Gate of World―開拓地物語―

三浦常春

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4章 人民よ、健やかに

35話 探究せよ、乙女

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 《小麦》の脱穀作業を村人達に任せ、俺はイアンとルシンダの様子を窺いに向かった。

 イアンは狩りへ向かった、その報告は聞いているが、ルシンダはというと不明である。仕事を任せた覚えはなく、休憩を取っている様子もない。

 考え至るのは、たった一つだった。二人は一緒にいるのではないか。

 村から離れた場所にある森林――狩場と聞いていた位置よりもさらに奥の水辺に、彼等は揃って蹲っていた。まさか食あたりでも起こしたのだろうか。

 サッと血の気が失せる。慌てて駆け寄ると、ふとイアンが面を持ち上げた。

「あれ、どーしたの?」

 顔色と声色はいつも通り。不調はないようだ。俺は胸を撫で下ろす。

「様子を見に来たんです。何をやっているんですか?」

「解体を教えてるんだよ」

 イアンの手には、血に濡れた《石のナイフ》と毛の塊がある。『罠師』イアンが捕らえた小動物のようだ。

「――で、ちゃんと血抜きをしたら内臓取り出して……」

「この時も持ったままですの?」

「地面に置いたままなのは、ちょっと気分悪いからねー。まあ、土が付いても洗えばいいんだけどさ。サミューの奴、そういうの気にするんだ」

 二人旅をしていた頃、狩りをサミュエルが、解体はイアンが担っていたというだけあって、手際は確かだった。

 小型犬程の動物はみるみるうちに「肉」と「皮」に分けられ、「資材」と化す。その様子を感慨深げに眺めていたルシンダは、剥ぎ取ったばかりの毛皮を撫でると、

「肉ってこうやって採れるのね。初めて見たわ」

「おねーさん、こういうことしないの?」

「わたくしの前に出る肉は全て調理済みだったのよ。生肉を見るのも初めてだわ」

 彼女の家は、まつりごとに関わる家柄である。

 この地に流れ着くより前は、生肉を見ずに済む暮らし――自炊すらしない生活に身を置いていたのかもしれない。イアンからすれば、まるで異世界のような生活であろう。

 歪む少年の顔には、信じられないと書かれていた。

「じゃあおねーさんは、皮のなめし方とか内臓の使い方とか、何も知らないんだ?」

「皮なら知ってるわよ! バンバン叩いているところを見たことがあるわ!」

 年齢こそルシンダが上ではあるが、この地においてはイアンの方が先輩である。

 『学者肌』という特性もあってか、ルシンダの興味は決して潰《つい》えることがない。「先輩」へ質問を投げ掛ける。

「内臓って何に使うの? そんなぐちゃぐちゃなの、食べられそうにないわよ?」

「食べられないこともないけど……まあ、これだけ小さいとね、特に使えないかな。でも、もっと大きな動物だったら……そうだなぁ、水筒とか小物入れを作れるよ」

「水筒? 小物入れですって?」

 ルシンダの目が輝く。

「ああ、興味深い。解体も加工も、全部やってみたいわ! 村長、クローイが作ってた道具、わたくしも当然使えるのよね?」

「さ、さあ、そこまでは俺も……」

「使えなかったらわたくし、『罠師』になるわ!」

「『ニート』志望設定はどこに行ったんですかね……」

 だが労働に意欲を見せてくれるのはよい傾向である。このまま希望する役職を、忘却の彼方までかっ飛ばしてくれればよいのだが。

「検討はしておきます。一つの役職に、最低一人は欲しいと思っているので、後継人が育てば……」

「相談には乗ってあげようじゃない」

 高慢とした態度ではあったが、それを不快とは思わなかった。もう慣れたのかもしれない。

 俺はイアンを一瞥してから湖を見遣る。

 湖はおよそ楕円形をしていた。周りには樹木が立ち並び、さながら龍神の住処の如く泉を覆い隠している。今まで発見できずにいたのは、それが原因であろう。意図せずしてよいものを見つけてしまった。

 だがこの泉は、村から随分離れている。水が入り用になっても、ここまで一人で向かわせるのは危険だ。今こそ息を潜めているが、いつどこでモンスターが襲ってくるとも分からないのだから。

「湖から引くとか井戸を掘るとか、水問題もどうにかした方がよさそうですね」

「そうしてくれると有り難いかな。解体のたびにここに来るの、面倒だし」

 話しているうちに、イアンが立ち上がった。彼の手には肉と毛皮、内臓を包んだ葉がある。彼は木の根元にまで移動すると、慣れた様子で葉の包みを降ろした。供え物のようだ。

「何やってるのよ」

 怪訝そうなルシンダがそう尋ねてくる。面を上げたイアンは、ちらりと自分の足元に目を遣ると、

「……こうやって、ちょっとだけ残しておくのが、おれなりのルールなんだ」

 そう言うなり、イアンは足早に立ち去る。隠し事を暴かれた、そう言わんばかりの羞恥が、彼の背から滲み出ている。

 それを見送ったルシンダは葉包みを一瞥した後、小さく――本当に小さく、隠れるように顎を引いた。

 どのような意図が含まれているのかまでは不明である。だが俺には、それが敬礼のように見えた。

「さ、戻るわよ。村はどんな感じ?」

「《小麦》の加工中です。そろそろ終わると思うのですが……」

「何、もう始めてるの!? 早く言いなさい!」

 ルシンダは悲鳴の如く一喝する。そうかと思えば、長いスカートを翻して走り出した。足元は、相変わらず高いヒールに支えられている。
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