マリオネットララバイ 〜がらくたの葬送曲〜

新菜いに/丹㑚仁戻

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第八章

第55話 俺のせいなんだよ

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 最初に感じ取れたのは嗅ぎ慣れない匂いだった。けれど不思議と不快じゃなくて、むしろ安心する好きな匂い。
 真っ暗な視界。自分が目を閉じているんだと気付いてゆっくりと瞼を持ち上げれば、見知らぬ天井が目に入った。

「……どこ」

 呟いた瞬間、動く人の気配。身構える間もなく視界に現れたのは、酷く心配そうな顔をしたよく知る人。

「……ノエ?」
「うん、おはよう。起きれる?」

 腕を引かれて身体を起こすと、自分が知らないベッドに寝ていたのだと分かった。ノクステルナにしては小さいセミダブルサイズのベッドで、シーツの素材も一般的な感じ。ノエが私の太腿の横あたりに座っているせいで布団が引っ張られて居心地が悪かったから、ほんの少しだけ身体を端にずらした。
 太腿が布団の圧迫感から解放された後、さらに周りを見渡せばそこは六畳程度の広さしかなくて、やたらと広い部屋の多かったノクステルナにしてはやっぱり珍しいなと首を傾げる。

「ここ――」
「っていうか本当にほたる?」
「――え?」

 ここはどこかとノエに聞こうとしたら、よく分からない質問をされた。えっと、これはどういう意図?

「いや、普通に私ですけど」
「じゃあキスしていい?」
「はあ!? え、ばっ……はぁああぁああああ!?」
「よし、ほたるだな」
「はぁあああああ!?」

 そういうことですね、分かります。いや理由はよく分からないけれど、ノエは私が本当に私かどうか確認するためにこんなことを言ったんだろう。

 しかしこの男は私の情緒をなんだと思っているのか。ノエは本当にするつもりがないのにすぐこういうことを言うけれど、毎回私の心臓は結構ばくばく言っているんだよ。まあノエの意図が分かった瞬間苛立ちで落ち着くけれども。
 そんなイライラを込めてノエを睨みつけたら、いつもどおりへらりとした笑みを返された。でも、どこか違和感。

「ほたるはどれだけ覚えてんの?」
「何を?」
「ここで目を覚ます前のこと」

 問われて、そういえばと記憶を辿る。私はさっきまで牢にいたんだ。そこで吸血鬼になって、ノエ達が現れて、吸血鬼になったことを後悔して……ノエが、クラトスを殺そうとした。けれどそこから身体が動かなくなった。あれは多分――。

「……私、スヴァインに操られてたの?」
「自覚があるってことは、操られてる間のことも覚えてる? あと身体どこも痛くない? もう治ってるはずだけど」

 ノエの言葉に、無意識のうちに両腕を確認する。覚えているのは骨の折れる音。あの時は操られていたせいか、痛みをろくに感じていなくて実感がないけれど、ノエが心配するということは現実に私の腕は折れたのだろう。気絶している間に治ってくれたみたいで、痛い思いをしなくて助かったと考えながら「うん、大丈夫そう」と返事をした。

「それに操られてた間のこともちゃんと全部覚えてる。私ノエのこと、傷つけようとした。……ごめ――」
「ほたるが謝る必要はないよ」

 私の謝罪を遮ったノエは優しく微笑っていて。それが私を安心させようとしてくれているのだと分かったけれど、やっぱりどこか変な感じがする。
 でも何が変なのかよく分からないんだよな。私の勘違いかもしれないと思うとなんと聞いたらいいかも分からない。

「とりあえず、ここはどこ?」
「俺んち」
「へえ……俺んち?」
「そう言ってるだろ。何、まだ寝ぼけてんの?」

 いや寝ぼけてないけれども。
 ノエって自分の家があったんだ。ノストノクスやラミア様のお城に自分の部屋があるのは知っていたけれど、ノエが自分の家だと言う場所があったことが意外。しかも部屋もこじんまりとしているし、周りにあるテーブルや椅子も必要最低限の質素な感じ。最初は小さいと思ったベッドもこの部屋のバランスを考えるとちょっと大きいくらいだ。多分ノエ自身が大きいから仕方がないのだろう。

「ノエの家って存在するんだ……」
「人をなんだと思ってるんだよ。外界には結構あちこちにあるよ。仕事で何日か滞在する時に不便だし」
「あ、ここ外界なんだ。じゃあこの部屋もその家の一つってこと?」
「そういうこと」

 なるほど、確かに長期間外界に滞在する場合はこういう家がなければ困るだろう。少なくともこの部屋は窓がないから、日中でも安心して過ごせる場所として用意しているのかもしれない。

「ま、この家は本当に俺の家なんだけどな」
「……たくさんの中の特別ってこと?」
「つーか子供の頃住んでた家? って言っても場所だけで建物は別物だけど」

 そう言ってノエは懐かしそうに目を細めた。それは初めて見る表情で、何かを慈しむような、温かい顔。
 思わず見入ってしまったのはどうしてだろう。むずむずとする胸に内心首を傾げるも、ノエが話し出す雰囲気があったから彼の方へと意識を戻した。

「百年くらい前に建物ごと土地が売りに出されてたからつい買っちゃったのよ。まァ、その建物も知らないやつだったから古かったしぶち壊して、んでこの地下室がある建物を建て直して」
「いや財力」
「どうにでもなるし」

 にやっと笑いながらノエは自分の目を指差した。それが意味するところに気付いて、眉間にほんの少しだけ力が入る。

「……業務外の能力行使は禁止されてるんじゃなかった?」
「バレなきゃよくない?」
「……駄目じゃないかな」

 前にノエはちゃんとそういうルールを守っているような雰囲気を出していたけれど、全然守ってないじゃないか。しかもちょっとしたことに使ったんじゃなくて、土地を買うとか家を建て直すとか、結構な大金が絡むことに使ってるあたり余計に良くないと思う。

「まあ、いいや。でもここは地下って言ってたけど、上はどうなってるの? ここ自体がシェルターみたいな感じ?」
「いんや、普通の建物だよ。店になってて貸してんの。その方が管理とか維持費の支払いとかやってもらえて楽だしな」
「へえ、何のお店?」
「いかがわしい店」
「……ん?」
「ほたるにはまだ早いよ。何、興味あんの?」
「……ないよ!」

 いやびっくりしたわ。いかがわしいお店って何だ。今までちょっといい話っぽい雰囲気出しながら話してたくせに、なんで急にそんな話になるの。っていうか思い出の土地でいかがわしい店なんてやっちゃ駄目だよ。思い出汚す気か。
 と、私があれこれ考えていると、ノエが凄くにやにやした顔でこっちを見ていることに気が付いた。……もしかしてこれはあれか。そういうことか。

「ただのバーだよ。どんな店だと思ったの?」
「言い方! いかがわしいって、別にバーなら普通じゃん!」
「いかがわしいよ。だって店主いつも半裸だし」
「それは何故」
「筋肉見せたいんだって。で、ほたるは何の店だと思ったわけ?」
「……うるっさい!」

 私が顔を真っ赤にして怒鳴ると、ノエは腹を抱えて笑い出した。ああもう、やっぱりそうだ。最初から私をからかうつもりだったんだ、この男は。
 そう思うと凄く悔しいのに、なんだかいつもより雑なからかい方にいよいよこれは変じゃないかという気がしてくる。ノエは思い切り笑っているけれど、なんだかその笑いも無理しているような。

「……ノエ、もしかして元気ない?」

 私が問うと、ノエはぴたりと動きを止めた。驚いたように目を見開いて、私の方を見たまま完全に固まっている。

「……俺、何か変だった?」
「からかい方が雑」
「あらま、それは失礼」
「いやからかうこと自体失礼なんだけど。っていうかね、なんかそもそも雰囲気がいつもと違う気がする」

 私の言葉に、ノエは観念したと言わんばかりに両手を軽く上げた。

「目敏い子だなー。あれか、日本人の空気読む技か」
「多分違うと思うけど……どうしたの? 何か……は、色々あったけど」

 考えてみればたくさんあった。どれがノエにとって元気を失くすような出来事なのかは分からないけれど、少なくともクラトスには凄く怒っていたから、もしかしたらそれ関連なのだろうか。
 というか私に話してくれるのかな。また適当にはぐらかされてしまうかも――そう思うと少し怖かったけれど、私は「できれば聞かせて欲しい」とノエの目を見つめた。

「あー……まァ、ほたるにも関係あることだしな」
「私?」
「そう。ほたる、スヴァインに乗っ取られてた間の記憶あるんだろ? あいつがほたるの口借りて言ってたことも覚えてる?」
「覚えてるけど……」

 何と言っていただろうか、と記憶を辿る。確か私の種子がどうのこうのって言っていたな。休眠状態だったのに目覚めたとかなんとか。あと少しで全部思い出せそうというところで、「俺のせいなんだよ」というノエの声に遮られる。

「え?」
「ほたるの中の種子が目覚めたの、俺があの時ほたるに会いに行ったからだ」
「……そう、なの?」

 なんでそういうことになるのか分からなくてノエを見れば、辛そうに目を細めているのが分かった。

「ああ。あの時ほたるのところに行った執行官が俺じゃなきゃ、ほたるの中の種子は目覚めなかった。……俺が問答無用でノクステルナに連れてきたから、ほたるは母さんの死に目にも会えなくなった。それに俺が色々話さないから人間辞めることにもなったんだろ? 俺がもっと早くスヴァインを殺せていれば間に合ったかもしれないのに……。だから俺がいなかったらほたるは今頃普通に暮らしてたはずなんだ。もしかしたらスヴァインだってほたるの母さんを殺さなかったかもしれない。俺が――」
「ノエ!」

 思わず大声で呼べば、ノエがびくりと肩を揺らす。
 こんなノエ見たことがない。一気に話し出したと思ったらどんどん苦しそうになっていって、それを見ていたら私も凄く辛くなった。だってノエがこんなふうに矢継ぎ早に話す時は、自分のためじゃないって知っているから。

「ノエのせいじゃない。お母さんのことは誰のせいでもないって言ったのはノエでしょ? それに吸血鬼になるって決めたのは私だよ、ノエじゃない。他にも色々言ってたのも全部多分ノエのせいじゃないと思うし、どうしてそんなに自分を責めるの?」
「……俺のせいだからだよ」
「だから違うって!」
「種子が目覚めたのは確実に俺のせいだ」

 そう言って、ノエは強い目で私を見る。

「初めて会った時、ほたるから情報を聞き出すために力を使った。でも種子持ちだって分かったから、結構本気でやったんだよ」
「……うん」
「あれのせいでほたるの中の種子が目覚めた。俺の催眠に抵抗しようとしたから。俺以外の奴がやってたらそうはならなかったのに」
「なんでそう言い切れるの? 偶然だったかもしれないじゃん」
「偶然じゃない。俺に操られないようにするためには本気で抵抗しないといけないから目覚めたんだよ。スヴァインの種子なら完全に目覚めなくても他の奴の洗脳には抵抗できたかもしれないのに、俺がやったから」

 そこまで言うと、ノエはぎゅっと目を瞑った。でもまだなんでノエのせいになるのか分からなくて、思わず「どういうこと?」と問いかける。するとノエは意を決したようにゆっくりと瞼を上げて、その青い瞳を私に向けた。

「俺とスヴァインの序列は同じだから――俺の親もアイリスなんだよ」
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