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第五章 夏の屋敷
5 青いドレス(侍従視点)
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5 青いドレス (侍従視点)
宮廷内が騒がしい。昨夜の舞踏会で領主の相手を務めた娘の行方を追って、大捜索網が敷かれている。
我が従兄弟、近衛隊長のジュン殿も、夜通しの捜査に駆り出されたらしい。
ジュンが黒馬に乗って城に戻ってきたのは、もう朝食の時間をとうに過ぎた頃だった。青ざめた顔で厨房を突っ切っていく。領主のところへ報告に行くのだろう。
「ジュン! 忙しいのはわかるけど、厨房をショートカットに使うのやめろって言ってるだろ?」
俺が呼び止めても、ガン無視である。厨房の者たちは皆、近衛隊長殿のお出ましのたびに作業をやめて腰を屈めて恭しくお辞儀する。身分的にはそんなに変わらないはずの俺がいても、誰もこんな風にはしてくれないのに。
「すまない、かまわず続けてくれ」
ジュンは使用人たちの方を見もせずに片手をあげ、黒いマントを翻してさっさと行ってしまった。
「全く、あいつはほんと、領主様命だからな」
泣く子も黙る近衛隊長。だがその実態は、領主に飼い慣らされた黒犬だ。領主の私的な頼み事を受けては西へ東へ駆け回っている。正門から堂々と出入りすればいいものを、人目をはばかるような目的の時も多いらしく、すぐこの裏ルートを使って領主の部屋に抜けていくのだ。
「でも、気の毒な話ね」
カトラリーを磨きながら、メイドのフアナが言う。
「隊長殿は領主様を慕っておいでなんでしょう? それなのに、領主様の花嫁候補を探しに駆り出されるなんて」
「おいたわしい。あんなに憔悴なさって」
「あんないい男が、もったいないわあ。私が慰めて差し上げたい」
「ダメよあんたなんか」
「どんなに頑張ったって、領主様には勝てないわよ。領主様はそこらのお姫様たちよりずっとお綺麗だもの」
メイドたちは口々にジュンの不遇をかこち、噂話に花を咲かせる。
「なんだよ。ここにもいい男はいるだろ? 俺だって慰めて欲しいんだけど」
「あら、あなたを慰める理由って何?」
「いつも呑気にストレスもなく生きてらっしゃるじゃないの」
女たちは大笑いする。
「それにしても、昨夜の女の子は、どこの誰だったのかしら」
「領主様のお知り合いの方ではなかったの?」
「それが、初めてお会いになったらしいの。あのお堅い領主様が、一目で恋に落ちてしまったのよ」
「何それ! 御伽話みたい」
「王様が出したおふれを知ってる? あの娘を見つけたものには褒美を取らせるそうよ」
舞踏会での出来事は、一夜にして国中の噂になっていた。右を向いても左を向いても、やれ昨日の娘を見たかだの、捜査に加わって名を挙げようだの、ピーチクパーチク騒がしいことこの上ない。
「ねえ、それより、マリアは?」
俺はさっきからこの厨房で、愛しい恋人の帰りを待っているのだ。
「だから、王妃様のお部屋だって言ったでしょ」
「いつ戻ってくんの」
「知りませんよ……しつこいと嫌われるわよ」
女たちはニヤニヤしながら俺を冷やかす。
「あなたも少しは王様の侍従らしくしたらどうなの。取っ替え引っ替え、女の子のお尻を追いかけ回してないで」
「心外だな。僕が追いかけてるのは今はマリアだけだ」
「今は、ね……この前はローザ、その前はハンナ……」
「違う、今度のは本気なんだって」
俺は言い返すが、女たちに一蹴される。
「一途で働き者のジュン様を少しは見習いなさい」
「執事が嘆いてたわよ」
全く、それを言われるとしらけるんだよなあ。
「あーあ、みんなして俺をいじめるんだから。もう待てない。王妃様の部屋でも見てくるかな」
「男子禁制よ」
「そこはまあ、王の侍従ですから」
俺が伸びをしてドアに向かう間も、女たちはまだ面白がってガヤガヤいっている。なんだかんだ言ってメイドのお嬢さん方は俺のことが大好きなのだ。俺は皆に投げキスをして厨房を後にした。
王妃の間の廊下を行ったり来たりすることしばし。天井まである重い扉が開いて、侍女たちが出てきた。中にいる王妃に一礼をして部屋を後にする。お目当てのマリアは銀盆と水差しを持って、その一番後に続いて出てきた。
「よっ!」
腕を掴んで壁に引き寄せる。
「ちょっと、ダメよトーマ!」
顔を真っ赤にして、先に行った王妃の侍女たちと俺とをしきりに見比べている。嬉しいくせに。柱の陰に衣装部屋に続くドアがあった。マリアを抱いたまま後ろ手にドアノブを下げ、部屋になだれ込む。ふわふわと揺れるドレスの間に挟まって、マリアを可愛がる。
数分後、その柔らかな胸に顔を埋めてしばしの休息をとっていると、不意に、ドアの開く音がした。
「……誰か来るわ!」
マリアは俺を突き飛ばし、慌てふためいて身なりを整える。
「静かに……じっとしてれば大丈夫」
俺はマリアを大きな鏡の後ろに下がらせ、自分はソファの陰からドアの方へ目を凝らす。ワードローブの密林の奥から、誰かの足音が近づいてくる。
現れたのは、黒ずくめの背の高い男。我が従兄弟のジュンである。予想だにしなかった人物の登場に、俺は目が点になる。よっぽど声をかけようかと思ったが、奴が手にしているものを見て、やめた。間違いない、女物のドレスである。ドレスとジュンの組み合わせが意外すぎて、さすがの俺も出ていくタイミングを逸した。
ジュンはしばらく衣装の間を彷徨っていたが、やがて手にしていた青いドレスをトルソーに着せて丁寧にしまい込んだ。ここは王妃専用の衣装部屋。王妃のドレスを近衛隊長がいじっているのは異様な光景だ。また領主の頼みか何かだろうか。チラとマリアの様子を伺うと、彼女もやはり不思議そうにジュンの行動を見守っている。その張り詰めた表情が新鮮で、緊急事態にもかかわらず、つい見惚れてしまう。
奥に姿を消したジュンが、再びこちらに戻ってきた。まだ何かを探しているようだ。ゆっくりとこちらへやって来る。俺は身を低くしてソファの後ろにほとんど這いつくばるようにして隠れる。マリアは手を組み合わせて神に何やら祈っている。
「おかしいな……」
ジュンは衝立やカーテンの後ろをしばらく探していたが、ややあって、俺の隠れたソファのところまでツカツカと近づいてきた。
ぎしっとソファにジュンの膝が乗る音。もう観念して出ていくしかないかと思った次の瞬間、俺のすぐ横に落ちていた布包みが引き出された。
「こんなとこに」
ジュンは安堵したように包みを抱え、埃を払った。さっきマリアと俺が無意識に蹴っ飛ばした布包だった。ジュンが包みを開くと、中からは街娘が着るようなドレスが出てきた。何か光る石のようなものが転がり落ちたが、ジュンは気がついた様子がない。所々擦り切れているそのドレスを大事そうにたたみ直すと、ジュンは足早に部屋を出て行った。
「なんだったんだ、今の」
安堵のため息をつきながら、俺は身を起こす。ドレスから転がり落ちたものを拾い上げて、まじまじと見つめる。陽に当てるとキラキラひかる。糸の束が冷え固まったような形をしている。軽く噛んでみると、歯形が残る。
「何だこれ……純金だぜ」
「触らないで置いておきなさいよ!」
マリアはすっかり怖気付いてしまったようで、僕が差し出しても、決して触ろうとしない。
「ああもう嫌! あなたといると碌なことが……」
「ねえ、マリア、あのドレスに見覚えはない?」
俺は話を逸らしたいの半分、好奇心半分で、今しがたジュンが置いていったドレスを指さす。ぷりぷりと膨れながらも、ちゃんと近寄って見てくれるマリアが好きだ。マリアはメイドの中でも特に衣装に詳しく、繕い物が上手で、貴婦人達からの信頼も厚いのだ。ドレスに触る繊細な手つきからも、マリアが服飾を愛していることがわかる。
「先月の園遊会のために用意したドレスね……だけど結局、王妃様はお召しにならなかったの」
「なんでまた」
「その日はなぜか、女性も乗馬服で集まることになったのよ。変わり者の侯爵夫人の気まぐれでね」
「じゃあこれは没だったわけか。もったいねー」
俺はそう言いながらも、このドレスになんだか見覚えがあった。光のあたり具合で、深緑を帯びたり、氷のように透き通って見えたりする。綺麗でしょう?とマリアは微笑んだ。
「園遊会もいいけど、舞踏会にももってこいだったと思うわ。シャンデリアの光ではきっと深い青になるし、月明かりを受ければ白く光る。とっても綺麗だと思うの。こんな素晴らしいドレスがお蔵入りなんて、本当に信じられないわ」
マリアはそう言ってから、ハッとしたように口を押さえた。
「今、ジュン様はこのドレスを見ておられたの?」
「というか、持って入ってきたぞ」
「どうしよう……領主様のテコ入れかしら」
「へ? どう言うこと」
「衣装への出費を抑えるように言われてるのよ。またこんなドレスを無駄にしたなんてバレたら、王妃様も私たちも怒られるわ」
「いくら守銭奴でも、そこまで口出しはしないだろ」
大丈夫だよと慰めつつも、まあ、あの領主ならやりかねないと納得する面もあった。あんなコワモテがキラキラドレスを持ってやってくるから何事かと思ってしまったではないか。
マリアと別れて、城をぶらつく。
先ほどの青いドレスが脳裏をちらついている。何かが引っ掛かる。考えれば考えるほど、消えた娘の捜索からとって返して真っ先に取る行動にしては奇妙なのだ。
「消えた娘……」
舞踏会の夜、ジュンを見かけた。裏門から入ってきたジュンに、俺は声をかけた。公務で午前中は式典をパスしたとか言ってたな。それから、そうだ、黒いマントをきた裸足の女を連れていた。顔はよく見えなかったが、美人であることはこのジゴロの鼻にピンと来た。
青いドレスが旋回する。そうだ、あのドレスを俺は確かに見た。領主と踊る娘が来ていたドレスだ。さらに、ソファの陰からジュンが持ち去ったドレス、あれは娘が元々着ていたものと見た。
ジュンはあの娘の消息を掴んでいるに違いない。
「ちょっと領主様のご機嫌でも伺いにいくか……」
俺は踵を返して、領主の部屋に向かった。何を隠そう、俺は恋愛話が大好き。いち早くゴシップを仕入れて、厨房のお嬢さん方を沸かせてやろう。
朴念仁の領主にもついに春がきたのだ。話し相手がクソ真面目な重度のブラコン拗らせ男だけじゃ気の毒というもの。ここは一つ、恋愛上手の俺が相談に乗ってやろうじゃないか。
宮廷内が騒がしい。昨夜の舞踏会で領主の相手を務めた娘の行方を追って、大捜索網が敷かれている。
我が従兄弟、近衛隊長のジュン殿も、夜通しの捜査に駆り出されたらしい。
ジュンが黒馬に乗って城に戻ってきたのは、もう朝食の時間をとうに過ぎた頃だった。青ざめた顔で厨房を突っ切っていく。領主のところへ報告に行くのだろう。
「ジュン! 忙しいのはわかるけど、厨房をショートカットに使うのやめろって言ってるだろ?」
俺が呼び止めても、ガン無視である。厨房の者たちは皆、近衛隊長殿のお出ましのたびに作業をやめて腰を屈めて恭しくお辞儀する。身分的にはそんなに変わらないはずの俺がいても、誰もこんな風にはしてくれないのに。
「すまない、かまわず続けてくれ」
ジュンは使用人たちの方を見もせずに片手をあげ、黒いマントを翻してさっさと行ってしまった。
「全く、あいつはほんと、領主様命だからな」
泣く子も黙る近衛隊長。だがその実態は、領主に飼い慣らされた黒犬だ。領主の私的な頼み事を受けては西へ東へ駆け回っている。正門から堂々と出入りすればいいものを、人目をはばかるような目的の時も多いらしく、すぐこの裏ルートを使って領主の部屋に抜けていくのだ。
「でも、気の毒な話ね」
カトラリーを磨きながら、メイドのフアナが言う。
「隊長殿は領主様を慕っておいでなんでしょう? それなのに、領主様の花嫁候補を探しに駆り出されるなんて」
「おいたわしい。あんなに憔悴なさって」
「あんないい男が、もったいないわあ。私が慰めて差し上げたい」
「ダメよあんたなんか」
「どんなに頑張ったって、領主様には勝てないわよ。領主様はそこらのお姫様たちよりずっとお綺麗だもの」
メイドたちは口々にジュンの不遇をかこち、噂話に花を咲かせる。
「なんだよ。ここにもいい男はいるだろ? 俺だって慰めて欲しいんだけど」
「あら、あなたを慰める理由って何?」
「いつも呑気にストレスもなく生きてらっしゃるじゃないの」
女たちは大笑いする。
「それにしても、昨夜の女の子は、どこの誰だったのかしら」
「領主様のお知り合いの方ではなかったの?」
「それが、初めてお会いになったらしいの。あのお堅い領主様が、一目で恋に落ちてしまったのよ」
「何それ! 御伽話みたい」
「王様が出したおふれを知ってる? あの娘を見つけたものには褒美を取らせるそうよ」
舞踏会での出来事は、一夜にして国中の噂になっていた。右を向いても左を向いても、やれ昨日の娘を見たかだの、捜査に加わって名を挙げようだの、ピーチクパーチク騒がしいことこの上ない。
「ねえ、それより、マリアは?」
俺はさっきからこの厨房で、愛しい恋人の帰りを待っているのだ。
「だから、王妃様のお部屋だって言ったでしょ」
「いつ戻ってくんの」
「知りませんよ……しつこいと嫌われるわよ」
女たちはニヤニヤしながら俺を冷やかす。
「あなたも少しは王様の侍従らしくしたらどうなの。取っ替え引っ替え、女の子のお尻を追いかけ回してないで」
「心外だな。僕が追いかけてるのは今はマリアだけだ」
「今は、ね……この前はローザ、その前はハンナ……」
「違う、今度のは本気なんだって」
俺は言い返すが、女たちに一蹴される。
「一途で働き者のジュン様を少しは見習いなさい」
「執事が嘆いてたわよ」
全く、それを言われるとしらけるんだよなあ。
「あーあ、みんなして俺をいじめるんだから。もう待てない。王妃様の部屋でも見てくるかな」
「男子禁制よ」
「そこはまあ、王の侍従ですから」
俺が伸びをしてドアに向かう間も、女たちはまだ面白がってガヤガヤいっている。なんだかんだ言ってメイドのお嬢さん方は俺のことが大好きなのだ。俺は皆に投げキスをして厨房を後にした。
王妃の間の廊下を行ったり来たりすることしばし。天井まである重い扉が開いて、侍女たちが出てきた。中にいる王妃に一礼をして部屋を後にする。お目当てのマリアは銀盆と水差しを持って、その一番後に続いて出てきた。
「よっ!」
腕を掴んで壁に引き寄せる。
「ちょっと、ダメよトーマ!」
顔を真っ赤にして、先に行った王妃の侍女たちと俺とをしきりに見比べている。嬉しいくせに。柱の陰に衣装部屋に続くドアがあった。マリアを抱いたまま後ろ手にドアノブを下げ、部屋になだれ込む。ふわふわと揺れるドレスの間に挟まって、マリアを可愛がる。
数分後、その柔らかな胸に顔を埋めてしばしの休息をとっていると、不意に、ドアの開く音がした。
「……誰か来るわ!」
マリアは俺を突き飛ばし、慌てふためいて身なりを整える。
「静かに……じっとしてれば大丈夫」
俺はマリアを大きな鏡の後ろに下がらせ、自分はソファの陰からドアの方へ目を凝らす。ワードローブの密林の奥から、誰かの足音が近づいてくる。
現れたのは、黒ずくめの背の高い男。我が従兄弟のジュンである。予想だにしなかった人物の登場に、俺は目が点になる。よっぽど声をかけようかと思ったが、奴が手にしているものを見て、やめた。間違いない、女物のドレスである。ドレスとジュンの組み合わせが意外すぎて、さすがの俺も出ていくタイミングを逸した。
ジュンはしばらく衣装の間を彷徨っていたが、やがて手にしていた青いドレスをトルソーに着せて丁寧にしまい込んだ。ここは王妃専用の衣装部屋。王妃のドレスを近衛隊長がいじっているのは異様な光景だ。また領主の頼みか何かだろうか。チラとマリアの様子を伺うと、彼女もやはり不思議そうにジュンの行動を見守っている。その張り詰めた表情が新鮮で、緊急事態にもかかわらず、つい見惚れてしまう。
奥に姿を消したジュンが、再びこちらに戻ってきた。まだ何かを探しているようだ。ゆっくりとこちらへやって来る。俺は身を低くしてソファの後ろにほとんど這いつくばるようにして隠れる。マリアは手を組み合わせて神に何やら祈っている。
「おかしいな……」
ジュンは衝立やカーテンの後ろをしばらく探していたが、ややあって、俺の隠れたソファのところまでツカツカと近づいてきた。
ぎしっとソファにジュンの膝が乗る音。もう観念して出ていくしかないかと思った次の瞬間、俺のすぐ横に落ちていた布包みが引き出された。
「こんなとこに」
ジュンは安堵したように包みを抱え、埃を払った。さっきマリアと俺が無意識に蹴っ飛ばした布包だった。ジュンが包みを開くと、中からは街娘が着るようなドレスが出てきた。何か光る石のようなものが転がり落ちたが、ジュンは気がついた様子がない。所々擦り切れているそのドレスを大事そうにたたみ直すと、ジュンは足早に部屋を出て行った。
「なんだったんだ、今の」
安堵のため息をつきながら、俺は身を起こす。ドレスから転がり落ちたものを拾い上げて、まじまじと見つめる。陽に当てるとキラキラひかる。糸の束が冷え固まったような形をしている。軽く噛んでみると、歯形が残る。
「何だこれ……純金だぜ」
「触らないで置いておきなさいよ!」
マリアはすっかり怖気付いてしまったようで、僕が差し出しても、決して触ろうとしない。
「ああもう嫌! あなたといると碌なことが……」
「ねえ、マリア、あのドレスに見覚えはない?」
俺は話を逸らしたいの半分、好奇心半分で、今しがたジュンが置いていったドレスを指さす。ぷりぷりと膨れながらも、ちゃんと近寄って見てくれるマリアが好きだ。マリアはメイドの中でも特に衣装に詳しく、繕い物が上手で、貴婦人達からの信頼も厚いのだ。ドレスに触る繊細な手つきからも、マリアが服飾を愛していることがわかる。
「先月の園遊会のために用意したドレスね……だけど結局、王妃様はお召しにならなかったの」
「なんでまた」
「その日はなぜか、女性も乗馬服で集まることになったのよ。変わり者の侯爵夫人の気まぐれでね」
「じゃあこれは没だったわけか。もったいねー」
俺はそう言いながらも、このドレスになんだか見覚えがあった。光のあたり具合で、深緑を帯びたり、氷のように透き通って見えたりする。綺麗でしょう?とマリアは微笑んだ。
「園遊会もいいけど、舞踏会にももってこいだったと思うわ。シャンデリアの光ではきっと深い青になるし、月明かりを受ければ白く光る。とっても綺麗だと思うの。こんな素晴らしいドレスがお蔵入りなんて、本当に信じられないわ」
マリアはそう言ってから、ハッとしたように口を押さえた。
「今、ジュン様はこのドレスを見ておられたの?」
「というか、持って入ってきたぞ」
「どうしよう……領主様のテコ入れかしら」
「へ? どう言うこと」
「衣装への出費を抑えるように言われてるのよ。またこんなドレスを無駄にしたなんてバレたら、王妃様も私たちも怒られるわ」
「いくら守銭奴でも、そこまで口出しはしないだろ」
大丈夫だよと慰めつつも、まあ、あの領主ならやりかねないと納得する面もあった。あんなコワモテがキラキラドレスを持ってやってくるから何事かと思ってしまったではないか。
マリアと別れて、城をぶらつく。
先ほどの青いドレスが脳裏をちらついている。何かが引っ掛かる。考えれば考えるほど、消えた娘の捜索からとって返して真っ先に取る行動にしては奇妙なのだ。
「消えた娘……」
舞踏会の夜、ジュンを見かけた。裏門から入ってきたジュンに、俺は声をかけた。公務で午前中は式典をパスしたとか言ってたな。それから、そうだ、黒いマントをきた裸足の女を連れていた。顔はよく見えなかったが、美人であることはこのジゴロの鼻にピンと来た。
青いドレスが旋回する。そうだ、あのドレスを俺は確かに見た。領主と踊る娘が来ていたドレスだ。さらに、ソファの陰からジュンが持ち去ったドレス、あれは娘が元々着ていたものと見た。
ジュンはあの娘の消息を掴んでいるに違いない。
「ちょっと領主様のご機嫌でも伺いにいくか……」
俺は踵を返して、領主の部屋に向かった。何を隠そう、俺は恋愛話が大好き。いち早くゴシップを仕入れて、厨房のお嬢さん方を沸かせてやろう。
朴念仁の領主にもついに春がきたのだ。話し相手がクソ真面目な重度のブラコン拗らせ男だけじゃ気の毒というもの。ここは一つ、恋愛上手の俺が相談に乗ってやろうじゃないか。
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2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
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