氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第八章 貴賓館訪問

5 近衛兵舎(モブ兵視点)

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5 近衛兵舎(モブ兵視点)



 王宮の一角。早春でもつややかな緑に囲まれた優雅な庭園。武勇と美貌に恵まれたえりすぐりの精鋭たちが集まる近衛騎士団の営舎。

「おら、その構えはなんだ! みすみす敵に命を渡す気か!」

 青空も揺れてくだけるような怒号が響く。

「何かがあってからでは遅いぞ! この腑抜け!」 
「貴様も守れず、どうやって領主様をお守りする!」

 ああ、誰も教えてくれなんだ。ここがまさか、こんな恐怖と暴力の道場であったとは……。

「ほら、脇が甘い!」

 丁々発止と切り結ぶ最中の怒号。隊長は、息切れ一つしていない。必死で食らいつく僕と違い、あちらにはまだかなりの余裕があるのだ。

「今日は特に荒れとるな」
「いや、隊長は明らかに愉しんでいるだろ」
「ドSが吹き荒れる……」

 先輩たちが練習の手を止めて、僕と隊長の稽古を見物している。にやにやして楽しそうだ。他人事だと思ってからに……!

 だが、外野を気にしている余裕などない。恥も外聞もなく、がむしゃらに振り下ろした剣を払われ、隙だらけの脇腹を足蹴にされる。気が付いたら人垣の真ん中に飛び込んでいた。先輩方も酷い。一斉によけるものだから、頭を地面でしこたま打った。

「なんだ、もう終わりか」

 かすんだ視界のなかで、剣を背後に構えた鬼が、微笑しながら手招きした。な、なんてエロい手つきなんだ……って違う!

 頭を振って視点を合わせる。くそう、鬼め……どう見てもただの美人じゃないか。

「やあああー!」

 渾身の一撃! かわされる。会心の一撃! かわされる。最終的には、かわされついでに右手を打たれ、胴を打たれて、また砂をかむ。なんたるばいおれんす。隊長よりもまだ鬼の方が慈悲深いはず。

「なにをねらってるんだ? その無駄に長い手足は飾りか?」
「っ……まだまだぁ!」

 僕が叫ぶと、いつの間にか取り巻いている先輩たちからどよめきが起きる。我が死闘、とくと見るがいい! 僕はとうとう剣を投げ出して、隊長にタックルを試みた。さらに違った意味のどよめきが起きる。

「え、ええっ? 斬新! 新人斬新!」
「いけっ、残念な新人!」

 ……そして僕は、あっけなく玉砕した。記憶はなく、とにかくオチたらしい。稽古場から離れた木の根元まで引きずられていき、頭から水をあびせかけられた。

「ぶはっ!」
「おーい、ニケ! 大丈夫か―?」
「あ……あれは鬼だ……」
 
 先輩方がどっと笑う。

「さすがにもう、隊長のことを女神様なんて呼ぶ気は失せたか」
「はひ……鬼…もとい、軍神様とお呼びいたします」

 ああ、あの日の僕を殴りたい……。退役した軍人の父の紹介で田舎から上京してきてすぐ、兵の花形である近衛騎士団への入団テストに合格し、舞い上がっていたあの日の僕を。

 近衛隊長のジュン殿と言えば、武勇をもって知られたお方。どんなに無骨な丈夫かと思いきや、現れたのは、ダイアナか、ワルキューレか、はたまた弁財天の化身か。神と見まごうばかりの美女(に見えちゃったのだ)である。

 戦いの女神は、実在したんだ?! 浅はかにも舞い上がった僕は、褒め言葉のつもりで隊長を「女神様」なんて呼んでしまったのだ。

 以来、鬼隊長の扱きは毎日続いているわけで……。そう。僕は、とにかくめっちゃ嫌われたらしい。

「あーあ、こんなにお慕い申し上げているのに……」
「お前は露骨に態度に出るからなあ。ちょっとは忍べ?」
「え、僕、隊長に変な態度取ってますか?」
「隊長が来るともう、しなしなしちゃって完全に乙女になってるから」
「俺が隊長の立場なら、お前って相当面白いと思うぞ」

 先輩方は声を揃えて、僕の隊長への態度は恋する乙女のそれだと指摘した。まあ、僕は女系家族の育ちだしな、どうしても思考回路が乙女になっちゃうのかも。

「なるほど……忍ぶれど色に出にけりわが恋は……」
「めっちゃ和だな自分!」
「ニケの和がでたか……もう、だいじょぶだろ。ほっとこう」

 皆が行ってしまった後も、僕はジュン様を想ってため息をつく。

 ああ、ジュン様……。美しい悪魔のような方。先日の舞踏会以来、警備に捜査に晩餐会にと駆け回っていらっしゃった、そのやや面やつれなさった横顔さえお美しい。

 貴方に打たれた右手が痛い…なんなら全身が痛い…しこたま打った頭が痛い。しかし、厳しい訓練も、貴方の愛のムチだと思えば耐えられる。僕はあなたの調教で、すっかりドМになってしまったのです。僕のこの惨めななれの果て、いかに責任をとってくださるおつもりか……。

「いつまで寝てる」

 どすが利いて、かつ、しっとりした独特の色気漂う声。僕は急所を突かれた黒ひげ船長のごとく飛び起きた。

「申し訳ありません! おっ…じゃない、隊長殿!」
「今『お…』って言ったか?」
「言ってません!」

 陰で鬼隊長って言ったこと、まさか先輩たちバラしてないよな?!

「オの続き、何て言おうとしたんだよ、え?!」
「言ってませーん(泣)」

 ぺしっ、と頭をはたかれ、気が付くと僕の手には水の入った革袋があった。

「えっ? 隊長、これは……」

 隊長はそれについてはなんの説明もなく、ひらりと踵を返される。

 ぽかんとして革袋と隊長の顔を見比べている僕を、去り際、横目でご覧になり、かすかに――僕の愛の特殊フィルターごしにようやく見分けられるくらいかすかに――みずみずしいバラの唇の端だけをもたげて、隊長は、お笑いになった。(注:幻覚かもしれない)

 た、たいちょおぉおぉ……! 説明なしで去って行かれるのですか! この愛の聖水、ホントに自分、飲んでいいんすか?! もしかしてこれって、間接キスですか?

 ああ、時折見せてくださる優しさが憎い……あなたというお人は!

「ありがたくいただきます!」

 革袋のひもを解き、恭しく口をつけようとした時である。

「あの……すみません」
「へっ?」

 男臭い兵舎で聞くとも覚えぬ柔らかな声。振り返ると、そこには、田舎育ちの僕が見たこともないほど可憐な小姓が立っていた。

「何か御用ですか」

 少年の愁いを帯びた瞳で見つめられて、妙にドキドキしてしまった。

「近衛兵の営舎は、こちらですか?」
「そうだけど……」
「ありがとうございます」

 小姓くんは、会釈すると訓練中の営舎へ向かって歩きはじめた。

「ちょ、ちょっとお待ちください」

 宮廷の小姓はいずれも高貴な方のご子息だと聞く。こんないかにも育ちの良さそうなお小姓に、我らのバイオレンス劇場は見せられない! 

 僕は、慌てて小姓くんの前に立ちはだかった。

「貴方のお名前は? 誰かに御用事ですか?」

 立ちすくんだ小姓くんの顔を覗きこもうとしたら、ぱっと背けられてしまった。日に透ける金色の前髪が、その顔を隠してしまう。

「おっと、ごめん。怖がせるつもりは……」
「い、いいえ……」

 小姓くんは恥ずかしそうに眼を伏せて、前髪を引っ張る。

 この僕と、そんなに年も違わないのかもしれない。けれどもつい、おせっかい心が働いてしまう。なんだか影があるというか、頼りなげな様子をしている。迷子の子猫みたいでほっとけなくなる。

「誰かに用なら、ここで待っておいで。僕が取り次いであげるから」
「今って、訓練中ですか?」
「うん、そうなんだよ」

 この木陰からでは見えないが、ガツガツと武具のぶつかる音やら、馬のいななく声やら、鬼隊長を筆頭にした掛け声もしてる。小姓くんも気がついたみたいで、耳を澄ませる。かなり激しくやってるみたい。折しも起きた怒号と衝突音に、小姓くんは目を見開いた。

「いっ、今のは? すごい音がしたけど、大丈夫なんでしょうか?」

 僕は頭を掻く。

「特殊な訓練積んでる人達だから大丈夫……だけど、今入って行くのはお勧めしないよ」

 小姓くんはちょっと笑った。

「終わるまで、待ってます」
「急ぎじゃないの? 待てる?」
「あっちで、見ててもいいですか?」
「見るって、訓練を?」
「はい。ダメですか?」

 あんまり近くで見るのは良くないだろう。僕は少し小高い丘になっていて、訓練の様子がよく見える場所まで小姓くんを案内した。

 小春日和だ。昼下がりの丘は陽が当たって気持ちがいい。先輩たちの稽古の様子も一望できる。

「ところで君、バイオレンス系、平気?」
「え?」
「いや、ここには恐ろしーい鬼隊長がいてさぁ。隊士をしごきまくってんの」

 小姓くんは、きょとんとした。

「鬼隊長って、ジュン……様のことですか?」
「お、よく知ってんじゃーん」
「……鬼?」

 鬼隊長様は今、黒い駿馬にまたがって、騎兵たちの試合を見守っている。

 比較的穏やかな雰囲気。これなら小姓くんが見学していても問題はないだろう。万が一罵声が飛んだにしても、僕が彼の耳をふさいでやれば大丈夫。マフィアもちびるようなその内容までは聞こえないだろう。

「隊長は、鬼と呼ばれてるんですか?」
「うん。鬼と呼ばれてるし、実際鬼だし、筋金入りのサドなんだ」

 小姓くんは、初めて声を出して笑った。

「ずいぶんイメージとちがう……」
「でしょー? 見た目はどう見たって女神様なのに……」
「ふふ……」

 僕と小姓くんは柔らかな草の生えた丘の上に並んで座った。気付けば僕は、この見知らぬ少年に、これまでの鬱屈した隊長への愛憎を語っていた。冷たいしサドだしクソ真面目だし仕事人間。なのに、ふと見せる優しさにやられるのだということも。小姓くんが相槌を打ってくれるものだから、つい嬉しくなって、僕は隊長がいかに鬼であり、なおかつ女神様であるかをとうとうと語った。

「ちょっと君、話せるねー! ここに来て初めてだよ、僕に同意してくれた人!」
「僕は何も言ってない……」
「あっ! ずるいよ。君も同感でしょ?」

 確かに、さっきから一言も発していない小姓くんだが、笑って頷いてくれていたのだから同罪だ。

「僕が隊長のことこんなふうに言ってたなんて、誰にも言わないでね?」
「うん……」

 僕は小姓くんの肩に腕を回して、バシバシと叩く。平和だ。バイオレンス劇場はどこへやら、ここだけお花見会場になったみたい。

「ありがとう小姓くん……! そうやって、優しく聞いてくれる人がいるだけでありがたい」
「そう?」

 僕と目が合うと、小姓くんは、三角座りをした膝の上に頬を乗せたまま、にっこりとほほ笑んだ。風が吹いて、頬の下で切りそろえられた絹糸のような髪がふわりとそよぐ。

 僕は息をのんでしまった。小姓くんの鼻筋や唇の端正なことといったら。さっきまでは髪で顔がよく見えなかったのだ。夢中で話していた相手の可愛らしさに、今更ながらキュンとしてしまった。

「どうしたの?」

 小姓くんはきれいな切れ長の目を、ちょっと丸くして僕を見ている。花を浮かべた水鏡のような瞳。少女漫画から抜け出てきたみたい。

「か……可愛い」
「へ?」 
「いや、その、君、誰かに似てるって言われない?」

 とたんに、小姓くんは前髪をおさえて、下を向いてしまった。

「言われないよ」
「めっちゃ可愛い」

 むっつりスケベは僕の性に合わない。開き直って賞賛する。可愛いものは可愛い。ドキドキしながら、ぐっと近くによって顔を覗きこむ。

「あー、なんだろ、誰かに似てる! 」

 小姓くんは、膝を抱え込んで顔をうずめてしまった。さら、と流れる髪からは、お花のようないい匂いまでする。

「似てる。ほら何て言ったっけ。金髪の、長い巻き毛の女の子で―――…」

 はっと小姓くんが顔を上げた。凍りついたような目で僕を見る。あんまり蒼い顔をしているから、こっちがびっくりした。





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