Gate of World―開拓地物語―

三浦常春

文字の大きさ
45 / 62
5章 忘れられた国

45話 積極的はお嫌いですか?

しおりを挟む
 サミュエルの記憶通りだった。

 下水道は川沿いの崖にぽっかりと口を開け、か細い水を垂らしていた。長年人が踏み入ることはなかったのか、辺りには草が生い茂り、鬱蒼としている。一つ足を踏み出す度に虫が跳ね、チリチリと不快げに鳴いた。

「一一七番植民地の村長は、随分とインフラ面に気を遣ってたみたいだな」

 マルケンが言うには、一一七番植民地のような形で下水道や上水道等の整備をする村長――『プレイヤー』は多くないのだとか。その理由としては時間が掛かるから、ということもあるが、何よりも必要ないという点が強いようだ。

 わざわざ、これ程大きな下水管を通す必要はない、別の方法で事足りると、その男は感心深げに語っていた。

「トイレとかシャワー周りの水整備はやったけど、こんな大規模じゃなかったもんね。管を通すだけで……。あれってどういう仕組みなの?」

 アレクシアがマルケンを見遣る。彼は髪を掻くと、少し困ったように首を捻った。いかに答えるか、考えあぐねているのかもしれない。

 必要のない下水管であっても、それが完全に飾りであるという訳ではないらしい。現に口からは水が垂れている。侵入防止の為に打ち付けられた板の下から、ちょろちょろと。

「下水道の中ってどんな感じ? 入り組んでる?」

「街中の地下に張り巡らされている。だから道は沢山……いろいろな所に繋がってる」

「じゃ、下見しておいた方がよさそうだね。行ってくるよ」

 アレクシアは岩に乗り上げ、次いで下水道管へと渡る。手を掛けられた板が悲鳴を上げたが、彼女は危なげなく突破し、ピシャリと音を立てる。

「誰か付けようか。流石に一人は――」

「大丈夫だよ、村長。頭の中に地図を作るだけ。皆は分かり易い場所で本隊の到着を待ってて」

 それだけ言うと、アレクシアの背中は暗がりへと消えていく。次第に足音も遠退き、川沿いには小鳥の囀《さえず》りと川のせせらぎが残った。

「全く、積極的で困るな」

 呟くマルケンの横顔はどこか嬉しそうだった。

「さあ、上へ戻ろう。もうそろそろ本隊が到着する筈だ」


   ■    ■


 太陽が地平線に隠れた頃、ぞろぞろとうごめく群れが見えた。

 マルケン巡査部長、その村が誇る戦力である。中にはちんけな村襲撃時に邪魔をしてきた者の姿も見える。アマンダにネル――それぞれ『騎士』、『医師』の役職を担っている女性だ。

「お、あの時のクソガキじゃないか。元気にしてたかー?」

 浅黒い肌にニッコリと笑みを浮かべ、アマンダが話し掛けてくる。その手は明らかにサミュエルの頭を狙っていた。撫でようとしているのだろう。細い指を潜り抜けて、サミュエルはそっとクローイの後ろに隠れた。

「お久し振りです。先日はお世話になりました」

 クローイは頭を下げる。平生はおどおどと頼りない様子ではあるが、今回ばかりは確固たる物言いだった。それにアマンダは破顔を深め、

「そんな硬くならないでよ」

 と、クローイの髪を掻き混ぜた。歯抜けの奥で、くつくつと喉が鳴く。

「しっかし、アンタの村は災難続きだね。初心者狩りに村長の誘拐? いやー、全く。これは一度『オハライ』ってのをしてもらった方がいいんじゃないかい?」

「そうですね。村長さんに提案してみます」

 そうこうしている内に本隊の中でも数人――おそらく各班を取り仕切っているのであろう人物が、マルケンの元に集まっていた。どうやら本隊は、サミュエル達に合流する以前にも任務も課せられていたらしい。

 サミュエルはそれに耳を傾ける。

「街の広さはどのくらいだった? 調査班」

「南北に一マイルから二マイル程。東西に五マイル程の幅が確認できました」

「一・六キロと八キロか……随分と細長いな。城門は?」

「三ヶ所です。北、南、東に一ヶ所ずつ。最も大きな門は東に位置しており、扉の他、柵が降ろされていました。大砲のない現状においては、その突破は難しいと思われます。それ以外の二門は、住民が日頃用いる為に設けているのでしょう。完全に封鎖はされておりません。破壊するには南北の門が容易ではありますが、警備が三名程付いています」

「東門に人は?」

「無人でした」

 報告を受けたマルケンはじっと考え込む。

「……三人なら突破できるな。火矢を放って陽動という手もあるが……」

「光がちらついているのも確認しましたので、城壁の中では未だ人が生活をしていると思われます。火矢を放つとなれば……多少なりとも被害が出るでしょう」

「好ましくないな。まあ、大半が非戦闘民だしな。虐殺はあまりしたくない」

 その傍に女性が歩み寄る。お淑やかな女性、マルケン巡査部長の村に所属するナビ子である。彼女は男の耳に唇を近付けて、何かを囁いた。音までは拾えない。

「みんな、よく聞いてくれ」

「先程、ポリさんのナビ子から情報が送られてきた。ポリさんの反応があるのは一一七番植民地の中でも西側……おそらく、あの城壁越しでも見える、ドでかい城の中にいると思われる」

「また、現在ポリプロピレンニキ様の位置情報にアクセスできるよう、あちらのナビ子さんに取り計らってもらっている最中です。今晩中に――いえ、三十分以内には処理が終わる予定です。それ以降ならば、私からもナビゲートできます」

 マルケン巡査部長のナビ子は、サミュエルの知る『ナビ子』とは随分と雰囲気が異なっていた。

 彼の知るナビ子はたった一人――植民を開始したばかりの小さな村に所属する、溌剌とした少女のようなナビ子のみである。時折人が変わったように落ち着き払った様子を見せるが、基本は無邪気で活発としている。

 一方目の前の淑女は、平時から沈着としているように見えた。弾けた姿は全く想像がつかない。

 同じ名前でありながら、正反対なのだ。マルケンのナビ子と「あの人」のナビ子は。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)
ファンタジー
まだ遅くない。 オッサンにだって、未来がある。 底辺から這い上がる冒険譚?! 辺鄙の小さな村に生まれた少年トーマは、幼い頃にゴブリン退治で村に訪れていた冒険者に憧れ、いつか自らも偉大な冒険者となることを誓い、十五歳で村を飛び出した。 しかし現実は厳しかった。 十数年の時は流れてオッサンとなり、その間、大きな成果を残せず“とんまのトーマ”と不名誉なあだ名を陰で囁かれ、やがて採取や配達といった雑用依頼ばかりこなす、うだつの上がらない底辺冒険者生活を続けていた。 そんなある日、荷車の護衛の依頼を受けたトーマは――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~

はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。 病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。 これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。 別作品も掲載してます!よかったら応援してください。 おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

追放令嬢と【神の農地】スキル持ちの俺、辺境の痩せ地を世界一の穀倉地帯に変えたら、いつの間にか建国してました。

黒崎隼人
ファンタジー
日本の農学研究者だった俺は、過労死の末、剣と魔法の異世界へ転生した。貧しい農家の三男アキトとして目覚めた俺には、前世の知識と、触れた土地を瞬時に世界一肥沃にするチートスキル【神の農地】が与えられていた! 「この力があれば、家族を、この村を救える!」 俺が奇跡の作物を育て始めた矢先、村に一人の少女がやってくる。彼女は王太子に婚約破棄され、「悪役令嬢」の汚名を着せられて追放された公爵令嬢セレスティーナ。全てを失い、絶望の淵に立つ彼女だったが、その瞳にはまだ気高い光が宿っていた。 「俺が、この土地を生まれ変わらせてみせます。あなたと共に」 孤独な元・悪役令嬢と、最強スキルを持つ転生農民。 二人の出会いが、辺境の痩せた土地を黄金の穀倉地帯へと変え、やがて一つの国を産み落とす奇跡の物語。 優しくて壮大な、逆転建国ファンタジー、ここに開幕!

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

処理中です...