Gate of World―開拓地物語―

三浦常春

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5章 忘れられた国

46話 作戦開始

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 暗い筒の中に足音が反響する。夜も深まり、多くの民草が眠りについた頃、サミュエルはクローイやシリル、アレクシア、マルケン巡査部長と共に地下下水道を進んでいた。

 掲げられたランタンに映り込む景色は変わりなく、幾度となく角を折れ、湾曲を進む。

 どこを進んでいるのか、サミュエルはすっかり位置を見失っていた。しかしアレクシア――先頭を行く女性は、確固たる足取りを以って先導している。事前に地図を作ると豪語していたが、どうやら彼女はそれを現実にしたらしい。

 こうしたダンジョンを踏破するには、方向感覚を鍛えることも必要だろう。力ばかりに頼っては駄目なのだ。学ぶ必要がある。

 この手の頭を使った攻略法は、親友イアンが得意としているが、今後は頼りきりという訳にもいかない。彼の今後があるかすら、現状においては不明なのである。出来ることを増やして損はない。

 管を進むにつれ、次第に声が聞こえるようになった。悲鳴、怒号、慟哭。入り混じる戦場の音が、サミュエルの芯を揺さぶる。

「始まった……」

 クローイが呟く。その声は蚊が鳴く程小さかったが、管に反響した為か、サミュエルの耳にはっきりと感じられた。

「皆、大丈夫かな。上手くいくといいけど……」

「大丈夫だって、村長! アマンダ姐さんのお墨付きだよ? 自信持って」

「そうだね。ああ、この待っている時間が本当に嫌なんだ。お腹痛い……」

 そう大袈裟に言うなり、マルケンは自らの腹を抱える素振りを見せる。「待つ」経験のないサミュエルにとって、それは共感し難い感情だった。

「今頃は……東門に向けて動き始めた頃かな。きっと、皆なら上手くやる」

 シリルが頷く。信頼しているのだ、恐ろしい程に。

 マルケン巡査部長の部隊と合流した、夜の始め頃。一連の作戦を取り仕切る男から、作戦の概要が説明された。

「目標はポリさんの奪還。ただし皆には、他の任務を与えたい」

「他の任務?」

 浅黒い肌の女性、アマンダが首を傾げる。村長の奪還、その為に来たとばかり思い込んでいたのだろう。この状況下で呼び出しを食らえば、サミュエルとてそう錯覚する。

 マルケンは真っ直ぐとした目で頷くと、

「皆には南北の門から押し入り、東門の解放を目指して動いてもう」

「ほほう、東門」

 感心した様子のアマンダに代わって疑問の声を挙げたのはアレクシアだ。

「皆で城に入る方が早いと思うけど、何でそうしないの?」

「城に戦力が集中するだろう?」

 さも当然のように言ってのけるアマンダだが、それにアレクシアはピンと来ていないようだ。首を捻り、あるいは傍らの同郷の男に視線を遣る。

 それに応じたのはアマンダでもシリルでもなく、一国の長マルケン巡査部長だった。

「戦力が城に集中するということは、敵味方問わず、それだけ人が一ヶ所に集まるということだね。つまり混戦状態になる。必死こいて戦う訳だ。そうなると、必要以上の犠牲が出る。こちらとしても、おそらく向こう側としても、犠牲は少なく、穏便に済ませたいだろ?」

「殺しちゃ駄目なの?」

「好ましくはない。あまり。心情にも悪影響を与えるし」

 いたって穏和に宥めるマルケンであるが、一方のアレクシアは「ちぇ」と小石を蹴る。男は苦笑した。

「だから城の反対側――東へ向けて兵を動かせば、敵戦力も幾分か分散させることが出来るだろう。そう考えたんだけど……アマンダ先生、いかがです?」

「ま、いいんじゃないかい」

 アマンダはニッと口角を引き上げる。

「ただ、まあ……折角だ。東門に向けて兵を動かすなら、外にも『大群』を用意しよう。それなら、よりミスリードを進めることが出来る」

「こちらの戦力はあまり分散したくないんだけど……」

「アタシ達を信じな、村長。数だけの軍勢には引けを取らないよ」

 聞く話によると、アマンダは元々他の村の出身であるという。何らかの事件の際、マルケン村の捕虜となり、やがて参入した。

 サミュエルは不思議でならなかった。同時に羨ましくもあった。自分と同じ出自にあるにも関わらず、村の中枢を担っていることが。

「……よし。まとめると、今回の作戦は隊を四つに分けて実行する。南北の門から攻め入り、東へ進む隊。東門外で待機する『大群』。そして我々――城内部へ直接侵入を試みる五人だ」

「五人だけで行くつもり? ナビ子は連れて行かないのかい」

 アマンダが問う。すると清楚なナビ子が進み出て、

「私の視界にマルケンがアクセスできるよう調整しました。こちらに問題があればマルケンに伝わるようになっていますし、逆にマルケン側に害が生じれば、こちらに通達されます」

「前言ってた魔術の類かぁ。それがちゃんと働いてくれることを願うよ」

 女性は納得したようだ。それを確認すると、マルケンはぐるりと辺りを見渡す。自らの部下を見遣り、村人もまた男に視線を集める。

「他に質問はないか? 月が真上に来たら作戦を開始する。それまで各自備えるように。朝までには決着をつける――」

 そうして迎えた作戦実行。事前の提案通りサミュエル達は下水道を進み、他は地上における陽動を担当することになった。

 危険な任務に当てているのだ、その中から犠牲を出さない為にも、村長奪還は素早く行わなければならない。

「……うん、ナビ子の視界に門が映った。結構でかい。近い。解放に向けて動き出したみたいだ」

「やるねぇ、姐さん」

「ホント、マジで勧誘してよかった……」

「じゃ、こっちも頑張らないとね」

 アレクシアが下水道に設けられた梯子を登り始める。

 彼女は時折、そうして地上の様子を覗き、確認を行っているようだ。排水口と思しき穴から洩れるのは、揺らぐ光とパンが焼けるような芳ばしい香り――サミュエルの腹がくうと鳴った。

「道の舗装がしっかりしてきた。足音も聞こえるし……だいぶ城に近付いてると思う」

「よし。ナビ子からも情報を取り寄せる。それでポリさんとの距離も分かるだろう」

 カンカンと音を立ててアレクシアが降りて来る。それを迎えると、クローイはどこか不思議そうに目を瞬かせた。

「この上に街があるんですよね。落ちて来ないのでしょうか」

「そういえば……! 崩れて来たらヤバイじゃん!」

 必要のない心配事に額を突き合わせる女性二人。それを冷めた目で眺めるサミュエルとシリル。対してマルケン巡査部長は、どこか楽しそうだった。反応が新鮮とでも思っているのかもしれない。あるいは何か画策しているか。

 どれにせよ、サミュエルには関係のない事柄である。余所の村で何が起ころうが、まさしく対岸の火事。こちらに火の粉が飛んで来なければ、問題視する程でもない。

 腹の内は、必要以上に暴かないに限る。自分の身を守る為にも、過干渉は好ましくない。サミュエルは身に染みて、それを理解していた。
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