氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第七章 晩餐会

3 紙を持て(皇女視点)

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3 紙を持て (皇女視点)



 はあ……領主様。私が思った以上にあの方は罪なお方だった……。

 まずあの完璧に整った美貌。陶器のようなきめ細かい肌。白粉も紅も何ひとつつけていないのに、あの艶やかさは一体何なの。何を食べたらそんなふうになるの。光り輝いてもはや透き通ってるんですけど。隣にいると、正直女を辞めたくなる。前から女はやめたかったけれど、それが確信に変わるレベル。

 体つきは、そんなに鍛えている方ではなさそう。でもしなやかで無駄なところがない。特に首のラインと、ピンとはった背筋とお尻のあがり具合が最高である。これはあなた、ダメでしょう。近衛隊長はおそらくこの辺にやられていると見た。

 あの近衛隊長、隙あらば領主様に舐めるような視線を送っている。なのに、領主様ときたら何ひとつ分かっていないんだから。日頃からああやって無防備に崇拝者の欲望を煽っていたりするに違いない。

 話してみてわかったけれど、彼はその美しさを自覚していない。中身は正直、王子というより、聖職者か、苦労人のおじさんみたい。市井で育ったという情報通り、まだ宮廷慣れしていない感じもあった。そこがいいところのような気もするけれど、見ていてもどかしい。

 まあ、そんなのはよしとしましょう。

 罪ぶかき領主様の最大の罪、それは、私にとんでもない創作燃料を投下なさったということよ。私は声を大にして叫びたい。

 …………あの美少年に対するあからさまな視線はなんなの領主様ー!…………

 晩餐会が終わるや否や、私はずっと小走りで飛ぶように貴賓館に戻ってドレスを脱ぎ捨て、猛然と書き始めた。私はもう、書かずにはいられなかった。

 そうそれは、美しい小姓と領主様の禁断の恋の物語。

 侍女たちは慌てた様子で、机に向かった私の髪をとき、ガウンを着せ掛けてくれるけれど、正直彼女たちにお礼を言ったり労ったりしている場合ではない。緊急事態なのだ。

 あらすじはもう頭の中に出来上がっていた。あとはそれを文字にするだけ!

 なのにどうしてこの館には羊皮紙しかないの。バカじゃないの。こんなことになるなら国からどっさりと紙の巻物を持ってくるんだった。

 私は侍女に大量の紙とインクを買ってくるように命じた。

「二の姫様、しかしもう夜でお店は閉まっております……」
「そうだったっ……じゃあ明日の朝イチでお願いっ!」
「か、かしこまりました」

 仕方がないので私はかき集めた羊皮紙にびっしりと妄想を書き殴った。

「二の姫様、もうお休みにならないとお身体が……」
「大丈夫! 今、降りてきてるから、貴方たちは先に寝なさい!」
「か、かしこまりました」

 私の創作意欲に火がついたら誰にも止められないことを、彼女たちはよく知っているのだ。非常に素直にとっとと寝に行ってくれた。

 領主様、私に感謝なさい。明日はあの可愛い小姓を独り占めできる機会を設定して差し上げたのだから。

 あの美童を連れてこいという私のリクエストに、領主様は絶句して、顔を真っ赤にして頷いていた。ああもう、どんだけ可愛いの。滾る。捗る。ほんと助かる。


***********


 気がつくと朝になっていた。

 私は書き殴った羊皮紙の束を順番に並べて、目を通していく。すごい。私は感動の涙をぬぐった。一夜にして傑作爆誕。侍女が紙を買ってきてくれたらゆっくりと清書することにしよう。

 小一時間くらいなら眠れるだろう。私はフラフラとベッドに倒れ込んで前後もなく眠った。

「二の姫様……ミサに出かける時間でございます。お支度を」

 一瞬にして睡眠時間は終わってしまった。今瞼を閉じたところだった気がするのに。沐浴をし、髪を結ってもらって、ようやく目が覚めてきた。

 そうだ、今日は領主様と美少年の絡みを生暖かく観察する日! ぼんやりしている場合ではない。

 王宮内の礼拝堂には、すでに多くの貴人たちが集まって祈りを捧げていた。

 領主様は司教に一番近い位置に座っている。その後ろには例の黒ずくめの近衛隊長。

 二人は乳兄弟と聞いた。領主様といい、近衛隊長といい、朝から清々しいほどの美貌だ。だが近衛隊長の心境やいかに。礼拝堂には似つかわしからぬドス黒い愛欲が渦巻いているのではあるまいか。兄弟間の拗れた片思い小説も、いずれは一つ書いてみようと胸に誓う。

 それにしても、私の天使はどこかしら。礼拝堂をキョロキョロと見渡す。

 いた。領主様の視線の先を見れば一発だった。王族たちとは距離を置いたところに、小姓たちの席がある。今日は彼も小姓たちに混じって、教会の末席についているのだ。

 彼の美しさは群を抜いている。ああ、私の筆力では夜通しどんなに苦心しても、あの美しさを描き切ることはできなかった。やはりリアルの迫力は違う。もう、彼の周りに虹色の波動が見えるのだ。

 領主様は、さっきから彼のいる方に視線を泳がせっぱなし。方位磁石かっていうほどに。どうして皆、あれに気が付かないのか不思議でしょうがない。

 美の描写力が私には圧倒的に足りない。宮廷画家と彫刻家を帯同すべきだった。

 あの少年の、哀愁漂う瞳の色気はなんなのだろう。雪のちらつく海岸を思わせる。スラリとした首筋、ふんわりとした肌。白い鼻筋と、上品な口元。波打つ白金の髪がその花のかんばせを縁取っている。サラサラとしだれかかるあの前髪越しに見つめられた日には、本物の天使も堕天の危機を免れないに違いなかった。

 昨夜私が創作において最も苦心したのはまさに彼の描写であった。だが私にはいちいち書き記す才能もないのだから、もう「美少年」とだけ記せばよくないか。各々超絶美少年を想像してくれればいい。夜明け前には、そんな境地に達したのだった。

 礼拝は不埒な考えを鎮められないうちにあっという間に終わった。

 礼拝堂を出る時も、私は領主様と小姓のやり取りに目を光らせていた。

 領主様は近衛隊長を呼び止めて、何やら話している。

 そこへ、隊長の馬を引いて、あの美少年がやってくる。

 領主様ときたら、何食わぬ顔で挨拶なんかしてるけれど、耳が真っ赤になってしまっている。

 美少年のほうも、目を少し俯けて、馬を撫でたりなんかしている。領主様と目を合わせないようにしているのがいじらしい。ただしその馬を撫でる手つきがまた領主様の視線を釘付けにしてしまっているのだから世話はない。

 では後ほど、と領主様。その瞬間、二人の目があった。バチっと音がするほどに視線を絡み合わせて、すぐ逸らす。

 はい……。ね……。ありがたやありがたや。私は二人を拝みながら礼拝堂を後にした。

 
 
 貴賓館に戻ると、侍女たちが食事を部屋に運んでくれる。それを食しながら昨夜の原稿に再度目を通す。侍女たちは思い出したようにそそくさと紙とインクを調達しに出かけていった。

 私の物語はこうだ。

 領主様は隣国の姫との政略結婚を前に、なんとかそれから逃れるべく、乳兄弟に相談を持ちかける。乳兄弟は小姓を女性に仕立てて、領主の架空の恋人を作ることを提案する。架空の恋人との関係を盾に、政略結婚を退けようというのだ。二人はふざけてそんな計画を実行に移す。ところが美しく着飾って現れた小姓に、領主は図らずも本気の恋に落ちてしまう。禁断の恋と知りながら、領主は美少年への倒錯的な愛に溺れていくのであった。

 いいわ。筋書きは多少陳腐でステレオタイプでも構わない。これが事実であるという背景が、ひたすら私をたぎらせる。あとは細部にリアリティを足していきたい。今日は存分に二人を観察するとしよう。




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