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第十章 近衛隊長の屋敷
5 ピノの本心(妖精視点)
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5 ピノの本心(妖精視点)
「ねえピノ。お出かけ?」
ピノは、ドアノブに手をかけたまま飛び上がって、僕を振り返った。
「起きてたの?!」
「いや、寝てたよ。寝てた。大丈夫!」
ピノのきまり悪そうな顔。子犬みたいなほわほわ眉毛をひそめて、僕をじっと見る。
「大丈夫って……何がだよ」
「氷面鏡に映ったアリスにチュウしてるとことか、僕、見てないから」
「相当前から起きてんじゃねえかよ!」
「目、さめちゃったもんはしょうがないでしょうが」
ピノが一人でごそごそしてるのがいけないんだもん。こんな真夜中だっていうのに。僕ら二人、クマのぬいぐるみみたいに抱き合って寝てるんだから、気が付かないわけがないじゃない。
僕を置いてどこかへ出掛けるつもりらしいピノを、僕はベッドから、ぼーっと見守ってたんだ。別に干渉するつもりは全くないんだけど。
「ずいぶん、おめかししてるんだね」
ついさっき、ピノが髪に櫛を入れたのをこの目で見たんだ。あの、常にナチュラル自然体なピノが。
「もー! おまえ、最っ悪だな!」
ピノは真っ赤になって髪をぐちゃぐちゃにする。
「どこ行くの? こんな真夜中に」
「すぐ戻るから」
「ピノ……」
僕は起き出して、枕もとのマントを取ると、ピノの体を包んでやった。僕の愛用している深緑のフード付きのマント。
「これ着ていきな? 外は寒いよ」
「プリッツ……」
ピノは、何か言いたそうな目で僕を見上げる。この様子、さては一人で行くのが心細いんだな、実は。
「もしかしてピノ、アリスに逢いに行こうとしてる?」
「な、なぜわかる?!」
そりゃ分かるよ。アリスが出てった日から、ため息ばっかり。暇さえあれば氷面鏡を覗いて。僕と遊んでいても、二言目には「アリス」。蜜だって、「アリスみたいに舐めて」って注文してくる。僕の蜜を舐めながら、「アリスの蜜もこんなに甘いかなあ」なんて聞いてくる。
あんまり一途だから、怒るのを通り越して、笑ってしまう。とにかくピノの頭のなかは、アリス色に染まっちゃったんだ。探しに行くって言いだすのも時間の問題かなって思ってた。
「……ごめん」
「どうして謝るの?」
「だってお前は、俺に惚れてるんだろ?」
「へ?」
は、初耳なんですけどー!?
「俺だって、おまえの蜜とか、笑った顔とか、好きだし……。実際問題、俺だって、ここ数百年一緒に暮らしてきて、お前なしじゃダメな身体になってしまってはいる。いるけれども。それは認めるけれども。しかしだな……」
「は??」
ちょっとまってピノくん? 君はつっこみ、僕はボケる。これが僕らのセオリーだよね? 今夜は一体どうしたの? どこからつっこめばいいのかわからないよ!
「俺はやっぱり……アリスが欲しいんだ!」
「そ、ソウデスカ」
今更言われなくても判ってるよ。ピノはアリスが欲しくてたまらないんだ。いや、僕だってアリスが家にいたらいいなとは思うよ。しかしピノの執着ぶりには負けるかもしれない。
「なあ、遅すぎるとは思わないか? アリスが出て行ってから、もう3日も経つんだぞ? なぜ戻ってこないんだろう」
「な、何言ってるんだよピノ……」
アリスが戻ってくるわけないじゃない。ピノは自分でアリスにかけた魔法を忘れてしまったんだろうか。
「あのさ、ピノ? 今頃アリスは『この国でいちばん賢くて権力があってハンサムな男』にめためたに可愛がられてるはずだよ。ちゅっちゅして、あっちもこっちもとろとろにしてアンアン言って大忙しだ。ピノが魔法でそうしたんじゃん。だからこんなところに戻ってくるはずないよ」
ピノは、ゴマフアザラシの子供かというくらいキュートな顔を傾けて、僕の顔をじっと見た。言っている意味がわかっていないらしい表情に、僕が若干戸惑い始めた時だった。
「ふ。あは、あはははは!」
ピノは片手で顔を覆うと、肩をゆすって高笑いを始めた。
とうとうこわれたか。背中をさすってやろうと手を回した途端、ピノは不意にピタッと黙って、唇の片端をニヤリと持ち上げた。
「ふっ……ばかめ」
「???」
な、なんてこった! ピノが、老獪な狸のように見えるなんて。何なんだその悪役っぽい笑みは。
「ふっふっふ。お前、何にもわかってないな……。この俺が、タダのお人好しでそんな贈り物をするとでも思っていたのか?」
「ほえ?」
そりゃ、意外な気はしてた。ピノはアリスにぞっこんだって知ってたから。
「いや、不思議だなあとは、思ったんだけどさ。他の男とアリスがくっつくように願ったりするなんて」
「理由を考えはしなかったのか?」
「そりゃ、考えたよ? 考えた結果、ピノは、ほんっとーにいいやつなんだなあってとこに落ち着いたんですけど」
ピノの耳が、なぜか赤くなった。なんなのよ、その失笑をこらえてるみたいな顔は?
「違った……の?」
「お前のそういうとこ嫌いじゃないぞ」
「もー、何? さっきからちょいちょい上から目線なのが気になるんですけど」
「いいか? 彼は絶対俺のところに戻ってくる。他でもない、この俺の贈り物のゆえにだ!」
「『彼』?」
ピノがアリスを「彼」って呼んだ。一瞬誰の事だかわからなかった。僕のなかではアリスは可愛い女の子。でもそうだった、アリスは女装した男の子なんだった。僕らにとっちゃ、どっちでも大差ないけどね。
「そう、『彼』だよ。俺の言ってること、わかった?」
「ん……?」
僕はじーっとピノの興奮気味の顔を見つめたまま、いろいろ考えてみるけど何もぴんと来ない。
「人間界では男同士の恋愛はご法度だ。すべてを失う覚悟がないと、貫くことなんてできないんだ。さらに言えば、女装がはまりまくりとはいえアリスはノンケだ。男から愛されたって嬉しくないって言ってただろ」
「うん。つい女の子のつもりになっちゃって、変な贈り物しちゃった。そっか、人間にしたら大問題だったのかな。僕たち悪いことしたよね……」
「俺まで真正バカと一緒にするな」
「は?」
ピノは腕組みをしてにんまり笑う。
「もしかして、ピノは、アリスが困るってわかってて、わざと男から愛されるように魔法をかけたっていうの?」
「あたぼうよ」
背筋が寒くなる。
「アリスは、好きでもない男から言い寄られて、どうすると思う?」
「えっとー、とりあえず抱かれてみる」
すぱーんと突っ込みが飛んできた。無言の突っ込みは珍しすぎてちょっと涙目になってしまった。
「痛ったい! 冗談だよっ!」
「言って良いことと悪いことがあろう! さらにそれは冗談ですらない。笑えないから」
くっそー、お言葉ですけど今の突っ込みもまじすぎて笑えないからね!
「ぼうりょくはんたいっ……!」
「あーはいはい」
おざなりに頭を撫でられた。
「プリッツさんにもわかるようにざっくりいえばだな、男に言い寄られて困っているであろうアリスに、救いの手を差し伸べに行こうとしてるのよ俺は……」
そういうことか。あの贈り物は、アリスをわざと困らせて、自分を頼りにさせるためのものだったんだ。
「で、でも、意外と、アリスだってその男を好きになっちゃうかもよ? だってこの国で一番ハンサムで賢い人なんでしょ? 言っちゃわるいけど、ピノよりずっと有利じゃん」
「え、ごめん、なんで俺より有利なのかが分からない」
「え!」
「え?」
ピノに笑顔で問い返されて、僕は何も言えない。
「そりゃまあね。アリスがそっちに目覚めちゃう可能性がゼロとは言わないよ。でもさ、百歩譲って、アリスが、その男の熱意にほだされて、愛するようになったとしても……知性も美貌も権威もそろった男が、自分のためにすべてを捨てて不幸になるなんて。あの天使のように優しいアリスが、そんなことに耐えられると思うか?」
「思わ……ない」
「だろ? 心優しいアリスのことだ。嫌われるなり逃げるなりして、身を引こうとするにきまってる。ところが、だ。彼に惚れてる男はこの国で一番権力のある男。そうやすやすとアリスを逃がすわけがない。あらゆる手を使って彼をしばりつけにかかるだろう」
「は……い、はいはい」
ちょっと見えてきたぞ。古狸ピノの言わんとすることが。
「この国一番の権力者から逃げるんだ。そう簡単なことじゃない。アリスに残された行き先は限られてくる。さて、この国で唯一、人間界の権力が及ばない場所といえば……?」
「この森」
「正解!」
暖かな小屋の外では、今も深い森を包む雪はきりきりと旋回し、濃紺の夜を白い輝きの中に沈めていく。
「ピノ。だったら、この森で待っていればいいじゃない。アリスは自分からここへ逃げて来るんでしょ? わざわざピノが、こんな真夜中に出向く必要ないんじゃないの?」
「いや……そうもいかなくなってきた」
ピノはフードを目深にかぶって、僕に背を向けた。
「俺の計算より、少し時間がかかりすぎてるんだ。気がかりだから、偵察に行ってくる」
少し硬くなったピノの表情に、胸騒ぎがする。気がかりって、まさか。僕は駆け寄って、ピノの手を取った。
「ピノ。人間界から手を切る方法は、『この森』へ来ることだけとは限らないよね?」
「……」
「アリスのことだもん。もしかしたら『あの世』へ……」
「言うな!」
ピノの剣幕に、僕は口をふさぐ。言霊が宿るこの森で、軽率なことは言ってはいけない。
人間嫌いのピノがわざわざ森を出てお迎えに行くのは、単に待ちきれないからじゃない。ピノが心配してるのは、アリスが最悪の選択をしてしまうこと。
「それ以上言わないで……お願いだから」
僕の胸にすがりついてくるピノを、いつものようにぎゅっと抱きしめた。散々人の事バカにしておいてからに。いたずら好きで、頭がよくて、仕切り屋のピノ。一人で勝手にとんでもないことをしでかしては、結局僕のところにすがりに来る。
「じゃあ行ってくる。絶対、アリスと一緒に戻るから」
ちょっと震えてるぢゃないか、ピノ! 本当に大丈夫なの? なんでちょっと涙目なの。可愛い。守ってあげたくなる。
僕が思わずキスすると、大人しく目を閉じた。アリスに夢中のくせに、なんでそんな顔でキスされちゃうわけ。僕がピノに惚れてるだって? どう考えたって逆でしょ、逆……。
「待ってピノ、僕も行くよ」
「ダメだよ、バカ」
「ば……」
「留守の間にアリスが来るかもしれないだろ。おまえはここで待ってろ」
ピノはそういうなりさっとフクロウに身を変えると、常冬の森のなかへ飛び出していった。
まったく、こんな時まで上から指図すんのね。一人で人間界に出て行って大丈夫なの? なんだかんだ言って、けっこう詰めが甘い癖にぃぃ!
「アリスに何かあったら承知しないからなーーー!」
ピノの心配なんかしてないんだからね。アリスが心配だから言われたとおりに家にいてやる!
待つ身の辛さも判ってない自分勝手なフクロウが、夜空に消えていった。ホウ、と一声。何かむかつくことを言い返してるのが分かった。
「ねえピノ。お出かけ?」
ピノは、ドアノブに手をかけたまま飛び上がって、僕を振り返った。
「起きてたの?!」
「いや、寝てたよ。寝てた。大丈夫!」
ピノのきまり悪そうな顔。子犬みたいなほわほわ眉毛をひそめて、僕をじっと見る。
「大丈夫って……何がだよ」
「氷面鏡に映ったアリスにチュウしてるとことか、僕、見てないから」
「相当前から起きてんじゃねえかよ!」
「目、さめちゃったもんはしょうがないでしょうが」
ピノが一人でごそごそしてるのがいけないんだもん。こんな真夜中だっていうのに。僕ら二人、クマのぬいぐるみみたいに抱き合って寝てるんだから、気が付かないわけがないじゃない。
僕を置いてどこかへ出掛けるつもりらしいピノを、僕はベッドから、ぼーっと見守ってたんだ。別に干渉するつもりは全くないんだけど。
「ずいぶん、おめかししてるんだね」
ついさっき、ピノが髪に櫛を入れたのをこの目で見たんだ。あの、常にナチュラル自然体なピノが。
「もー! おまえ、最っ悪だな!」
ピノは真っ赤になって髪をぐちゃぐちゃにする。
「どこ行くの? こんな真夜中に」
「すぐ戻るから」
「ピノ……」
僕は起き出して、枕もとのマントを取ると、ピノの体を包んでやった。僕の愛用している深緑のフード付きのマント。
「これ着ていきな? 外は寒いよ」
「プリッツ……」
ピノは、何か言いたそうな目で僕を見上げる。この様子、さては一人で行くのが心細いんだな、実は。
「もしかしてピノ、アリスに逢いに行こうとしてる?」
「な、なぜわかる?!」
そりゃ分かるよ。アリスが出てった日から、ため息ばっかり。暇さえあれば氷面鏡を覗いて。僕と遊んでいても、二言目には「アリス」。蜜だって、「アリスみたいに舐めて」って注文してくる。僕の蜜を舐めながら、「アリスの蜜もこんなに甘いかなあ」なんて聞いてくる。
あんまり一途だから、怒るのを通り越して、笑ってしまう。とにかくピノの頭のなかは、アリス色に染まっちゃったんだ。探しに行くって言いだすのも時間の問題かなって思ってた。
「……ごめん」
「どうして謝るの?」
「だってお前は、俺に惚れてるんだろ?」
「へ?」
は、初耳なんですけどー!?
「俺だって、おまえの蜜とか、笑った顔とか、好きだし……。実際問題、俺だって、ここ数百年一緒に暮らしてきて、お前なしじゃダメな身体になってしまってはいる。いるけれども。それは認めるけれども。しかしだな……」
「は??」
ちょっとまってピノくん? 君はつっこみ、僕はボケる。これが僕らのセオリーだよね? 今夜は一体どうしたの? どこからつっこめばいいのかわからないよ!
「俺はやっぱり……アリスが欲しいんだ!」
「そ、ソウデスカ」
今更言われなくても判ってるよ。ピノはアリスが欲しくてたまらないんだ。いや、僕だってアリスが家にいたらいいなとは思うよ。しかしピノの執着ぶりには負けるかもしれない。
「なあ、遅すぎるとは思わないか? アリスが出て行ってから、もう3日も経つんだぞ? なぜ戻ってこないんだろう」
「な、何言ってるんだよピノ……」
アリスが戻ってくるわけないじゃない。ピノは自分でアリスにかけた魔法を忘れてしまったんだろうか。
「あのさ、ピノ? 今頃アリスは『この国でいちばん賢くて権力があってハンサムな男』にめためたに可愛がられてるはずだよ。ちゅっちゅして、あっちもこっちもとろとろにしてアンアン言って大忙しだ。ピノが魔法でそうしたんじゃん。だからこんなところに戻ってくるはずないよ」
ピノは、ゴマフアザラシの子供かというくらいキュートな顔を傾けて、僕の顔をじっと見た。言っている意味がわかっていないらしい表情に、僕が若干戸惑い始めた時だった。
「ふ。あは、あはははは!」
ピノは片手で顔を覆うと、肩をゆすって高笑いを始めた。
とうとうこわれたか。背中をさすってやろうと手を回した途端、ピノは不意にピタッと黙って、唇の片端をニヤリと持ち上げた。
「ふっ……ばかめ」
「???」
な、なんてこった! ピノが、老獪な狸のように見えるなんて。何なんだその悪役っぽい笑みは。
「ふっふっふ。お前、何にもわかってないな……。この俺が、タダのお人好しでそんな贈り物をするとでも思っていたのか?」
「ほえ?」
そりゃ、意外な気はしてた。ピノはアリスにぞっこんだって知ってたから。
「いや、不思議だなあとは、思ったんだけどさ。他の男とアリスがくっつくように願ったりするなんて」
「理由を考えはしなかったのか?」
「そりゃ、考えたよ? 考えた結果、ピノは、ほんっとーにいいやつなんだなあってとこに落ち着いたんですけど」
ピノの耳が、なぜか赤くなった。なんなのよ、その失笑をこらえてるみたいな顔は?
「違った……の?」
「お前のそういうとこ嫌いじゃないぞ」
「もー、何? さっきからちょいちょい上から目線なのが気になるんですけど」
「いいか? 彼は絶対俺のところに戻ってくる。他でもない、この俺の贈り物のゆえにだ!」
「『彼』?」
ピノがアリスを「彼」って呼んだ。一瞬誰の事だかわからなかった。僕のなかではアリスは可愛い女の子。でもそうだった、アリスは女装した男の子なんだった。僕らにとっちゃ、どっちでも大差ないけどね。
「そう、『彼』だよ。俺の言ってること、わかった?」
「ん……?」
僕はじーっとピノの興奮気味の顔を見つめたまま、いろいろ考えてみるけど何もぴんと来ない。
「人間界では男同士の恋愛はご法度だ。すべてを失う覚悟がないと、貫くことなんてできないんだ。さらに言えば、女装がはまりまくりとはいえアリスはノンケだ。男から愛されたって嬉しくないって言ってただろ」
「うん。つい女の子のつもりになっちゃって、変な贈り物しちゃった。そっか、人間にしたら大問題だったのかな。僕たち悪いことしたよね……」
「俺まで真正バカと一緒にするな」
「は?」
ピノは腕組みをしてにんまり笑う。
「もしかして、ピノは、アリスが困るってわかってて、わざと男から愛されるように魔法をかけたっていうの?」
「あたぼうよ」
背筋が寒くなる。
「アリスは、好きでもない男から言い寄られて、どうすると思う?」
「えっとー、とりあえず抱かれてみる」
すぱーんと突っ込みが飛んできた。無言の突っ込みは珍しすぎてちょっと涙目になってしまった。
「痛ったい! 冗談だよっ!」
「言って良いことと悪いことがあろう! さらにそれは冗談ですらない。笑えないから」
くっそー、お言葉ですけど今の突っ込みもまじすぎて笑えないからね!
「ぼうりょくはんたいっ……!」
「あーはいはい」
おざなりに頭を撫でられた。
「プリッツさんにもわかるようにざっくりいえばだな、男に言い寄られて困っているであろうアリスに、救いの手を差し伸べに行こうとしてるのよ俺は……」
そういうことか。あの贈り物は、アリスをわざと困らせて、自分を頼りにさせるためのものだったんだ。
「で、でも、意外と、アリスだってその男を好きになっちゃうかもよ? だってこの国で一番ハンサムで賢い人なんでしょ? 言っちゃわるいけど、ピノよりずっと有利じゃん」
「え、ごめん、なんで俺より有利なのかが分からない」
「え!」
「え?」
ピノに笑顔で問い返されて、僕は何も言えない。
「そりゃまあね。アリスがそっちに目覚めちゃう可能性がゼロとは言わないよ。でもさ、百歩譲って、アリスが、その男の熱意にほだされて、愛するようになったとしても……知性も美貌も権威もそろった男が、自分のためにすべてを捨てて不幸になるなんて。あの天使のように優しいアリスが、そんなことに耐えられると思うか?」
「思わ……ない」
「だろ? 心優しいアリスのことだ。嫌われるなり逃げるなりして、身を引こうとするにきまってる。ところが、だ。彼に惚れてる男はこの国で一番権力のある男。そうやすやすとアリスを逃がすわけがない。あらゆる手を使って彼をしばりつけにかかるだろう」
「は……い、はいはい」
ちょっと見えてきたぞ。古狸ピノの言わんとすることが。
「この国一番の権力者から逃げるんだ。そう簡単なことじゃない。アリスに残された行き先は限られてくる。さて、この国で唯一、人間界の権力が及ばない場所といえば……?」
「この森」
「正解!」
暖かな小屋の外では、今も深い森を包む雪はきりきりと旋回し、濃紺の夜を白い輝きの中に沈めていく。
「ピノ。だったら、この森で待っていればいいじゃない。アリスは自分からここへ逃げて来るんでしょ? わざわざピノが、こんな真夜中に出向く必要ないんじゃないの?」
「いや……そうもいかなくなってきた」
ピノはフードを目深にかぶって、僕に背を向けた。
「俺の計算より、少し時間がかかりすぎてるんだ。気がかりだから、偵察に行ってくる」
少し硬くなったピノの表情に、胸騒ぎがする。気がかりって、まさか。僕は駆け寄って、ピノの手を取った。
「ピノ。人間界から手を切る方法は、『この森』へ来ることだけとは限らないよね?」
「……」
「アリスのことだもん。もしかしたら『あの世』へ……」
「言うな!」
ピノの剣幕に、僕は口をふさぐ。言霊が宿るこの森で、軽率なことは言ってはいけない。
人間嫌いのピノがわざわざ森を出てお迎えに行くのは、単に待ちきれないからじゃない。ピノが心配してるのは、アリスが最悪の選択をしてしまうこと。
「それ以上言わないで……お願いだから」
僕の胸にすがりついてくるピノを、いつものようにぎゅっと抱きしめた。散々人の事バカにしておいてからに。いたずら好きで、頭がよくて、仕切り屋のピノ。一人で勝手にとんでもないことをしでかしては、結局僕のところにすがりに来る。
「じゃあ行ってくる。絶対、アリスと一緒に戻るから」
ちょっと震えてるぢゃないか、ピノ! 本当に大丈夫なの? なんでちょっと涙目なの。可愛い。守ってあげたくなる。
僕が思わずキスすると、大人しく目を閉じた。アリスに夢中のくせに、なんでそんな顔でキスされちゃうわけ。僕がピノに惚れてるだって? どう考えたって逆でしょ、逆……。
「待ってピノ、僕も行くよ」
「ダメだよ、バカ」
「ば……」
「留守の間にアリスが来るかもしれないだろ。おまえはここで待ってろ」
ピノはそういうなりさっとフクロウに身を変えると、常冬の森のなかへ飛び出していった。
まったく、こんな時まで上から指図すんのね。一人で人間界に出て行って大丈夫なの? なんだかんだ言って、けっこう詰めが甘い癖にぃぃ!
「アリスに何かあったら承知しないからなーーー!」
ピノの心配なんかしてないんだからね。アリスが心配だから言われたとおりに家にいてやる!
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