しい気がする。
私はそのまま小さく声を上げながら、周のを締め付けてイった。
周も私が強く締め付けたせいで、射精したみたい。周は私の中から抜く。
「気持ちよかった……。もう一回したいから、僕の舐めて勃たせて?」
周が私を座らせて、私の口の前に性器を持ってくる。
私はそれを恐る恐る舐め始める。
正直衛生的に綺麗とは言えない場所だし、私は性器を舐めるのが苦手だ。
軽くしか舐めなくて下手だからと、元彼からもあまり求められなくなったくらい。
「僕こういうの初めてだからよく分からないけどさ……君って舐めるの下手だね……」
周は私の頭を撫でる。
「こんなに下手くそなのに……何で身体売ろうなんて思ったの……?」
その顔は今にも泣きそうだった。
「そんなに……僕との生活を終わらせたかったの……?」
私は何も言えない。
周のことは嫌いじゃない。
でも周と一緒にいると、辛いんだ。
周と一緒にいると、私は自分のことをどんどん嫌いになる。
周は私に舐めてもらうのは諦めて、私に手で扱かせて性器を勃たせる。
それからもう一度私の中に挿れて射精した。
セックスが終わると、周は私の頭を撫でながら言う。
「今日は疲れたでしょ。今日くらいはうちで寝ていきなよ。ちゃんと寝ないと、明日頑張れないでしょ?」
「うん……」
何だかすごく疲れている。
身体中が重くてだるい。
この異様な疲れは、精神的な疲れから来ているんだろうか。
「おやすみ。良い夢見てね」
周は私にキスをする。
私はそのまま目を閉じる。
周とはこれでもうお別れだ。
周は大切な友人だった。
私はきっと周のことが今でも好きだった。
最後がこんな形になるなんて虚しい。私のせいだけど。
周、さようなら。
そう心の中で呟いて、私は眠りに落ちる。
応援ありがとうございます!
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