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第八章 貴賓館訪問
4 手紙(皇女視点)
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4 手紙 (皇女視点)
狙い通りだ。隠しきれない嫉妬と欲望が、優等生然とした領主様の顔にちらついている。
私はポケットに手を入れて、そっと、小さな貝殻虫を取り出した。
貝殻虫は東の国の生き物。オスは離れた場所にいる番のメスに対して、自分の聞いた音を飛ばすことが出来る。
「手紙を取って参りますわ」
肩を叩くふりをして、私はこの片方を領主様の襟の後ろに潜ませて部屋を出た。
すぐに隣の部屋に入り、つがいの片割れを耳に押し当てる。
ーーケイトは僕のために……
よしよし、よく聞こえる。侍女たちの買ってきた紙を書き物机に広げ、羽ペンを構えて、私は二人の会話を盗聴する。
やはり領主様は、オトにちょっかいを出す私やトーマにご立腹だった。そして同じく欲情してしまう自分自身にも戸惑っている。
私の計画通りに事は運んでいた。二人きりにするや否や、領主様とオトは互いを気遣い合い、甘い睦言を繰り出し始めた。
オトに耳元で名前を呼ばれた領主様が動揺し、深呼吸する音まで聞こえる。
やがて、領主様の声がした。まるで自分の耳元で囁かれたのかと思うほど、それははっきりと聞こえた。
ーーアリオト……
体に震えが走った。私はペンを取り落とし、再び握る力も残っていなかった。手を組んで、額をその上に押し当て、神に感謝を捧げる。
領主様は小姓の耳元で、おそらく、彼の本当の名前を呼んだのだ。
アリオト、と。
そして無音になる。何が起きているかは想像に難くない。貝殻虫の盗聴では、はっきりした音以外は拾えないのが玉に瑕だ。
このうえない禁断の愛が展開していく。この流れは幾千となく見た。夢の中、もとい薄い本の中で。現実の会話とは思えない。私は夢を見ているのか。
ごそごそごそごそ、衣擦れの音の合間から、吐息のようなものが聞こえる気がして、私は貝殻を耳に押し当てる。
ーーわーっ!!
突然の大声に、鼓膜が破れるかと思った。私は思わずのけぞって、椅子ごと後ろにひっくり返ってしまった。
貝殻虫はもうぴくりともしない。音波の通信はもう途絶えていた。
「いかがなさいました!?」
慌ただしいノックの音と共に、侍女が部屋に飛び込んでくる。
「まあ、二の姫様!」
貝殻虫の無事を確かめていた私は、二人の侍女に両側から抱え上げられた。
「あっ、ごめんごめん。大丈夫だから!」
「領主様とお話し中だったのではないのですか?」
侍女はチラと私の書き物机の上を見た。
「ちょっと物を取りに来ただけ。すぐに戻るわ」
私はテーブルから、手紙の入った文箱を取った。
「じゃあ、行ってくる」
侍女たちは腰をかがめてお辞儀をした。
「それ、新作。完成したから読んでいいわよ。下書きは処分して」
そう言い残して私は部屋を出た。
***************
私が戻ると、オトは慇懃に辞去した。もっといてほしかったけれど、確かにここからの話題は領主様だけの耳に留めたいところ。泣く泣くお別れをした。
終わるまで待っていてくれたら……いいえ、この国に滞在中はずっと、私の手元に置いておけたらいいのだけど。それは領主様がもはや許してはくれなそう。
ああ、彼に嫌われたまま別れるのは辛い。ずっとずっと会いたかったのだから。
でも近いうちに、必ず、彼にはまた改めて話をしなくてはならない。彼は近衛隊長の屋敷にいるのだ。いつでも会える。隊長のあの溺愛ぶりなら、そうすぐに遠くに行きはしないだろう。
二人きりになると、私は文箱を開けて、二通の手紙を取り出した。
***************
私の話す内容に、領主様は少なからず衝撃を受けたようだった。
あの人が、亡くなる間際に私に託したのは、王妃への手紙と、息子への遺書。
この二通の手紙を確実に本人に手渡してほしいと頼まれたのだ。
領主様はすぐにでも手紙を取り次いでくれると言う。あっさりしたものだ。
「ではそちらはお預かりして王妃に……」
「いいえ、私が手渡しますわ。あの方との約束ですから」
「えっ?!」
私はあらゆる論拠を持ち出して、手渡しの必要性を説いた。
とうとう領主さまは根負けして、王妃様との面会時間が決まり次第、こちらに知らせるとおっしゃってくださった。
王妃への手紙は、手渡しするなら今回の渡航が、最大のチャンスと考えていた。長めに滞在する予定を組んだのはそのためだ。
彼の息子の屋敷には、何度も使者を送った。が、みな記憶を操作されて帰ってくる。何のために海を渡ったのか、誰も覚えていないのだ。魔術か催眠の術を持った何者かが、阻止しているとしか思えなかった。
王家とあの方に関わる秘密が書かれているらしい手紙。いろいろと確かめたいことがあって、まずは領主様にご相談申し上げたのだ。
彼の身の上にこそ、大きく関わる内容だと私は考えているから。
領主様のお人柄いかんでは、彼に内緒で王妃に渡すことも考えていた。けれど、迷った末に、全てお話しすることにしたのだ。話してよかったと今は思う。
***********
と、いうわけで、私は大満足で1日を終える。
王妃さまはご体調がすぐれないとのことで、面会は数日後になりそうだとの知らせがあった。連日の晴れの催しで、お疲れが出たのかも知れない。お身体は大切になさってほしい。くれぐれも無理はなさらずと返事した。
ベッドに入る前に、枕元の文箱から、小さな肖像画を取り出す。黒炭で描いただけの、未完の肖像。その頬の辺りにキスをして眠りにつく。
美少年と美青年の絡みも好きだけど、私の本命はあのお方ただ一人。
たぎるような感じはない。だけど彼を思えば、いつも優しい、オルゴールの音色のようなときめきが、胸の奥でコトコトと動きだす。
若い頃は、ものすごいイケメンだったらしいけど。わたしが出会った時は、すでに白髪混じりで、どこにでもいる人のいいオッサン。
だけど私には何よりも大切な人。私に、生きる意味を与えてくれた人。私の初恋の人。
こんな私のために、命を捨ててくれた人。
狙い通りだ。隠しきれない嫉妬と欲望が、優等生然とした領主様の顔にちらついている。
私はポケットに手を入れて、そっと、小さな貝殻虫を取り出した。
貝殻虫は東の国の生き物。オスは離れた場所にいる番のメスに対して、自分の聞いた音を飛ばすことが出来る。
「手紙を取って参りますわ」
肩を叩くふりをして、私はこの片方を領主様の襟の後ろに潜ませて部屋を出た。
すぐに隣の部屋に入り、つがいの片割れを耳に押し当てる。
ーーケイトは僕のために……
よしよし、よく聞こえる。侍女たちの買ってきた紙を書き物机に広げ、羽ペンを構えて、私は二人の会話を盗聴する。
やはり領主様は、オトにちょっかいを出す私やトーマにご立腹だった。そして同じく欲情してしまう自分自身にも戸惑っている。
私の計画通りに事は運んでいた。二人きりにするや否や、領主様とオトは互いを気遣い合い、甘い睦言を繰り出し始めた。
オトに耳元で名前を呼ばれた領主様が動揺し、深呼吸する音まで聞こえる。
やがて、領主様の声がした。まるで自分の耳元で囁かれたのかと思うほど、それははっきりと聞こえた。
ーーアリオト……
体に震えが走った。私はペンを取り落とし、再び握る力も残っていなかった。手を組んで、額をその上に押し当て、神に感謝を捧げる。
領主様は小姓の耳元で、おそらく、彼の本当の名前を呼んだのだ。
アリオト、と。
そして無音になる。何が起きているかは想像に難くない。貝殻虫の盗聴では、はっきりした音以外は拾えないのが玉に瑕だ。
このうえない禁断の愛が展開していく。この流れは幾千となく見た。夢の中、もとい薄い本の中で。現実の会話とは思えない。私は夢を見ているのか。
ごそごそごそごそ、衣擦れの音の合間から、吐息のようなものが聞こえる気がして、私は貝殻を耳に押し当てる。
ーーわーっ!!
突然の大声に、鼓膜が破れるかと思った。私は思わずのけぞって、椅子ごと後ろにひっくり返ってしまった。
貝殻虫はもうぴくりともしない。音波の通信はもう途絶えていた。
「いかがなさいました!?」
慌ただしいノックの音と共に、侍女が部屋に飛び込んでくる。
「まあ、二の姫様!」
貝殻虫の無事を確かめていた私は、二人の侍女に両側から抱え上げられた。
「あっ、ごめんごめん。大丈夫だから!」
「領主様とお話し中だったのではないのですか?」
侍女はチラと私の書き物机の上を見た。
「ちょっと物を取りに来ただけ。すぐに戻るわ」
私はテーブルから、手紙の入った文箱を取った。
「じゃあ、行ってくる」
侍女たちは腰をかがめてお辞儀をした。
「それ、新作。完成したから読んでいいわよ。下書きは処分して」
そう言い残して私は部屋を出た。
***************
私が戻ると、オトは慇懃に辞去した。もっといてほしかったけれど、確かにここからの話題は領主様だけの耳に留めたいところ。泣く泣くお別れをした。
終わるまで待っていてくれたら……いいえ、この国に滞在中はずっと、私の手元に置いておけたらいいのだけど。それは領主様がもはや許してはくれなそう。
ああ、彼に嫌われたまま別れるのは辛い。ずっとずっと会いたかったのだから。
でも近いうちに、必ず、彼にはまた改めて話をしなくてはならない。彼は近衛隊長の屋敷にいるのだ。いつでも会える。隊長のあの溺愛ぶりなら、そうすぐに遠くに行きはしないだろう。
二人きりになると、私は文箱を開けて、二通の手紙を取り出した。
***************
私の話す内容に、領主様は少なからず衝撃を受けたようだった。
あの人が、亡くなる間際に私に託したのは、王妃への手紙と、息子への遺書。
この二通の手紙を確実に本人に手渡してほしいと頼まれたのだ。
領主様はすぐにでも手紙を取り次いでくれると言う。あっさりしたものだ。
「ではそちらはお預かりして王妃に……」
「いいえ、私が手渡しますわ。あの方との約束ですから」
「えっ?!」
私はあらゆる論拠を持ち出して、手渡しの必要性を説いた。
とうとう領主さまは根負けして、王妃様との面会時間が決まり次第、こちらに知らせるとおっしゃってくださった。
王妃への手紙は、手渡しするなら今回の渡航が、最大のチャンスと考えていた。長めに滞在する予定を組んだのはそのためだ。
彼の息子の屋敷には、何度も使者を送った。が、みな記憶を操作されて帰ってくる。何のために海を渡ったのか、誰も覚えていないのだ。魔術か催眠の術を持った何者かが、阻止しているとしか思えなかった。
王家とあの方に関わる秘密が書かれているらしい手紙。いろいろと確かめたいことがあって、まずは領主様にご相談申し上げたのだ。
彼の身の上にこそ、大きく関わる内容だと私は考えているから。
領主様のお人柄いかんでは、彼に内緒で王妃に渡すことも考えていた。けれど、迷った末に、全てお話しすることにしたのだ。話してよかったと今は思う。
***********
と、いうわけで、私は大満足で1日を終える。
王妃さまはご体調がすぐれないとのことで、面会は数日後になりそうだとの知らせがあった。連日の晴れの催しで、お疲れが出たのかも知れない。お身体は大切になさってほしい。くれぐれも無理はなさらずと返事した。
ベッドに入る前に、枕元の文箱から、小さな肖像画を取り出す。黒炭で描いただけの、未完の肖像。その頬の辺りにキスをして眠りにつく。
美少年と美青年の絡みも好きだけど、私の本命はあのお方ただ一人。
たぎるような感じはない。だけど彼を思えば、いつも優しい、オルゴールの音色のようなときめきが、胸の奥でコトコトと動きだす。
若い頃は、ものすごいイケメンだったらしいけど。わたしが出会った時は、すでに白髪混じりで、どこにでもいる人のいいオッサン。
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