氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第十一章 イチマルキウ

4 夕暮れの街(領主視点)

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4 夕暮れの街(領主視点)



 夕暮れの城下町は、人々で賑わっていた。ランタンや街灯が至る所に灯され、飲み屋も旅籠も食事を楽しむ人々で溢れている。

 やはり、亡き人とその子息の名が知りたかった。皇女に潔白を証明して名前を聞き出すよりも、自分で突き止めた方が早いと思った。

 屋台を覗き、品定めするふりをして、数年前に東の国の海で消息を絶ったという商船の噂を聞き込む。皇女の話の端々から、五年は経っていないだろうと当たりをつけていた。

 人々が口を揃えて言うのは、東の国の輸入品ならイチマルキウが強いということ。そこを訪ねるのが一番の近道のようだ。

 広場に戻ると、ライトアップされた噴水に腰掛けてひと休みする。本丸に向かう前に、少し立ち寄りたいところがあった。

 裏路地の、馴染みの書店に向かう。本屋の主人は、薄暗い店の奥で揺り椅子に腰掛けてパイプをふかしていた。

「久しぶり」

 声をかけると、愛想のない主人は気だるく会釈した。子供の頃から出入りしている店だが、小生の素性は明かしていない。王宮で従僕をすることになったということにしている。

「そろそろ閉めるよ」
「うん。何か面白いものは入った?」

 この書店はシブヤの街で最も多くの洋書を取り扱っていた。流行りの思想書がいくつかあったので、城に届けてもらうことにした。

「こんな時間に買い出しか」
「はっ……」

 危うく本来の目的を忘れるところだった。小生は主人に、東の海で行方不明になった商船の噂を尋ねてみた。

「さあ……船が難破することなんて、ざらだがねえ」
「でも、王室に出入りするような商人は限られるでしょう?」
「なんだね、人探しかい」

 主人は少し興味を持ったようで、いくつか商人の名前を挙げてくれた。その人相も聞いたが、皇女の言う男に当てはまりそうな人はいなかった。

「まあ、探偵の真似事など、わしには向かんよ……」

 小生がなかなかピンとこないのを見て、主人はなぜか拗ねてしまった。

「大体からして東は好かん。人間の叡智たる活版技術を、呪いやら、恋愛やらの軽薄な本に使いよる……」
「また、そういうことを……」

 頑固なお爺さんにありがちな発言を、小生は苦笑まじりに聞き流す。

「みんな、東の国のことならイチマルキウで聞くのがいいって言うんだけど、どう思う?」
「イチマルキウか……いいんじゃないか。いかにも東かぶれの店だ」

 この国一番の衣料品店だ。だがその本店はオシャレ好きのご婦人方御用達のお店というイメージが強く、足を踏み入れたことはなかった。
 
「なるほど……じゃあ行ってみるか。ちょっとあのキラキラした雰囲気は苦手なんだけどね」
「なんだ。地味な方が肌に合うってか」
「うん……だからこの店は落ち着くんだよなあ」
「こいつめ」

 主人は満更でもなさそうにパイプを咥えた。

「だが、夜に行くのはおすすめせんよ。明日の朝、出直したらどうだ」
「なぜ?」

 窓の外では陽が落ちて、紫色の空には星が瞬き始めていた。薄暗い店には、店主の手元を照らす燭台しかない。

「わしも、よくは知らないが……」

 主人は苦々しげに首を振って、小生を手招きした。

「夜な夜なイチマルキウに、貴族たちがお忍びで出入りしていると言う噂だ」
「貴族たちが?」

 昼はお嬢さんたちの集う明るい洋品店だが、夜はがらりと雰囲気が変わるらしい。

「この街も、お前たちが遊び暮らしていた頃とは随分変わった。夜更けまでお前さんがここで本を読んでいても誰も怒らなかったろう。だがな、最近では、夜に子供を一人で歩かせることはまずなくなった」
「治安が悪くなっているの?」

 それは領主として、聞き捨てならない事態だった。

「警備を強化するべきかな」
「いやいや、治安が悪いわけではない……なんともいえない、住んでいるものにだけ分かる空気じゃよ」

 亡霊や墓場を恐れるように、夜のイチマルキウには自然と人が寄り付かなくなったという。

「ここ数年、朝になると記憶を失っていたり、夜中に出かけたきり、行方不明になるものも増えた……」
「記憶を失う……?」

 皇女の使者たちは、皆記憶を操作されていたと言う。何か関わりがあるのだろうか。

「記憶といえば、思い出したことがある……くだらない飲み屋の与太話だが」

 店主は小生の耳元で、記憶を失った船乗り達の話をした。

 とある商船が数ヶ月遭難したのちに、戻ってきた。ところが、乗組員たちは揃いも揃って、その期間に何があったか全く思い出せないという事件があったらしい。

「その船の持ち主は?」
「なんと言ったかな。北の言葉だった……クマだかワシだかいう意味の」
「ビョルン?」
「そう、ビョルンじゃ」

 ビョルンの名前なら聞いたことがあった。王宮に出入りしていた商人の一人だ。商工ギルドの会議でも、何度か噂になっていた。

 貿易業の発展には多大な貢献をした商人らしい。だがある日突然、王宮への立ち入りを禁じられ、ギルドの代表も降りたそうだ。そのことを惜しむ声なら、少なからず聞いたことがあった。

「そのビョルンという人は無事だったの」
「商人も乗組員も、自分たちが数ヶ月行方不明だったという自覚がないこと以外は、全くの今まで通り……巷では神隠しだと噂しておったんじゃ」
「なんだか怖いね……」
「あれは、そう、お前たち兄弟がいきなり王宮勤めを始めると言ってこの街を出て行った年だ。覚えてないかね」
「いや……知らなかった。そんなことがあったんだね」

 正直あの一年は王宮でみっちり扱かれていて、世相に構っている余裕もなかったのだ。

「その方は今どうしてるの」
「わからん。数年前に船出して以来、姿を見なくなった。死んだと聞いたように思うが」

 小生は頬杖をついて、店主の話に聞き入っていた。

「ありがとう、すごく役に立ったよ……」

 小生は席をたった。

「イチマルキウに行くのかね」
「うん……」
「わしの忠告を聞く気はないようだな」
「大丈夫だよ、もう子供じゃないし」

 主人は節くれだった震える手を伸ばして、小生を呼び止めた。

「もう一つ、思い出したことがある……」

 かつて若者の間に、実に退廃的な、口にすることも憚られるような品物が流行していた。

 国は、子供たちの育成に差し障るそうした産業を一掃した。最も煽りを受けたのは、イチマルキウだった。

「考えてみれば、これもお前さんがいなくなってすぐだ……」

 それから数年間、イチマルキウは内部のゴタゴタもあり、一洋品店としてようやく持ちこたえているといった体だった。

「そのイチマルキウが、急に羽振りが良くなったのが、五年ほど前さ……建物も一新されて、見るも豪華な今の店構えが出来上がった。取締法の抜け穴を見つけたのだとか、汚い金が動いているのだとか……まあ、やっかみもこめて皆噂するのさ」

 主人は小生の肩に手を乗せて、言った。

「悪いことは言わんから、イチマルキウに行くならお天道様の出ている時間におし」

 昔から世話になっている主人は、小生のことをまだ子供のように思うのだろう。

「わかったよ」

 小生は主人のシワだらけの手をポンポンとたたいた。

「少し覗くだけにしとく。門限も近いしね」

 主人は首を振った。

「相変わらずいうことを聞かんの……」

 すっかり暗くなった窓の外に目をやる。遠くに、常夜灯に照らされたイチマルキウの看板が見える。ルビーと金で象嵌した柘榴のロゴマークが光っていた。

 確かに、少しずつ街は変わっていた。この店の窓からこんな景色を見た記憶はなかった。

「……じゃあ僕行くね」

 主人は手を振るでもなく、じっとこちらを見つめてパイプを咥えた。






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