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5章 忘れられた国
45話 積極的はお嫌いですか?
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サミュエルの記憶通りだった。
下水道は川沿いの崖にぽっかりと口を開け、か細い水を垂らしていた。長年人が踏み入ることはなかったのか、辺りには草が生い茂り、鬱蒼としている。一つ足を踏み出す度に虫が跳ね、チリチリと不快げに鳴いた。
「一一七番植民地の村長は、随分とインフラ面に気を遣ってたみたいだな」
マルケンが言うには、一一七番植民地のような形で下水道や上水道等の整備をする村長――『プレイヤー』は多くないのだとか。その理由としては時間が掛かるから、ということもあるが、何よりも必要ないという点が強いようだ。
わざわざ、これ程大きな下水管を通す必要はない、別の方法で事足りると、その男は感心深げに語っていた。
「トイレとかシャワー周りの水整備はやったけど、こんな大規模じゃなかったもんね。管を通すだけで……。あれってどういう仕組みなの?」
アレクシアがマルケンを見遣る。彼は髪を掻くと、少し困ったように首を捻った。いかに答えるか、考えあぐねているのかもしれない。
必要のない下水管であっても、それが完全に飾りであるという訳ではないらしい。現に口からは水が垂れている。侵入防止の為に打ち付けられた板の下から、ちょろちょろと。
「下水道の中ってどんな感じ? 入り組んでる?」
「街中の地下に張り巡らされている。だから道は沢山……いろいろな所に繋がってる」
「じゃ、下見しておいた方がよさそうだね。行ってくるよ」
アレクシアは岩に乗り上げ、次いで下水道管へと渡る。手を掛けられた板が悲鳴を上げたが、彼女は危なげなく突破し、ピシャリと音を立てる。
「誰か付けようか。流石に一人は――」
「大丈夫だよ、村長。頭の中に地図を作るだけ。皆は分かり易い場所で本隊の到着を待ってて」
それだけ言うと、アレクシアの背中は暗がりへと消えていく。次第に足音も遠退き、川沿いには小鳥の囀《さえず》りと川のせせらぎが残った。
「全く、積極的で困るな」
呟くマルケンの横顔はどこか嬉しそうだった。
「さあ、上へ戻ろう。もうそろそろ本隊が到着する筈だ」
■ ■
太陽が地平線に隠れた頃、ぞろぞろと蠢く群れが見えた。
マルケン巡査部長、その村が誇る戦力である。中にはちんけな村襲撃時に邪魔をしてきた者の姿も見える。アマンダにネル――それぞれ『騎士』、『医師』の役職を担っている女性だ。
「お、あの時のクソガキじゃないか。元気にしてたかー?」
浅黒い肌にニッコリと笑みを浮かべ、アマンダが話し掛けてくる。その手は明らかにサミュエルの頭を狙っていた。撫でようとしているのだろう。細い指を潜り抜けて、サミュエルはそっとクローイの後ろに隠れた。
「お久し振りです。先日はお世話になりました」
クローイは頭を下げる。平生はおどおどと頼りない様子ではあるが、今回ばかりは確固たる物言いだった。それにアマンダは破顔を深め、
「そんな硬くならないでよ」
と、クローイの髪を掻き混ぜた。歯抜けの奥で、くつくつと喉が鳴く。
「しっかし、アンタの村は災難続きだね。初心者狩りに村長の誘拐? いやー、全く。これは一度『オハライ』ってのをしてもらった方がいいんじゃないかい?」
「そうですね。村長さんに提案してみます」
そうこうしている内に本隊の中でも数人――おそらく各班を取り仕切っているのであろう人物が、マルケンの元に集まっていた。どうやら本隊は、サミュエル達に合流する以前にも任務も課せられていたらしい。
サミュエルはそれに耳を傾ける。
「街の広さはどのくらいだった? 調査班」
「南北に一マイルから二マイル程。東西に五マイル程の幅が確認できました」
「一・六キロと八キロか……随分と細長いな。城門は?」
「三ヶ所です。北、南、東に一ヶ所ずつ。最も大きな門は東に位置しており、扉の他、柵が降ろされていました。大砲のない現状においては、その突破は難しいと思われます。それ以外の二門は、住民が日頃用いる為に設けているのでしょう。完全に封鎖はされておりません。破壊するには南北の門が容易ではありますが、警備が三名程付いています」
「東門に人は?」
「無人でした」
報告を受けたマルケンはじっと考え込む。
「……三人なら突破できるな。火矢を放って陽動という手もあるが……」
「光がちらついているのも確認しましたので、城壁の中では未だ人が生活をしていると思われます。火矢を放つとなれば……多少なりとも被害が出るでしょう」
「好ましくないな。まあ、大半が非戦闘民だしな。虐殺はあまりしたくない」
その傍に女性が歩み寄る。お淑やかな女性、マルケン巡査部長の村に所属するナビ子である。彼女は男の耳に唇を近付けて、何かを囁いた。音までは拾えない。
「みんな、よく聞いてくれ」
「先程、ポリさんのナビ子から情報が送られてきた。ポリさんの反応があるのは一一七番植民地の中でも西側……おそらく、あの城壁越しでも見える、ドでかい城の中にいると思われる」
「また、現在ポリプロピレンニキ様の位置情報にアクセスできるよう、あちらのナビ子さんに取り計らってもらっている最中です。今晩中に――いえ、三十分以内には処理が終わる予定です。それ以降ならば、私からもナビゲートできます」
マルケン巡査部長のナビ子は、サミュエルの知る『ナビ子』とは随分と雰囲気が異なっていた。
彼の知るナビ子はたった一人――植民を開始したばかりの小さな村に所属する、溌剌とした少女のようなナビ子のみである。時折人が変わったように落ち着き払った様子を見せるが、基本は無邪気で活発としている。
一方目の前の淑女は、平時から沈着としているように見えた。弾けた姿は全く想像がつかない。
同じ名前でありながら、正反対なのだ。マルケンのナビ子と「あの人」のナビ子は。
下水道は川沿いの崖にぽっかりと口を開け、か細い水を垂らしていた。長年人が踏み入ることはなかったのか、辺りには草が生い茂り、鬱蒼としている。一つ足を踏み出す度に虫が跳ね、チリチリと不快げに鳴いた。
「一一七番植民地の村長は、随分とインフラ面に気を遣ってたみたいだな」
マルケンが言うには、一一七番植民地のような形で下水道や上水道等の整備をする村長――『プレイヤー』は多くないのだとか。その理由としては時間が掛かるから、ということもあるが、何よりも必要ないという点が強いようだ。
わざわざ、これ程大きな下水管を通す必要はない、別の方法で事足りると、その男は感心深げに語っていた。
「トイレとかシャワー周りの水整備はやったけど、こんな大規模じゃなかったもんね。管を通すだけで……。あれってどういう仕組みなの?」
アレクシアがマルケンを見遣る。彼は髪を掻くと、少し困ったように首を捻った。いかに答えるか、考えあぐねているのかもしれない。
必要のない下水管であっても、それが完全に飾りであるという訳ではないらしい。現に口からは水が垂れている。侵入防止の為に打ち付けられた板の下から、ちょろちょろと。
「下水道の中ってどんな感じ? 入り組んでる?」
「街中の地下に張り巡らされている。だから道は沢山……いろいろな所に繋がってる」
「じゃ、下見しておいた方がよさそうだね。行ってくるよ」
アレクシアは岩に乗り上げ、次いで下水道管へと渡る。手を掛けられた板が悲鳴を上げたが、彼女は危なげなく突破し、ピシャリと音を立てる。
「誰か付けようか。流石に一人は――」
「大丈夫だよ、村長。頭の中に地図を作るだけ。皆は分かり易い場所で本隊の到着を待ってて」
それだけ言うと、アレクシアの背中は暗がりへと消えていく。次第に足音も遠退き、川沿いには小鳥の囀《さえず》りと川のせせらぎが残った。
「全く、積極的で困るな」
呟くマルケンの横顔はどこか嬉しそうだった。
「さあ、上へ戻ろう。もうそろそろ本隊が到着する筈だ」
■ ■
太陽が地平線に隠れた頃、ぞろぞろと蠢く群れが見えた。
マルケン巡査部長、その村が誇る戦力である。中にはちんけな村襲撃時に邪魔をしてきた者の姿も見える。アマンダにネル――それぞれ『騎士』、『医師』の役職を担っている女性だ。
「お、あの時のクソガキじゃないか。元気にしてたかー?」
浅黒い肌にニッコリと笑みを浮かべ、アマンダが話し掛けてくる。その手は明らかにサミュエルの頭を狙っていた。撫でようとしているのだろう。細い指を潜り抜けて、サミュエルはそっとクローイの後ろに隠れた。
「お久し振りです。先日はお世話になりました」
クローイは頭を下げる。平生はおどおどと頼りない様子ではあるが、今回ばかりは確固たる物言いだった。それにアマンダは破顔を深め、
「そんな硬くならないでよ」
と、クローイの髪を掻き混ぜた。歯抜けの奥で、くつくつと喉が鳴く。
「しっかし、アンタの村は災難続きだね。初心者狩りに村長の誘拐? いやー、全く。これは一度『オハライ』ってのをしてもらった方がいいんじゃないかい?」
「そうですね。村長さんに提案してみます」
そうこうしている内に本隊の中でも数人――おそらく各班を取り仕切っているのであろう人物が、マルケンの元に集まっていた。どうやら本隊は、サミュエル達に合流する以前にも任務も課せられていたらしい。
サミュエルはそれに耳を傾ける。
「街の広さはどのくらいだった? 調査班」
「南北に一マイルから二マイル程。東西に五マイル程の幅が確認できました」
「一・六キロと八キロか……随分と細長いな。城門は?」
「三ヶ所です。北、南、東に一ヶ所ずつ。最も大きな門は東に位置しており、扉の他、柵が降ろされていました。大砲のない現状においては、その突破は難しいと思われます。それ以外の二門は、住民が日頃用いる為に設けているのでしょう。完全に封鎖はされておりません。破壊するには南北の門が容易ではありますが、警備が三名程付いています」
「東門に人は?」
「無人でした」
報告を受けたマルケンはじっと考え込む。
「……三人なら突破できるな。火矢を放って陽動という手もあるが……」
「光がちらついているのも確認しましたので、城壁の中では未だ人が生活をしていると思われます。火矢を放つとなれば……多少なりとも被害が出るでしょう」
「好ましくないな。まあ、大半が非戦闘民だしな。虐殺はあまりしたくない」
その傍に女性が歩み寄る。お淑やかな女性、マルケン巡査部長の村に所属するナビ子である。彼女は男の耳に唇を近付けて、何かを囁いた。音までは拾えない。
「みんな、よく聞いてくれ」
「先程、ポリさんのナビ子から情報が送られてきた。ポリさんの反応があるのは一一七番植民地の中でも西側……おそらく、あの城壁越しでも見える、ドでかい城の中にいると思われる」
「また、現在ポリプロピレンニキ様の位置情報にアクセスできるよう、あちらのナビ子さんに取り計らってもらっている最中です。今晩中に――いえ、三十分以内には処理が終わる予定です。それ以降ならば、私からもナビゲートできます」
マルケン巡査部長のナビ子は、サミュエルの知る『ナビ子』とは随分と雰囲気が異なっていた。
彼の知るナビ子はたった一人――植民を開始したばかりの小さな村に所属する、溌剌とした少女のようなナビ子のみである。時折人が変わったように落ち着き払った様子を見せるが、基本は無邪気で活発としている。
一方目の前の淑女は、平時から沈着としているように見えた。弾けた姿は全く想像がつかない。
同じ名前でありながら、正反対なのだ。マルケンのナビ子と「あの人」のナビ子は。
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