氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第五章 夏の屋敷

3 金の糸

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3 金の糸



「そうだ!」

 僕は弾みをつけて、元気に立ち上がった。ジュンに頼み、短剣を貸してもらう。

「アリスのフリは、もうおしまいにしよう!」

 僕は、長いアリスの金髪を束ねてつかみ、その根本にナイフの刃を当てた。

「あっ、そんな乱暴な!」

 ジュンが僕の手からナイフを奪った。

「なんで止めるの。男に戻らせてくれる約束だったよね」
「それにしたって、ざんぎり頭はよろしくない……僕に任せてください」

 ジュンが天井まである大きな窓のカーテンを開けると、朝の光が広い部屋の奥まで差し込む。ジュンは埃よけの布を手早く外して行く。彫刻の施された衣装箪笥やドレッサー、全身鏡などがあらわれた。

「こちらへ」

 ジュンは僕を大きな鏡の前の椅子に座らせて、櫛で髪をそっと漉いてくれた。

「本当になめらかで、美しい髪ですね。ゆるく波打っていて。細いのに全くもつれない」

 ジュンは僕の髪の下に手を入れて、高く持ち上げた。髪は朝日を受けて水のように光り、さらさらとジュンの手を流れ落ちた。

「遊んでないで、切ってよ……」
「もったいないなあ」
「僕はもう、見るのもやだ」

 鏡の中の、長い髪の少女。ケイトの心を、呪いで縛りつけるおきゃま。目に焼き付けて、僕は自分を戒める。

「じゃあ、切りますよ」

 どこかで見つけてきたらしい細い鋏を手にして、ジュンはため息をついた。

「おねがいします」

 僕は目をつむる。しゃきっと静かな音と、髪が微かに揺れる感覚。

「こ、これは?」

 ジュンの戸惑った声に振り返る。

「どうしたの?」
「切った途端に、髪が……」
「ああ、金に変わったんだよ」

 ジュンは目を見開いた。

「何だって?」
「え……だって、前にも見せたでしょ」

 ケシ畑で助けてもらったお礼に、僕は一房髪を切って、ジュンにあげようとしたことがあった。不気味がられて、受け取ってもらえなかったけど。結局あれはどうしたっけ。

 ジュンは切り取った髪をためつすがめつして、純金だ、とつぶやいた。

「……僕はてっきり、手品か何かだと」

 そう言って僕の髪と、切り取られた髪とを見比べる。生えてる方はまだ、絹糸のように柔らかい。

「これも、妖精の贈り物だよ。あの時は信じてもらえないと思って誤魔化したけど」

 僕はジュンを見上げる。

「信じてくれた?」
「じゃあ……全部本当なんですか」
「たぶんね」

 ジュンは目を伏せて、僕の髪をなでた。

「ケイトが恋に落ちたのも……」
「氷の森の妖精の仕業だよ」

 僕の肩に乗っているジュンの手を、僕はぽんぽんと叩いた。



**********



 勢いよく頭を振る。髪が、頭が、首が、軽い!! 嬉しすぎる!

「ありがとうジュン!!」
「どういたしまして」

 僕は椅子から立って腕を上げ、高く高く、ぎりぎりと音がするほど伸びをする。ジュンは窓を開けてくれた。

 首筋を吹き抜けていく風が、すがすがしかった。ジュンが僕の肩や背に絡まる髪を払いのけてくれる。

「これも脱いでいい?」

 僕はドレスをかなぐり捨てる。ドレスがぱさっと音を立てて床に落ちた。

「見て。アリスの抜け殻」

 僕は腰に手を当てて仁王立ちし、抜け殻ーー床に散らばる金の糸とドレスーーを見下ろした。

 数日ぶりに、生まれたままの自分、ただの僕に戻った。鏡越しにジュンと目があってほほ笑む。ジュンはぱっと目を逸らして顔を赤らめた。

「服を、探してきましょう」

 そういうとジュンは部屋を出て行った。

 残された僕は窓辺に寄って、花の香りのする朝の風を胸いっぱいに吸い込んだ。

 風が吹くたびに、木々が柔らかに揺れる。

 ここは、夏の避暑のために造られた屋敷なのだろう。郊外の隠れ家といったところだ。

 古風な煉瓦造りの噴水とプールが爽やかな水音を立てている。その向こうには、オリーブや、スモモが植えられた果樹園が広がる。

 僕は下着姿のままバルコニーにでた。柵に肘をつき、髪を冷たい春風になぶらせる。目を閉じて、日差しを体いっぱいに浴びた。

 ふと振り返ると、部屋にはジュンが戻ってきていた。服を持ったまま立ち尽くして、声をかけるでもなく、僕を見つめている。

「素敵な庭だね」

 僕は振り返って、部屋の中のジュンに声をかけた。一緒に並んで眺めようと微笑みかけたのだが、ジュンは眩しそうに目をしかめた。

「……そんな格好では、風邪をひきますよ」
「平気だよ。お日様が当たって、むしろあったかい」

 手招きするが、ジュンは部屋の奥に引っ込んでしまった。僕は諦めて、部屋の中に入った。

 明るい庭から来ると、部屋が緑に沈んで見える。

 ベッドの上に僕のための服を整えてくれているジュンの背後に、僕はこっそり近づいた。

「わっ!」

 背後から飛びついて驚かす。

 ジュンは僕の方が驚く位の大声をあげて、畳んでいた服を取り落としてしまった。僕は大笑いである。

「な、何をするんですか!」
「ほら、あったかいだろ?」

 僕は抱きついたままジュンを見上げる。お日様に当たって温まった髪や手足をジュンに触らせたかったのだ。

「い……いけません!」

 ジュンは慌てたように僕の腕をふりほどいた。

「へ? なにが?」

 僕はジュンの反応にポカンとしてしまう。

「頼むから服を着て……」

 ジュンは力なく呟きながら、ベッドのそばにある寝椅子にどさりと腰掛けた。はああとため息をついて両手で顔を覆うと、そのまま動かなくなった。

 僕は心配になって、その隣に腰掛ける。

「ジュン? どうしたの?」

 髪をなでてやると、ジュンはビクッとしながら顔を上げた。真っ赤な顔をしている。

「顔が赤いよ。もしかして熱があるんじゃ……」

 額に当てようと伸ばした僕の手を、ジュンにすんでで掴まれ、ぐいと膝の上に下ろされてしまった。 

「いいから、服を! 着て、くだ、さい!」

 ジュンの形相に気圧されて、僕は大人しく服を着に行った。






 





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