氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第五章 夏の屋敷

4 小姓

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4 小姓



 ベッドの上には、柔らかな前開きのシャツと、こざっぱりしたふくらはぎ丈のズボンと靴下、編み上げの靴が置いてあった。久々の「男装」に心が躍る。

 ここ数年、家ではホクトくん言うところの「ボロボロの布」しか着ていなかったし。ボロ布の次は立て続けに女装ドレスだったし。こんなに気持ちのいい服は久々で、涙が出そうになる。

「ジュン……どうもありがとう。この服、もらってもいい?」

 ジュンは顔をあげて、僕の頭の先からつま先まで検分するような目を向けた。

「お代はさっきの髪の毛でどう……」

 ジュンはさっきまでは目を逸らしてばかりだったのに、今度は僕の身体に舐めるような視線を向けている。

「聞いてる?」

 顔を覗き込むと、ジュンはハッとして首を振った。

「お代なんていただく気はありません」
「でも、何かお礼させてよ」
「お礼……」

 ジュンは僕の手を引いて、自分の前まで引き寄せた。僕はその長い脚の間に立たされた。

「では、僕の膝に乗っていただけませんか」
「えっ、なんで」

 頭が疑問だらけだったが、ひょいと抱き上げられて、気付けばジュンの膝の上に座っていた。

「降ろしてよ……」

 こんなの、赤ちゃんみたいで恥ずかしい。降りようとするのに、ジュンは僕を抱きしめて、すごく優しい声でだめと言った。

「ちょっとだけですから」

 僕はジュンの肩に腕をまわしてバランスをとりながら、その顔を見つめた。ジュンは微笑んでいた。

 初めて会った時も、こんな距離でジュンを見た。ケシ畑から抱えあげられて、助けてもらったんだ。

「……ジュン、今までありがとう。君とケイトが上手く行くように祈ってるよ」

 僕が身を離そうとするのを、ジュンの腕が拒んだ。

「まるでここを出ていくような言い草ですね」
「だって、出てくんだもの」
「行くあては有るんですか」
「氷の森に行って、妖精たちに、ケイトの呪いを解いてくれるように頼んでみる」
「それなら、私も一緒に行きますよ」

 嬉しいけど、ジュンはお仕事が忙しいはずだ。僕は首を振った。ジュンは僕をさらにギュッと抱きしめた。

「スケスケシタギはもういいんですか?」
「妖精に呪いを解いてもらったら、その足で家に戻る。ザクロさんには正直に、スケスケシタギは違法の品だから売ってませんって言うよ」
「それで許されるんですか?」
「う、まあ、ね……」

 待たされた挙句手ぶらで戻ってきた僕にブチギレるザクロさんの姿が、ありありと想像できた。

「お父様の遺書の件はどうするんです?」
「まずはケイトの呪いを解いてやることが先決だもの。父さんの遺書はそれから……」

 ジュンは僕の言葉を遮るように言った。

「妖精にもどうにもできないと思いますよ。呪いだろうと恋だろうと、これはもはや、あなたとケイトにしか解決できない問題なんです」

 ジュンは、言葉に詰まった僕の髪をくしゃくしゃにした。

「呪いとやらはともかく……その他のことなら私が力になりますよ。遺書の件も、お使いの件も」

 ジュンはおもむろに黒い制服の内ポケットを探った。スルスルと白い物体が引き出される。

「一応、持ってきてみました」
「ええっ?!」

 僕は絶句した。

 春風が吹き込んで、白いレースの下着が、そよと揺れた。僕とジュンは顔を見合わせて、吹き出した。

「ちょっと待って! ジュン、昨日からずっとそれ持ってたの?!」
「あなたへのお礼にちょうどいいかと」
「ダメだよ! 隠して。逮捕されるよ!」
 
 僕はジュンの手を逃れて膝を降り、その隣にちゃんと座った。

「どうすんのそれ……」
「差し上げます」
「えっ? だめだよ、盗みになっちゃう」
「責任は私がとりますから。モノがモノだけに、持ち主も大っぴらには騒げないでしょう」
「ダメだって! 早く返してこよう? 持ち出したことが知られたらジュンの身が……」
「違法の品ゆえ没収したと言えばそれまでです」
「うわあ……」
「半分は事実です」

 城の警備を兼ねる近衛隊長が言えば、もっともらしくは聞こえるだろうけども。

「それにしても、ずいぶん年季の入った品ですね」

 ジュンは僕の動揺にも構わず、まじまじとスケスケショウブシタギを観察している。確かによく見ると、古びているし、綻びもある。

「極秘裏に、修繕に出しましょう」
「そんなツテがあるの」
「悲しいかな、伊達に長年王宮勤めはしてませんから」
 
 ジュンも色々と苦労してるんだな。僕はジュンの肩を叩いた。でも、僕のためにそんな危ない橋は渡らせられない。

「僕、そんなもの本当にいらないよ。さすがに、ザクロさんのために犯罪までおかす気はないよ。お使いの件は諦める」
「本当に? ここまではるばるやってきたのに、それでいいんですか?」
「うん。仕方ないよ」
「でも、手ぶらで戻れば、また貴方はいじめ倒される」
 
 ザクロさんに対して、僕には、以前とはまた違った気持ちが芽生えていた。

「ザクロさんと話をしてみる。僕、ザクロさんの気持ちも、考えも、なにも知ろうとしてこなかったんだ。虐められてるばっかりじゃなくて、ちゃんと対等に話してみようと思う」
「そんな話が通じる相手でしょうか……」

 ジュンは心配そうに眉をひそめた。

「だめだったら、出てくからいいの」

 向き合おうとしてもなお、ザクロさんを苦しめるだけなら。僕はそれ以上、あの人にしがみついていることはない。僕は僕で、父さんの行方を探し、自分の生き方を探そう。自然とそう思えるようになっていた。

 ジュンの背後には窓からの光が差し、僕の脱ぎ捨てた青いドレスが光っている。

「ドレスとスケスケシタギは、早く返さないとまずいね」
「そうですね。アリスさんが元々着ていた服も回収しないと」

 誰かが気がつく前に、すぐにでも戻しておこうとジュンは言った。

「では、私は王宮に戻らなくては」
「もう出かけるの?」
「……寂しいんですか?」
「そ、そうじゃないよ」

 ジュンが倒れないか心配だ。彼は激務の合間の束の間の休息時間に、僕の話を聞かされ、髪を切らされて、現在に至るのだ。ジュンは微笑む。

「私は大丈夫。夕方には帰ります。アリスさんはここで身を隠していてくださいね」

 僕が素直にうなずくと、ジュンは怖い顔をして言った。

「その顔は……私の留守中に黙って出て行く気ですね?」

 何で分かったんだ。僕は目が泳いでしまった。ジュンはやれやれと首を振った。

「今は危険です。消えた娘を探して大捜査が始まっています」
「大丈夫だよ……もうアリスの格好はしてないんだし」

 女装を解けば誰にも見つからずにすむ。これが作戦のミソだったはずだ。

「ダメです。いいと言うまでここにいてください」
「でも……」
「あなたが捕まったら、私の身が危うくなるんですよ」

 しばらくは我慢して、とジュンは僕の頭を撫でた。

「捜査が終わるまでは、僕の小姓として暮らしませんか。その間に遺書とスケスケ下着の情報を集めましょう」

 ジュンは立ち上がって、部屋を歩き回りながら考えを語った。

「貴方の父上、ビョルン殿は東の国との交易をなさっていたのですよね」
「う、うん」
「ビョルン殿の名は私も耳にしたことがあります」
「そうなんだ」

 僕は少しびっくりした。僕は父さんの仕事については、実際よく知らなかった。大きくなったら一緒に船に乗せてくれる約束だったものの、それが果たされる前に、父さんは消息を絶ってしまった。

 ジュンが言うには、父さんは宮廷にも出入りする商人の一人だったらしい。

「……僕、父さんのこと、全然知らなかったんだな」
「捜査が下火になるまでは、情報集めをしながら、私の元に滞在してください。氷の森に行くのは、それからでも遅くはありませんよ」

 ありがたい申し出だけど……呪いを放置して僕がうろちょろしていては、ケイトもジュンも苦しめることになる。丁重に断ろうとした。それでもジュンは首を横に振る。

「騎士見習いの小姓だと言えば、私と住んでいても誰も怪しんだりしません」
「小姓ったって、僕は王宮のこと何にも知らないよ」
「大丈夫。側で少しずつ教えてあげますから」

 ジュンは僕の目をじっと見つめた。

「どうしてそこまでしてくれるの?」

 君の大事なケイトを惑わせた僕が、本当に憎くないの?

「もちろん、貴方のためだけに言ってるわけではありません……」

 そういうと、綺麗な指でそっと僕の頬を撫でた。

「ジュン……?」

 その時、ぐうとジュンのお腹がなる音がした。ジュンはキリッとした眉のイケメン顔のまま、あっ、と言うから僕は大笑いしてしまった。

「そういえば私もあなたも、昨夜から何も食べていませんね」

 僕はせめてものお礼にと、朝ご飯を作らせてもらうことにした。ジュンに教えてもらった地下室には、保存用の食料やワインがたくさん眠っていた。

 かまどに火をいれると、眠っていた屋敷全体が、一気に目を覚ましたようだった。



**************



 食事を終え、ジュンが支度をしている間、僕は表で待っている黒馬に水とえさをやったりしてみた。

「夜通しご苦労さん」

 毛並みを撫でてやる。黒馬は穏やかな目で僕を見つめた。

 屋敷で可愛がっていた栗毛の馬は今ごろどうしているだろう。マフやメアリが、僕の代わりに仕事を増やされているのだろうか。

 いつの間にか支度を終えたジュンがいて、背後から僕を抱きしめた。

「行ってきます」
「い、行ってらっしゃい」

 ジュンは僕の顔を両手で包んで、まじまじと見つめながら言った。

「それにしても……少年の姿に戻った貴方が、これほど美しいとは」
「なに言ってんの」
「いいですね、絶対に屋敷は出ないで待っていて」
「う、うん……」

 まだちょっと迷いがあった。ジュンはそれを見抜いたらしい。

「出て行ったら全兵を動員して探し回りますからね」
「何でそうなるんだよ」

 言ってることがめちゃくちゃだ。僕は頭をかいた。

「帰ったら、またあなたの料理が食べたい」

 ジュンは馬に跨りながら言った。さっき僕の作った朝食を美味しそうに食べていたジュンの顔がよぎる。あんまり褒めるから、照れ臭くて出てきてしまったんだ。

「じゃ、じゃあ……買い物ぐらいはしておこうか?」

 僕はもう諦めて、とりあえず、今日一日のお留守番を引き受けることにした。

「だめです。貴方は人目を引きすぎる」
「なんで?」
「……とにかく家は出ないこと」
「了解」
「万が一人が訪ねてきたら、近衛隊長の小姓だと言いなさい。そうすれば誰も手出しはしないでしょう」
「うん……」

 ジュンがさっき食事をしながら、小姓のお仕事を説明してくれた。手紙の取り持ちや、身の回りの雑用、そして、ときどきご主人様に可愛がられることなんだそうだ。

 可愛がられるという項目についてはよくわからなかった。ジュンも具体的には説明しにくいと言う。今夜帰ったらちゃんと教えてくれるらしい。

「行ってきます」
「気をつけて。馬の上で寝ないようにね」
「大丈夫ですよ」

 ジュンは笑った。支度を整えたジュンは徹夜を感じさせないほどキリッとしていた。さっきまでのクマはどこに行ったのだろう。僕は感心してしまった。

「アリスさん、くれぐれも……」
「あの、僕の名前、アリオトだけど……」
「そうでした……。念の為、本名は避けて、オトとお呼びしましょう」
「オト……ね」

 こうして、僕はアリスと決別したのも束の間、近衛隊長の小姓オトとして暮らすことになったのだった。







 


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