Gate of World―開拓地物語―

三浦常春

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4章 人民よ、健やかに

36話 平焼きパン

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 村へ戻ると、三人の村人とナビゲーターは器を囲んでいた。辺りには黄土色の破片が散らばっている。当然彼等の服が難を逃れる筈がなく、ひどい有様であった。一連の作業に興味はあったが、席を外して正解だったかもしれない。

 俺の気配を察したのか、ナビ子がパッと振り返る。短いツインテールが、傍らのクローイを掠めた。

「村長さん、朗報です。《麦粥むぎがゆ》が作れるようになりました!」

「お粥?」

 俺は首を捻る。

「パンとか作れるようになる訳じゃないんですね」

「そうなんだよ~! 分かるか、オレのがっかり具合! パン食えると思って頑張ったのに~」

 すっかり落胆した様子でアランが身体を横たえる。頭の先から踵まで籾殻に沈み込むことなど、気にも止めていないようだ。

「《パン》を作るには、製粉の作業も必要です。また、パン焼き専用のかまども設置しなくてはなりません」

「かまど……はまだ作れませんかね?」

「はい。『石工師』の上級職である『陶芸師』が作成する《レンガ》が必要になりますので、もうしばらく先になりそうです」

「……現状、他に作れそうな物は?」

「《麦粥》のみです」

 それを聞いて、俺は愕然とした。脱穀に籾摺りの工程を経てもなお、碌な食事にはありつけないのか。焼いただけの《ニンジン》や《キノコ》よりはまだマシかもしれないが、住民達には失望をさせてしまったかもしれない。

「じゃ、じゃあ、製粉をすれば、作れるものは増えますか?」

「はい。《平焼きパン》が作成可能となります」

 パン、と食い付いたのはアランだ。

 だが気になるのは、冠せられた「平焼き」である。おそらく、俺達が慣れ親しんだ、ふっくら柔らかいパンとは別物なのであろう。多分潰れている。

「製粉ということは、何か道具が必要ですね? すり鉢とか……もしかして、この前作った《薬研》を代用したりしますか?」

「いいえ、製粉には専用の道具が存在します。《石臼》です」

 ナビ子が提示したのは、レシピを収録したファイルだった。『石工師』の作成可能アイテムの一覧。彼女の指は、一つの模範図を示す。《石臼》――そこには、そう書かれていた。

「石ならわたくしの出番ね!」

 キリリと表情を引き締めて、ルシンダが胸を張る。早速彼女に作成の依頼を出すと、揚々とした足取りで女子部屋に入って行った。

 《小麦》の利用の目途が立ったのならば、これを中心に食事のメニューを組み立てるのがよさそうだ。

「畑、拡張しましょうか」

 現在この村にあるのは、およそ三メートル四方の畑が四面である。《小麦》に二面、《ニンジン》に二面を使用している。

 畑からの収穫は定期的に望めるとは言え、貯蔵はほぼ不可能に近い。やっとのことで食い繋いでいる状態だ。

 某プレイヤーのように一辺二十メートルの畑を作るつもりはないが、ある程度拡充する必要がある。

 俺が提案すると、アランは打ち捨てられた汚物を見下ろすように顔を歪めた。

「明日にしようぜ」

「出来れば今日がいいんですけど……。人も増えましたし、マルケンさんから買った種も結局植えてないし。それから――そうそう、井戸とか必要なら、そろそろ作りたいんですけど、どうしたらいいんですかね?」

 小屋に立て掛けてあった枝を手に、俺はナビ子に目を向ける。ナビ子はフンスとばかりに鼻を鳴らすと、

「《井戸》は《石材》を消費することで作ることが出来ます。現実のように水源を探し、地面を掘り下げる必要はなく、井戸の囲いを設置することで使用可能になります」

「不思議パワーで水が湧き出てくる訳ですか。ということは、一度作ってしまえば枯渇することもありませんか?」

「はい。御心配なく」

「じゃあルシンダさんにはその作成も……あ、《石材》足りるかな」

 以前採取した《石材》は、ルシンダの活躍により大半を消費している。村が所有する資材一覧を覗いてみるも、やはり残部は心許ない。《石臼》ならまだしも、《井戸》の作成に足る資材は保有していなかった。

「じゃあおれ、作業に戻るね」

 ひらひらと手を振って、イアンが《なめし台》の方へと向かう。

 生皮の状態では、中間素材として使用できない。保存できるよう、また今後の加工を容易にする為、剥ぎ取った皮はなめしておく必要があるのだ。

 部屋の中から「わたくしも作業見たい!」と悲鳴が聞こえたが、俺は無視しておくことにした。

「あの……今のうちに《石材》、集めておきます。在庫、もうないですよね?」

「ありがとうございます、クローイさん。じゃあ……そうですね、サミュエル君を連れて行ってください」

「一人で大丈夫です」

「念のためです。何があるか分かりませんから。――サミュエル君もいいですね?」

 隻眼の少年に目を向けると、彼は迷う素振りを見せた。

 丸一日持ち場を離れるという訳ではないのだ。たった数時間あるいは数分、村の護衛からクローイの警護に任を移す、ただそれだけである。

「お願いします」

「……分かった」

 それだけ言うと、サミュエルは踵を返す。

 彼の腰には石製の剣が差さっている。襲撃時に携えていた金属製の得物よりも、幾分かグレードを落とした品である。

 少々心許ない出来であるが、それゆえか、少年の背は少し強張っていた。
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