氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第九章 侍従

2 探偵業(侍従視点)

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2 探偵業 (侍従視点)



 まんじりともせず朝を迎えた。ミサの間も心は上の空。

 礼拝堂を出て、足は無意識に厨房に向かう。マリアの顔が見たいような、見たくないような。

 メイド達は朝食の準備をしながら噂話に花を咲かせている。俺は厨房の入り口にもたれ、腕組みをして、女達の話をぼんやり聞いていた。

「領主様は皇女様に夢中だそうよ」
「私、会場にいた」
「どうだった?」
「お食事中も、お二人はずっと見つめ合ってらっしゃったわ」

 女達の興奮した悲鳴が上がる。早起きのメイド達は、朝からテンションが高い。人の噂も七十五日とはいうが、青いドレスの娘のことを、皆たった一晩で忘れてしまったようだ。

 領主の表情は、あの娘と踊っていた時と、皇女といる時では全く違ったのに。領主に向けられる好奇の目の数は多いのに、その心の機微に気が付くものは余りにも少ない。俺は不思議で仕方がない。

 だが俺は今、正直なところ、領主の恋愛を心配している場合ではない。昨夜に引き続き、マリアの姿がどこにもないのだ。

 思わずため息をつく。こうも会えないとなると、避けられているのかもしれないと弱気になる。

「あらトーマ……あなたも会場にいたんでしょ? どうだったのよ、領主様のご様子は」
「うーん。あんなの、社交辞令だろ」

 女達は顔を見合わせてくすくす笑う。

「なんだよ」
「いいえ。なんでもございませんよ」
「さすが、恋する男は言うことが違うと思って」

 何がおかしいのか、みんなで肘を突き合って、含み笑いをする。さては、俺が昨夜からマリアに避けられてるのをからかっているのか。

 なんだか軽口を叩く気も失せて厨房を後にした。

 ちょうどそこに、鶏小屋からやってくる人影。卵を入れたバスケットを抱えている。マリアかなと思いじっと目を凝らす。が、人違いだった。

「よう、フアナ」
「あらあら、そんなところでぼんやりされて……どうかなさいました?」
「どうもこうもないよ。なあ、優しいフアナ。お前は俺にマリアの居所を隠したりしないよな?」
「誰が貴方からマリアを隠せるもんですか……」
「よく言うよ。昨日から探してるけど、全然見当たらないんだぜ?」

 フアナはきょとんとした顔で俺を見る。

「ねえ、俺、避けられてるのかな?」
「とんでもない。だってみんな、噂してますよ。昨夜はマリアが……その、あなたと帰ってこないって……」

 フアナは赤くなって口ごもる。今度は俺がきょとんとする番だった。

「え。何それ。みんなは、俺とマリアが一緒だったと思ってるの?」

 どおりで変な笑い方をしていたわけだ。俺はマリアと一夜を共にしたと思われていたらしい。俺はあいにく一人で寒い部屋に転がって一夜を過ごした。

 マリアはまさか、俺以外の男と? 

 俺は思い切り頭を振る。不安は募るばかりだが、変な疑いをかけるのは紳士らしくない。

「昨日の夜、あなたがマリアを探しに行ったでしょ? てっきりどこかで落ち合ったんだと……」
「待って。マリアは昨日、部屋に帰ってないんだね?」

 俺はフアナの肩を掴んで、確認する。フアナは急に心配そうな顔になって、首を振る。

「ええ……まだ帰ってないわ」

 不安で胸が締め付けられる。どこに行ってしまったのだろう。 

「あなたと一緒じゃなかったのね。それなら、どうしたのかしら……」

 フアナは昨日の昼以降、マリアの姿を見ていないという。昨夜のメイド達の話では、王妃の部屋に昼食を運びに行ったというが。それが最後だろうか。

「心配だな……もうちょっと探してみるよ」
「そうね。お願い」

 王妃に直接聞きに行きたいところだが、メイドの消息を尋ねるほどのマナー違反は流石の俺もできない。高貴な貴婦人にとってメイドは空気みたいなもので、本来、口を聞いても目を止めてもいけないのだから。

 せめて王妃付きの侍女に話を聞くか……。

 懇意の侍女は居なくもない。俺は一時期、侍女のローザを追いかけて口説きまくっていたのだ。ただ、その恋は、手に入りかけた瞬間、急に醒めてしまったのだ。おりしもマリアとの出会いがあり、俺はパタリとローザへのアプローチを辞めてしまった。以来、彼女とは疎遠になっているのだった。

 そんなところへノコノコ出かけて行って、マリアの消息なんか聞けたものではない。他の心当たりを探してからにしよう。

 確か、マリアの家は鍛冶屋だった。そちらに帰ったのかもしれない。貴賓館訪問用の馬を手配しに行くついでに、鍛冶屋に立ち寄ってみることにした。厩舎からそんなに遠くはなかったはずだ。


**********************


 馬の準備を終えて、鍛冶屋を訪ねたが、そこにもマリアは帰っていなかった。親父さんに心配させるのも悪いから、適当に挨拶だけして家を出た。

 ぶらぶらと厩舎に戻っているところに、執事が俺を探してやってきた。領主は一足先に貴賓館に向かったらしい。

「予定より随分と早いじゃないですか」
「一刻も早く皇女様にお会いになりたいということだろう」

 執事がメガネを拭きながら満足げに言うから、俺は笑ってしまった。

「何を笑っておる」
「いや、私には領主様がそんなに皇女様にご執心のようには見えないのですが……」
「バカな。領主様は今朝から訪問を心待ちになさって、それはもう張り切っておられたのだぞ」

 領主が城代とのミーティングが終わるや否や廊下を走って支度を急がれたことなどを、執事は得意げに語るのだった。へえ、と俺。それは意外だ。

 お堅い執事が嘘をつくわけはないし。領主が皇女との結婚に前向きなのは事実なのかもしれない。

 それならそれで、結構なことなのだが。俺の脳裏にはまだ、青いドレスの少女と、幸せそうに見つめあっていた領主の横顔が焼き付いている。あれは完全に恋する目だったのに。

「人の心って本当に移ろいやすいものなんですね……」
「なんだ、やけに感傷的だな」

 俺には、領主のことがわからなくなった。消息不明のままに捨て置ける神経がわからない。政略結婚に意気揚々と踏み込める神経がわからない。

 俺は、恋人の姿がたった一晩見えないだけで、こんなに不安になるのに。

「貴賓館で落ち合うようにとの仰せだ」
「了解っす」

 栗毛の馬にまたがり、貴賓館を目指す。

 ものの数分で到着したが、待てどくらせど領主様はお見えにならない。門番に聞いても、まだ到着していないという。もしかして裏口でもあるのかと思い、館の周りをウロウロしてしまった。

 昼の鐘が鳴った。仕方がないので、また正門に戻って待っていると、ようやく、馬を引いてやって来る二つの人影が見えた。領主と、昨夜の美しい小姓だ。

 あれでは、馬はなんのために連れてきたのだかわからない。小姓が馬を静々と引いて歩き、領主はといえば、小姓のそばに寄り添ってゆっくりと歩いてくる。肩が触れそうなほど近く、遠目で見ればまるで恋人のようだ。

 恋人。

 ふと、小姓を見やる領主のまなざしが、恋人に対するそれに見えてハッとする。

 そして、それを伏目がちに受けている金髪の少年に、昨夜の青いドレスの少女の面影が重なる。

「あっ……?!」

 思わず声が出た。俺の大声に、馬がビクッとしていなないた。慌てて口を塞ぐも、時すでに遅し。領主と小姓がこちらに気が付いてしまった。領主はパッと小姓から距離を取った。

 甘酸っぱい感情が俺の胸を満たす。

「そうか……謎は全て解けた!」

 青いドレスの少女の正体が、俺には分かってしまったのだ。

 ジュンがこそこそドレスを持ち出していたことも、領主が、捜索のおふれを取り消させたことも、全て合点がいく。

 今、僕に礼儀正しく挨拶をする美しい小姓。彼こそが領主の心を奪った乙女の正体なのだ……。

 大方、政略結婚を押し付けられた領主とジュンが、それに反抗して計画したことだったのだろう。

 だが今や、小姓と領主の二人が相思相愛なのは、俺の目には明らかだった。お互いに、目が合うだけで溶けそうになっている。これで周囲に隠し切れるとでも思っているのだろうか。

 領主様が急いで王宮を出た理由がわかった。皇女に会うためではない。少しでいいから小姓くんとのふたりきりの時間を作りたかったんだ。

 いやだ……なんて一途なんだろう。

 なんだよ、領主様。めちゃめちゃ不憫だ。初恋相手が、男だったんだね。硬派なのは知っていたけど、いきなりそっちに行ってしまったんだね。

 だがこの子にならキュンとしてしまうのも無理はない。俺だって、マリアという恋人がいなかったら、惚れてしまっていたかもしれない。百戦錬磨の俺であっても、この小姓の綺麗な瞳に見つめられるとドキドキするのだから。

 しかし、皇女様は領主と小姓を呼びつけて、これから何を始めるおつもりなのだろう。

 こうなれば、恋愛マスター様が二人を守ってやらねば。

 妙な使命感を胸に、貴賓館の門をくぐる俺のテンションは鰻登りであった。
















 
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