氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第九章 侍従

3 腹の底※(侍従視点)

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 3 腹の底 (侍従視点)



 小姓くんの名はオトというそうだ。領主の紹介では、ジュンの遠い親戚だという。

 昨夜、ジュンはオトをやんごとない方のご子息と言っていたが、あれは方便か? 本人の前で追求するのも野暮なので流したが、謎は深まるばかりだ。これほどの美少年が今まで噂にもならずにどこに埋もれていたのだろう。

 応接間で皇女を待つ。

 緊張しているオトにあれこれ話しかけて笑わせる。鈴を転がすようなピュアな笑い声に、俺は無上の喜びを感じる。自分が面白い人間だったことを思い出させてもらえる。

 特筆すべきは、ケイトの目。オトの笑顔を独占している俺に対するケイトの目。それが一番のご馳走である。

 もはや領主の顔じゃない。小姓くんの可愛い笑顔にときめくやら、俺に嫉妬するやら、それを必死に隠すやら。いかにも恋愛初心者の顔なのだ。わかるよケイト。かつての俺を見るようだ。

 皇女が部屋に入ってきた。

「なんて美しいの!」

 開口一番がそれ。皇女はそこから怒涛の勢いで喋り倒した。話し上手の俺も流石に度肝を抜かれた。口を挟む隙がない。

 皇女はバイリンガルらしく、こちらの言葉と東の言葉のちゃんぽん状態。さらにオトの手をとり、髪をなで、頬をつついて可愛いだのなんだのと騒いでいる。

「……ねえ、これってどういう状況?」

 俺は皇女の目を盗んで領主を肘で突く。お前の未来の婚約者が、目の前で小姓に無体を働きまくっているのだが。

「小姓がメインゲストなんですか? あなたじゃなくて」

 頼むから説明がほしい。だが領主は、皇女の行動から目を離そうとしない。

 皇女様は今、オトとひっつくようにしてソファに腰掛けている。

 オトもおそらく俺以上にこの状況が飲めていない。体を触られるたびに目を泳がせて、こちらに助けを求めている。

「領主様も触ってみて!」

 皇女様は、超笑顔。領主様は、無言。俺は吹き出しそうになった。反応のない領主をよそに、とうとう皇女様はオトの腿に手を這わせながら、頬にキスをした。

「さすがに、アウトだ……」

 領主の押し殺した声。隣を見た俺は、ゾッとした。領主は柔和な笑顔を浮かべているのだ。声と、目の奥の色は、ブチギレているのに。

「すまんが連れて帰る」
「えっ!」

 なんで? 皇女に頼まれてオトを連れて来たのはお前だろ? こうなることはわかっていたんじゃないのか? 

 その時、何をされたのやら、オトがちょっと声を上げた。領主は皇女の方にゆらりと一歩踏み出した。俺は慌ててその腕を掴む。

「ケイト! 待てって」

 思わず呼び捨てしてしまった。ここで皇女の機嫌を損ねたらまずい。ああ見えて、諸国一の軍事力を誇る姫君だ。

「失礼ながら領主様、ヤキモチをやくなんて大人げないことは……」
「ヤ、ヤキモチ……?」

 領主はみるみる赤くなった。

「変なことを言うな。僕は単に、ハラスメントを止めようとしているだけで」

 ハラスメントとは、恐れ入る。

「これくらいのおふざけでキレるのは野暮ってもんです」

 俺も小姓だった頃、やっぱりああいうお姉様方には色々可愛がってもらった。オトだって男の子だし、当惑こそすれ、まんざらじゃないと思うんだけどな。それに小姓である以上、こういうことに慣れていく必要もある。

「ボタンを外してくださらない?」

 皇女にせがまれたオトは、耳を疑うかのように聞き返している。

 最初はみんなそうだ。自分の体や顔に、一体なんの意味があるのか。どんな価値があるのか。どんな視線が向けられているのか。オトはまだ、何にも知らない。

 オトは戸惑いながらも、胸元のボタンをはずしにかかった。

「オト!」

 とうとう領主が口を出してしまった。

「そんなことしなくていいんだよ。皇女様はご冗談でおっしゃってるんだ」

 皇女へのやんわりとした牽制だ。

 オトはうるんだ瞳を領主に向けた。本当に可愛い。俺も抱きしめてやりたくなる。

 実際、皇女は可愛いと叫びながら、今度はオトに抱きついた。領主の組んだ腕に力が入る。やれやれ。痩せ我慢してこんなになるくらいなら、自分も便乗すればいいのに。

「美女と美少年がじゃれてるだけですよ。いい光景じゃないですか」
「いや、これはどう見てもセクハラだ」

 俺は呆れてしまう。

「領主様には分からないかもしれないけど、小姓はこういう扱いも慣れていかないと……」
「バカな。あれじゃまるでペットだ」
「……ペットなんだよ」

 ケイトは初めて、俺の目を見た。俺は目を逸らす。小姓はペット。俺に言わせるな。

 この領主は宮廷育ちじゃないし、そもそも王子だし、こういう文化が理解できないのだろう。でも俺は、こういう世界で生きてきた。

「憐れみは無用ですよ。気持ちを押し殺して人に仕える者は、小姓に限ったことではありませんから」

 珍しく、俺の中でイライラが募っていた。いつも上機嫌で定評のある俺なのに。

「皇女様はご自分の気持ちに正直なだけです。好きなものを愛でる。可愛がって笑う。人として、ごく、自然なこと」
「嫌だと言えない相手の気持ちを無視していい理由にはならない」
「……なるほど」

 人権尊重、ってやつね。ご立派ですこと。

「しかし……あの可愛い少年の気持ちを無視して政略結婚を進めているのも、挙句自分の婚約相手の接待をさせているのも、全部、あなたですよね」

 領主様は、自分がチグハグな行動をとっていることに気がついているのか。

「ご自分の気持ちも尊重できないくせに、他人の気持ちが尊重できるとお思いなのですか」
「え?」

 ジュンと皇女とオトと王。領主をとりまく人々を代表して俺が言ってやった。

「あなたは、傲慢ですね」

 領主に俺の言葉が届いたかどうかはわからない。俺は領主の顔を見なかったから。

「トーマ! こちらに来てちょうだい!」

 皇女が手招きしている。俺は快く、皇女の要求に応えてやった。

 戸惑って怯えきってるオトを、膝にのせ、可愛がる。オトの華奢な体がマリアのそれに重なる。そして、幼い頃の、俺自身に重なる。

「トーマ……」

 領主の声を無視して、オトに触れる。一つ一つ、ボタンを外して、白い肌に指を這わせる。

「んっ……」

 オトは辛そうに僕から目を背けて、小さく息を漏らす。

 こんなの、大したことないよ。俺は、オジサマ方に喰われたことだって、尊敬していた騎士様に押し倒されたことだって、ある。

 嫌なら引っ掻いて逃げればいいんだ。楽しめそうなら楽しめばいいんだ。いいも悪いもない。

 自分で決められるんだよ、オト。ケイト。君らには、声があるんだろ? 偶像扱いされたからって、自分までそのふりをすることはないんだよ。

「いい加減にしろ!」

 領主のーーケイトの、腹の底からの声が聞こえた。



 
 

 

 
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