ルール

新菜いに/丹㑚仁戻

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容喙

〈四〉鬼の声

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「――んで、君も一緒に隠れるの?」

 別の教室に移動した後、散乱した机の陰に身を潜めたタケルは自分の隣に座る少女に問いかけた。

「うん。だめ?」
「いや、いいよ」

(いいのかよ……)

 二人のやり取りを見ながら、蓮は「一人で隠れてはいけない」という言葉を思い出していた。

(一人で隠れちゃ駄目っつーか、一人で隠れさせてもらえないってことか?)

 少女が付いてきてしまうのであれば、かくれんぼに参加している鬼以外の誰か一人は彼女と二人で隠れることになるだろう。

「蓮はここでいいのか?」
「ああ。まとまってた方が鬼が早く終わるだろ」
「やっさしー」
「お前と違って歪んでないだけだよ」

 元々蓮は一人で隠れようと思っていたが、このかくれんぼでは全員まとまって隠れていても問題ないことを思い出しタケルと隠れることにしたのだ。
 ヒロには一人でこの旧校舎にいること自体が苦痛だろう。一度で全員見つけられれば、早く鬼が交代できて彼にとっては楽になるはずだ。

「――も、もういいかーい?」

 少しすると、廊下の方から少し震えたヒロの声が聞こえてきた。蓮はタケルと顔を見合わせて、「もういいよー」と二人で気だるげな声を上げる。その様子を見ていた少女は楽しそうに笑って、彼女もまた「もういいよ」と後に続いた。

(こうして見てると普通の女の子だけどな……)

 純粋にかくれんぼを楽しんでいる様子の少女を見ながら蓮は目を細めた。
 あの怪談の元となった悲劇のことは、タケルから聞いて蓮も知っている。この小学校の近くに住む男が少女二人をここで殺害、遺体をバラバラにして遺棄した。そしてその現場を見てしまった無関係の男をも同じように殺害後、最終的には犯人の男も自殺した――多少推測や脚色も含まれているだろうが、大筋はそこまで事実と違わないだろう。
 つまりここでは四人も人が死んでいるのだ。こうしてこの世に未練を残し留まっているのはその四人のうちの一人だけのようだが、この少女は自分が死んだと理解できていないのかもしれない――タケルから事前に聞いていなければ迷い込んだ子供にしか見えない少女に、蓮はふとそう思った。

 少し痩せている上に着ているワンピースのデザインも多少の古臭さを感じるが、外で会ったなら気にも留めないだろう。こんな普通の少女が悲惨な目に遭ったのだと考えると、蓮はたまに遊んでやらないと可哀想だという考え方も理解できる気がした。

「――蓮」

 思考に沈んでいた蓮を、タケルの小さな声が現実に引き戻した。なんだと思って蓮がタケルの方を見てみれば、彼は右手の人差し指を口元に当て、もう片方の手で自分たちの後ろ――教室の入り口の方を指している。

(もうそこまで来てるってことか)

 タケルの言いたいことを察した蓮は頷いて、ヒロが自分たちを見つける瞬間に備えようと小さく身じろぎをした。その時――

「ッうわぁあああ!」

 突如近くから響いた悲鳴が蓮の耳を貫いた。思わず身体を揺らしながら声の方を見ると、そこには酷く怯えた様子のヒロがいる。悲鳴の正体が分かった蓮は、バクバクとうるさい心臓を落ち着けるように胸を押さえながら大きく息を吐いた。

「なッ……んだよ、ヒロかよ」
「なんで見つけた方が驚くんだよ」

 ヒロの悲鳴にはタケルも驚いたらしい。珍しく顔を顰めながらヒロを睨みつけるように見上げていた。

「だ、だって一緒にいるとは思わねェだろ!?」
「一緒? ああ、この子か」

 ヒロが指差していたのは少女で、大方幽霊の彼女を見つけてしまったことに驚いたのだろう――そう分かると、蓮は身体から一気に力が抜けるのを感じた。一体何事かと思ったのに、ただ驚いただけとは紛らわしいにも程がある。
 一方でヒロの悲鳴の原因となった少女はといえば、「見つかっちゃった」と暢気に小首を傾げていた。

「もうおしまい?」

 少女に尋ねられヒロがたじろぐ。だが彼が何かを言う前に、横からタケルが「そうだな、おしまいにしよう」と声を上げた。

「遊んでくれてありがとうな」
「ううん、わたしもありがとう」

 そう言って笑うと、少女の姿はふっと消えてしまった。

「もう終わりなのか? ――……ッ!?」

 急に消えてしまった少女に周りを見渡そうとした蓮の動きを、強い違和感が妨げた。

(景色が変わった……?)

 それは気の所為とは思えなかった。気の所為を疑えるほど軽微な違いではなく、だからと言って全く知らない場所にいるわけでもない。

(旧校舎、だよな……? でも……)

 そこは先程までいた教室ではなかった。だが確実に見覚えがあり、隣にもヒロが座っている。

「……ヒロ?」

 それはおかしい、と蓮の中で小さな声が囁いた。

(そうだ、ヒロじゃない。今まで隣にいたのはタケルだ。しかもこんなに窮屈じゃなかった)

 それなのに、隣を見れば驚いたような顔をしているヒロと目が合った。タケルはその奥にいて、彼もまた目を丸めている。

(この状況は――)

 この状況には覚えがある――蓮の頭に浮かんだのは、まだ少女と出会う前のこと。男三人で教室の扉の裏側にぎゅうぎゅう詰めで隠れていた時の記憶。そして今自分の目に映るのは、その記憶と寸分違わぬ景色。

「……夢?」

 思わずそう口にすれば、タケルが「あー……そういうことか……」と呟く声が聞こえてきた。

「どういうことだよ」
「俺ら三人仲良く意識飛ばしてたってことじゃねーの? それか時間が巻き戻ったか。まあ時計見てないから分からないけど」
「はあ? 何意味分かんないこと言ってんだよ」
「ハツネチャンとのかくれんぼ中は閉じ込められるって話だったろ。多分あの子の世界に閉じ込められてた的な感じだと思うんだけど」
「いや余計ワケわかんねーよ」

 タケルは何やら納得した様子だが、蓮は納得できなかった。彼がそれなりの説明をしてくれていればまだ違ったが、納得しているタケル本人ですら何が起こったか完全には理解できていないのは彼の口振りで明らかなのだ。

「でも蓮だって今までハツネチャンとかくれんぼしてた記憶あるんだろ?」
「それは……」
「ヒロは?」
「俺もあるけど……」
「じゃあそういうことだよ。三人で同じ夢を見るなんて有り得ない。だったらハツネチャンとかくれんぼしてて、その間は何か不思議なことが起こってたって考えた方が分かりやすくない?」

(それはそうかもしれないけどよ……)

 それを何か不思議なこと、で片付けてしまうタケルに蓮は顔を顰めた。だがすぐにいくら考えても無駄だと気付き顔の力を緩める。元々心霊現象という誰も証明できないものを体験しに来たのだ。それに対して納得できる説明を求める方がような気がした。

「ってことは、もうかくれんぼは終わったってことだな?」

 身を乗り出すようにヒロがタケルに確認する。彼もまた何が起こったか理解はできていないようだが、その雰囲気からは早く帰りたがっているのがひしひしと伝わってきた。

「終わりだよ。鬼になってハツネチャンを見つけたらそこで終わりって言ってあっただろ?」
「よし、じゃあ帰ろう」

 急に元気になったヒロを横目に、蓮は「流石に呆気なさすぎないか?」とタケルに視線を移す。

「確かに変なことは起こったけど、あんな適当なかくれんぼ一回でいいわけ?」
「いいから俺らはこうしてるんだろ? それに余計なことはしちゃいけないらしいんだよ。ってことで帰ろうぜ」

 蓮は未だ納得できなかったが、タケルに促されて立ち上がるとそのままヒロと共に廊下に向かって歩き出した。
 来た時よりも明るく感じるのは、既にここに巣食う霊と対峙したからだろうか。それともそれだけ時間が――

(いや、考えるのはやめよう)

 来た時間さえ正確なものは覚えていないのだ。単に行きは雲のせいで月明かりが入らなかっただけかもしれない。そして本当に雲のせいかも、まともに空を見た記憶がないためはっきりとしたことは言えない。
 結局、いくら考えたところで分からないのが目に見えているのだ。そんなことに気を割いて、変な考えに囚われてしまうのは嫌だった。

「――しっかしまー、全然怖くなかったな」

 蓮が考え事をしていると、ヒロの明るい声が聞こえてきた。

(どの口が言ってんだよ)

 肝試しが終わったことに余裕が戻ってきたのか、ヒロは先程まで怯えていたことを棚に上げて余裕だと言いたげな振る舞いをしている。

「お、ヒロってば怖いの克服したの?」
「は? 元々怖くねェし」
「またまたぁ」

 いつもどおりの軽口を言い合いながら、三人でギシギシと軋む廊下を歩いていく。とはいえ元いた場所が昇降口から近い位置の教室だったため、すぐに出口である昇降口に到着した。

「また来る?」

 自分に向けられたタケルの問いに、蓮は従姉妹を連れてくるかという意味だと気付き、これまでのことを思い返した。

(危険はないか……)

 従姉妹であれば物足りないと言いそうだが、これくらい呆気なく終わってくれた方が心霊現象の体験としてはちょうどいいのかもしれない。

「まあ、こういうのだったらいいかもな」
「んじゃ俺も参加で。ヒロは? やっぱ怖い?」
「怖くねェって! 参加に決まってんだろ!」
「無理しなくていいけど?」

 からかうようなタケルの物言いに、ヒロはムッと眉間に力を入れた。

「無理じゃねェ! またみんなでかくれんぼしようぜ、ハツネチャン!」

(ガキかよ……)

 ほら見ろと言わんばかりの顔でヒロが蓮たちを見やる。
 その視線を無視して、タケルは「はいはい」と言いながら扉に手を伸ばした。

「なんだよ、何か言いたいことあるなら言えよ!」
「……やめとけヒロ、最悪ここに置いてかれるぞ」
「えっ……」

 蓮が言えば、ヒロはぴたりと動きを止める。

(怖いなら素直に認めればいいのに……)

 変に強がるからタケルを面白がらせてしまうのだ――ヒロの様子に溜息を吐きながら蓮がタケルの反応を窺うと、いつもと違う雰囲気を放つ背中が目に入った。

「タケル、どうした?」
「……開かない」

 扉に手をかけたまま、タケルがぼそりと呟く。

「何言って……」
「扉、開かないんだけど」
「入ってきた時鍵閉めたんじゃねーの?」
「……鍵は開いてる」

 そう言って自分の方を見てきたタケルの顔は、彼には珍しく強張っていた。

(演技か……?)

 ヒロを脅かそうとしているのであれば有り得なくもない。だがいつもと違って蓮にはすぐに判断がつかなかった。

「おいおい、変なこと言うなよ」

 ヒロがやや震えた声でタケルに言う。

「本当だって! お前も試して――……今、何か言ったか?」
「は?」
「今何か、声みたいな……」

 キョロキョロと辺りを見渡すタケルに、ヒロが「また驚かせようとしてるのか……?」と言いながら彼を睨みつける。その声はやはり震えていたが、視線はタケルに向けたまま耳をそばだてているのが蓮にも分かった。

(声なんて……)

 蓮もタケルの悪ふざけかもしれないと思いながらも、二人の様子につられて耳を澄ませた。すると――

「ごー…………く……しー……」

(なんだこれ……)

 確かに蓮の耳にも、何かの音が届いた。咄嗟にタケルとヒロの口元を見るが、彼らが声を発している様子はない。

「聞こえる……」

 蓮が小さく呟けば、タケルとヒロが顔を青ざめさせた。

「やっぱり聞こえるよな……?」
「なんなんだよこれ!」
「ハツネチャンとか……?」
「いや、これは……」

 違う――そう気付いた瞬間、蓮の脳裏にはタケルの言葉が蘇った。

『余計なことはしちゃいけないらしいんだよ』

 どうしてそれを思い出したのかは分からない。だが蓮を急に襲ってきた恐怖は、身の危険を知らせるものだった。




【 容喙ようかいしてはいけない・完 】
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