Gate of World―開拓地物語―

三浦常春

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1章 手探り村長、産声を上げる

5話 クローイ

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 俺達が森を出ると、既に馬車が到着していた。

 今回の入植者は、いつぞやのアランのように馬車酔いをしていないらしい。呻き声一つ立てず、それどころか余裕然として荷台から足を垂らしていた。

「クローイさんですか?」

 そう呼び掛けると、帆の向こうから顔が覗いた。

 黒髪ボブ――と言うのだろうか、首の辺りに溜まった毛先がゆらりとする。赤くなった丸い顔には黒曜のような瞳が輝き、活力に満ちた印象を受ける。しかし彼女の反応は、予想と反してあまりにも穏やかだ。ともすれば恥ずかしそうな笑みと共に背を丸めた。

「は、初めまして……えっと、クローイです。よろしく、お願いします」

「村長のポリプロピレンニキです。こっちはナビ子さんとアランさん。クローイさんは二人目の住民となります。これからよろしくお願いします」

「ふ、二人目? ひえ、そんな、恐れ多い……すみません、私、帰ります」

「ちょちょちょっ、ちょっと、クローイさん!?」

 荷台へ戻ろうとするクローイ。それを羽交い締めにして、俺は草原の上に引き摺り出した。

「御者さん、御勤め御苦労様です! 住民、受け取りました!」

 籠城を決め込もうとする女性に困っていたのだろう、御者は手綱を握り直し、そそくさと動き出した。

「ああっ、待ってください~!」

 ガタガタと揺らぐ馬車を悲鳴が追う。しかしそれに車輪が止まることはなかった。みるみる内に帆馬車は小さくなり、溶けるように消滅する。

 項垂れ、クローイはへたり込んでしまう。それを哀れに思ったのか、傍らに屈んだアランが優しく背を叩いた。

「まあまあ、元気だせよ。オレだって、働きたくねぇのにこんな僻地に送られて来たんだぜ? 人生いろいろあるさ。奴等が見てない時にでも脱出の計画でも立てよう」

「うう、そこまで嫌な訳じゃないです……」

「あっそう」

 慰め合うアランとクローイの二人を眺めていると、村長として肩身が狭い思いだった。

 彼等にも人生があった。そして夢があった。この村よりもずっと発展した植民地に派遣され、何不自由なく暮らす未来もあったろう。これ以上失望させない為にも、一刻も早く彼等にとって「よい住処」を作らなくては。

「早速で悪いんですけど、クローイさん」

「はい……」

「見ての通り、ここにはまだ何もないので、クローイさんにはたくさん働いて頂くことになります」

「ひえ、はい……私で、よろしければ……」

 肩を竦め、クローイは手を擦り合わせる。

「あの、それと、私……その……」

 囁くばかりで、彼女の口からはこれといった意図が読み取れなかった。言葉の続きを待っていると、クローイはますます畏縮して背を丸めてしまう。

 これでは永久に会話が成り立たない。どうしたものかと頭を掻くと、傍らのナビ子がバインダーを示した。

「彼女はは『木工師』を希望しているようですよ。いかが致しますか、村長さん」

 クローイが顔を上げる。伝えたかったのはそれだと言わんばかりだった。

「『木工師』か。確か《木材》を加工して何とか……って役職ですよね」

「そうですね。――どうやら彼女は、『完璧主義』の特性を持っているようですから、職人には向いていると思います!」

 クローイの書類には、確かに「完璧主義」の文字列が確認できる。俺はちらりと、アランの入植志願書も見遣ってから、

「この特性って?」

「入植者の性格のようなものです。役職との相性や、技術の向上速度に影響します」

「特性も気にした方がいいんですね。……アランさんの『世話焼き』は?」

「動物を扱う職や『薬草師』、現在の役職である『農民』などが合っていると言われています」

「なんか意外ですね。てっきり特性もニートかと」

 入植者の性格を表すという特性すら「働きたくない」であったら、さぞ苦労しただろう。こちらが『世話焼き』をすることになっていた。

「じゃあ、クローイさんは『木工師』に――」

 そう口にした途端、彼女の表情がパッと弾ける。花が咲くように、あるいは閃光が弾けるように。アランとはまるで大違いである。

「こちらが『木工師』の転職アイテム、《ミノ》になります」

 ナビ子が手渡すのは、手の平より僅かに長いくらいの工具だった。現実のそれと変わらないヘラ状である。木を扱う職業であるだけあって、それに役立つ道具が転職アイテムとなっているらしい。

 アイテムにクローイが手を伸ばしたと同時に、俺も書類へのサインを終えた。


 以下の者を『木工師』とする。
 クローイ
 ――承認、ポリプロピレンニキ


 これで二人目の入植者は、晴れて『木工師』となった。今後《木材》の加工は彼女に任せることになる。

「ありがとうございます、村長さん」

 はにかむクローイに思わず俺の頬も緩む。礼を言われて悪い気はしない。素直にそれを受け取ると、まるでその間を引き裂くようにアランが迫って来た。

「オレの時と対応違くない? なあ? そうやって差別するの、よくないと思うんだけど?」

 彼はこの村――いや、まだ村とも言えない地域にやって来た初めての入植者だ。クローイと比べると古株ではあるが、それもたった数時間の差である。
 ほぼ同僚が希望通りの職に就く一方、悉《ことごと》く忙殺される自分の願望が惜しくて仕方ないのだろう。不満を訴えるのも無理はない。

「すみません、本当に。一刻も早くアランさんが『ニート』になれるように、開拓を進めましょう」

「そうだな。そう……うん?」

 やはり働くことになるのでは。それに気付き始めたアランを遮るように、俺はクローイに目を向ける。

「クローイさん。早速ですけど、何か作って頂けますか?」

「何を作りましょう……?」

 俺はナビ子に助けを求める。彼女は待っていましたと言わんばかりに、ファイル――入植者情報を挟んだバインダーとは別物のようだ――を取り出して、ページをめくる。

「お任せください! 『木工師』が作業をする為には、まず《木の作業台》が必要です。そこでは、このような物を作成できます」

 差し出された紙面には、「木工師 木の作業台制作リスト」の文字列。また、その下には転職アイテム、家具、建材、その他とタブ付けされて厳格に管理されている。おそらく現段階では作れないのであろう南京錠マークを掛けられたアイテムを含めると、リストは四ページに及ぶ。

「へえ、いろんな物が作れるんですね。でも、《木の作業台》がないと作業できないなら、作業台も作れないんじゃないですか?」

「その点はご安心ください。作業台がなくても手元でクラフトできます」

「……とても聞いたことがある気がする。とりあえずクローイさん、《木の作業台》をお願いします。材料が足りなかったら言ってください」

 了解です。弱々しい声と共に、クローイは《ミノ》を握り締める。その顔は不安と初々しい決意に満ちていた。

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