短い恋愛短編集。

匿名希望

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捕まえる女と捕まった男

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「そういうのは、良くないと思う。」
男は女の肩を押して、上半身を起こし目を伏せる。長い睫毛が影を作っている。
ああ、私にはそんな長い睫毛はない、と男の上に跨る女は
この場に似つかわしくない事を思う。
ベットの上に、男女が一緒にいるとする事は一つだと言うのに
男はそんな素振りも見せずに「おやすみ」と電気を消すものだから
こうして、上に乗ったというのに男はダメだ、と言う。
その考えが女には理解出来なかった。
豆電球の小さな明かりだけの部屋で、女の沈黙に耐えきれず男はまた言葉を吐く。

「そういうのは、好きな人とするべきで」

飲み屋であった女は甘ったるい香水の匂いを纏いながら男に近寄った。
人懐っこく、思いの外話が弾み、気が付けば日付をまたいでいる時間だった。
女は終電を逃したと男に言う。少なからず酔いが回っていた男は家に招いた。
普段なら絶対にこんな事しないのに、男は酔いが醒めつつある頭で思った。

「好きだからついて来たのに。」

女は当たり前のように答えた。
何を言っているんだ、と男は平然と自分の上に跨る女を見た。

「一目惚れは信じない主義?」

「いや、そうじゃないけど」

なんて間抜けな回答だと、男は自分で思った。
しかし、有無を言わせない女の目にはこれが精一杯だった。
男の答えを聞いて、女は嬉しそうに笑うと手を伸ばして男の頬を撫でる。

「私の事嫌い?」

「嫌いとか、そうじゃなくて」

首を傾けてみせる女の仕草に、心臓がうるさく脈打つ。
変な汗が背中をつたう。それを見透かすように女は目を細める。
そして、男の肩を軽く押す。決して強くはない力なのに逆らう事が出来ず
男はまたベットの上に縫い付けられる。

「でも、今日会ったばかりで!君の事よく知らないから・・・」

「これから知っていけばいいんじゃない?」

押し黙ってしまった男をみて女は満足そうに口角を持ち上げる。
そして、そっと男の唇に自分の唇を重ねると、今度は抵抗しなかった。

「名前も知らないのに」

「私は知ってるよ」

「え?」

「ずっと前から君を知っているよ。」

男の頭の中で激しく警告音が鳴る。
目を細めて、愛おしそうに男の頬を撫でる女。

「ずっと前から好きだったよ」

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