11 / 22
1章 ヴァーゲ交易港
11話 無視できない。虫だけに。
しおりを挟む
オアシスに着くや否や、人々の間には動揺が走った。
建物は焼け落ち、炭の匂いが充満する。命の湧く楽園が、変わり果てた姿で現れたのである。無理もない。
長らく固まっていた彼らだったが、すぐに気を取り戻して、作業を始めた。
オアシスに寄る旨が告げられて後、隊列は二つに分けられた。
一つはオアシスの探索、もう一つは緊急を要する荷物の運送を任務として与えられた。
僕とカーンが同行したのは、当然オアシスへ立ち寄る隊だ。護衛を仕事とする赤髪の戦士オルティラも一緒である。唯一人、砂虫の毒に侵された男は寄り道をせず、港へ向けて真っすぐと運ばれていった。
僕たちの主な仕事は、状況の把握と死体の確認、そして遺品の収集だ。
その結果、生き残りは誰一人として見つけられなかった。すべてが同様に息絶えていた。
無残な骸は発見次第、オアシスの中心地から少し外れた位置に湧く、泉の脇へと並べられる。そこで彼らは服を剥がされ、色とりどりの死に化粧を施される。
生者の手を借りて、できる限りの身繕いを済ませた彼らだったが、彼らを死へと追いやったであろう傷は、どうしても埋めることができなかった。
虚ろとなった腹――皮膚も肉もそして臓物も失った腹部を、隊商は触ろうとしなかった。ただ彼らは、赤黒い肉を見せる死体を並べ、穏やかな表情に色を付ける。
何によって似通った死体が成立したのか。オアシスで行われる作業を手伝いながら、僕は思考を巡らせていた。
オアシスは砂虫によって壊滅させられた。腹を裂かれた死体は、その影響下にある、とするのが妥当であろう。だが、仮にそうだとしたら、疑問が残る。
「砂虫はなぜオアシスを、そして人々を襲ったのか……」
砂虫は生者を襲わない。彼らが獲物とするのは、決まってこの大地に命を吸い取られた者たちだ。
ベンノや隊商の証言によれば、そのようである。
だが砂虫は、事実としてカーンやベンノを襲った。生きているはずの彼らを。
僕の指先に黒い炭が付く。それを汗ばんだ指先で磨り潰すと、それは却って広がってしまった。
素直に適当な布で拭いておけばよかった。僕は少し後悔をした。
「御入り用ですか?」
いつの間に近くまで来ていたのか、膝をついたカーンが僕のフードを覗き込んでくる。
折り畳んだ手拭きを差し出す彼の肩は軽い。担いでいた細長い包みは、どこにも見当たらなかった。荷物やカメールと共に、女戦士の私物も置いてきたのだろう。
僕は布を受け取る。それから少し遅れて、礼を口にした。
「……意見、聞いていい?」
「はい、何なりと」
「今回の件、どう思う? 全部砂虫の所為だと思う?」
「……リオ様は、砂虫以外がこの件に関わっているとお思いですか?」
「いや、思ってない。というより、そう判断する材料がないって方が正しいかも」
僕たちが見てきた物は限られている。
まずは焦げたオアシス。
それから砂虫の死体。
腹を裂かれて絶命する人々。
洞には蛆やイモムシのような蠢く虫。
すべてを砂虫と結びつけることは、可能と言えば可能である。だが、他の要素も否定できない。僕の頭には、それが引っかかっていた。
「……考えすぎ、だとは思う。だけど、完全に否定できない以上、僕は無視できない。虫だけに」
「そうですね。確かに――ええ、そうですね」
少し困った様子のカーンは、長い指を顎に当てた。
こうしていると絵になる。男の僕でも惚れ惚れとする容姿を持ち合わせる彼だ。この場に女性がいなくてよかった。そう思った僕の脳裏にあの赤髪が過ったが、僕はあえて気にしないことにした。
「僕が今考えているのは、砂虫は、産卵のためにオアシスを襲ったって説。毒で身体の自由を奪っている間に卵を植え付けて、肉は孵化後の栄養にしようとしたんじゃないかって……そう考えた」
「リオ様は、腹部にいた白い虫は、砂虫の幼虫であるとお考えなのですね」
「うん。でも、だとすると理解できないのは、前例がないことと、孵化までの早さなんだ」
僕は口をつぐむ。
何から整理するか、どう順路立てるか。説明のため、僕は思考を切り替える。
「前例の件は置いといて、僕が見つけた彼――あれは昨日、少なくとも今朝、手紙を置いて出て行ったんだよね。行方不明者と同一人物なら。オアシスに到着してすぐに卵を植えつけられたと仮定すると、一日から数時間で卵が孵ったことになる。それは、あまりにも早すぎるような気がするんだ」
虫の卵は、産卵から数日または数か月を経てようやく芽を出す。空気に触れてからすぐに孵化する卵など、聞いたことも見たこともない。この地域に住まう虫が、他地域における通例を無視できるほど特殊な種族であるとも考え難かった。
僕はどう当たりを付ければよいのだろうか。
「あーっ、分かんなくなってきた!」
僕は天を仰ぐ。その際にずり落ちそうになったフードを、カーンがそっと支えた。
「リオ様、少し休みましょう。これ以上の推理は、砂虫の生態を暴かない限り不可能です」
静かに正論をぶつけてくるカーン。僕はそれに応えられない。
考えて考えて、考え抜いた末に、僕はようやく着地点を見つけた。
「カメールって、何であんなにかわいいんだろうね~」
「……なぜでしょうね」
「カメールの所、遊びに行っていい?」
「せめて役目を終えてからにしましょう。もう少しの辛抱ですよ」
「はーい」
建物は焼け落ち、炭の匂いが充満する。命の湧く楽園が、変わり果てた姿で現れたのである。無理もない。
長らく固まっていた彼らだったが、すぐに気を取り戻して、作業を始めた。
オアシスに寄る旨が告げられて後、隊列は二つに分けられた。
一つはオアシスの探索、もう一つは緊急を要する荷物の運送を任務として与えられた。
僕とカーンが同行したのは、当然オアシスへ立ち寄る隊だ。護衛を仕事とする赤髪の戦士オルティラも一緒である。唯一人、砂虫の毒に侵された男は寄り道をせず、港へ向けて真っすぐと運ばれていった。
僕たちの主な仕事は、状況の把握と死体の確認、そして遺品の収集だ。
その結果、生き残りは誰一人として見つけられなかった。すべてが同様に息絶えていた。
無残な骸は発見次第、オアシスの中心地から少し外れた位置に湧く、泉の脇へと並べられる。そこで彼らは服を剥がされ、色とりどりの死に化粧を施される。
生者の手を借りて、できる限りの身繕いを済ませた彼らだったが、彼らを死へと追いやったであろう傷は、どうしても埋めることができなかった。
虚ろとなった腹――皮膚も肉もそして臓物も失った腹部を、隊商は触ろうとしなかった。ただ彼らは、赤黒い肉を見せる死体を並べ、穏やかな表情に色を付ける。
何によって似通った死体が成立したのか。オアシスで行われる作業を手伝いながら、僕は思考を巡らせていた。
オアシスは砂虫によって壊滅させられた。腹を裂かれた死体は、その影響下にある、とするのが妥当であろう。だが、仮にそうだとしたら、疑問が残る。
「砂虫はなぜオアシスを、そして人々を襲ったのか……」
砂虫は生者を襲わない。彼らが獲物とするのは、決まってこの大地に命を吸い取られた者たちだ。
ベンノや隊商の証言によれば、そのようである。
だが砂虫は、事実としてカーンやベンノを襲った。生きているはずの彼らを。
僕の指先に黒い炭が付く。それを汗ばんだ指先で磨り潰すと、それは却って広がってしまった。
素直に適当な布で拭いておけばよかった。僕は少し後悔をした。
「御入り用ですか?」
いつの間に近くまで来ていたのか、膝をついたカーンが僕のフードを覗き込んでくる。
折り畳んだ手拭きを差し出す彼の肩は軽い。担いでいた細長い包みは、どこにも見当たらなかった。荷物やカメールと共に、女戦士の私物も置いてきたのだろう。
僕は布を受け取る。それから少し遅れて、礼を口にした。
「……意見、聞いていい?」
「はい、何なりと」
「今回の件、どう思う? 全部砂虫の所為だと思う?」
「……リオ様は、砂虫以外がこの件に関わっているとお思いですか?」
「いや、思ってない。というより、そう判断する材料がないって方が正しいかも」
僕たちが見てきた物は限られている。
まずは焦げたオアシス。
それから砂虫の死体。
腹を裂かれて絶命する人々。
洞には蛆やイモムシのような蠢く虫。
すべてを砂虫と結びつけることは、可能と言えば可能である。だが、他の要素も否定できない。僕の頭には、それが引っかかっていた。
「……考えすぎ、だとは思う。だけど、完全に否定できない以上、僕は無視できない。虫だけに」
「そうですね。確かに――ええ、そうですね」
少し困った様子のカーンは、長い指を顎に当てた。
こうしていると絵になる。男の僕でも惚れ惚れとする容姿を持ち合わせる彼だ。この場に女性がいなくてよかった。そう思った僕の脳裏にあの赤髪が過ったが、僕はあえて気にしないことにした。
「僕が今考えているのは、砂虫は、産卵のためにオアシスを襲ったって説。毒で身体の自由を奪っている間に卵を植え付けて、肉は孵化後の栄養にしようとしたんじゃないかって……そう考えた」
「リオ様は、腹部にいた白い虫は、砂虫の幼虫であるとお考えなのですね」
「うん。でも、だとすると理解できないのは、前例がないことと、孵化までの早さなんだ」
僕は口をつぐむ。
何から整理するか、どう順路立てるか。説明のため、僕は思考を切り替える。
「前例の件は置いといて、僕が見つけた彼――あれは昨日、少なくとも今朝、手紙を置いて出て行ったんだよね。行方不明者と同一人物なら。オアシスに到着してすぐに卵を植えつけられたと仮定すると、一日から数時間で卵が孵ったことになる。それは、あまりにも早すぎるような気がするんだ」
虫の卵は、産卵から数日または数か月を経てようやく芽を出す。空気に触れてからすぐに孵化する卵など、聞いたことも見たこともない。この地域に住まう虫が、他地域における通例を無視できるほど特殊な種族であるとも考え難かった。
僕はどう当たりを付ければよいのだろうか。
「あーっ、分かんなくなってきた!」
僕は天を仰ぐ。その際にずり落ちそうになったフードを、カーンがそっと支えた。
「リオ様、少し休みましょう。これ以上の推理は、砂虫の生態を暴かない限り不可能です」
静かに正論をぶつけてくるカーン。僕はそれに応えられない。
考えて考えて、考え抜いた末に、僕はようやく着地点を見つけた。
「カメールって、何であんなにかわいいんだろうね~」
「……なぜでしょうね」
「カメールの所、遊びに行っていい?」
「せめて役目を終えてからにしましょう。もう少しの辛抱ですよ」
「はーい」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
卒業パーティーのその後は
あんど もあ
ファンタジー
乙女ゲームの世界で、ヒロインのサンディに転生してくる人たちをいじめて幸せなエンディングへと導いてきた悪役令嬢のアルテミス。 だが、今回転生してきたサンディには匙を投げた。わがままで身勝手で享楽的、そんな人に私にいじめられる資格は無い。
そんなアルテミスだが、卒業パーティで断罪シーンがやってきて…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる