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第十六章 翳りゆく部屋
1 夢からの目覚め
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1 夢からの目覚め
目を閉じて金魚みたいにゆらゆらしていた僕は、ケイトの指が「女子力」の核心に触れた瞬間、動きを止めた。
身を離そうとすると、ケイトはくぐもった声で行かないで、って言った。だから僕はじっとしていた。時間が止まってしまえばいいと思った。
*******************
「こ、これは……一体、どういうことです?!」
誰かの取り乱した声で目が覚めた。
僕の目の前には、領主様。すやすや寝息を立てている。僕たちは抱き合ったまま眠っていたみたいだ。
ベッドを覆っていた天蓋がまくりあげられ、誰かがこちらを凝視している。
一瞬、ザクロさんかと思って肝が冷えた。でも、もちろん、そうではなかった。黒服を着た白髪の紳士だ。僕は慌てて身を起こす。
「おお、なんということ!!」
紳士は白手袋をした手で目を覆って、僕から顔を背けた。僕は自分の身体を見下ろした。
「あ、あれっ?!」
眠気が一気に吹き飛んだ。僕は慌ててベッドに突っ伏した。僕は、なにも着ていない。
「ん……」
眠っている領主様が、小さな声を漏らした。
「りょ、領主様……」
僕は領主様をそっとつついた。領主様は目をこすりながら僕を見た。
「オト……」
そして微笑むなり、僕をぎゅうっと抱き込んでしまった。
「あ、あの、領主様、起き……」
僕はもう、怖くて紳士の方が見れない。
「なにをなさっているのですか、領主様っ!!」
白髪の紳士の怒号が響いた。寝ぼけていた領主様は目を見開くと、ばっと背後を振り仰いだ。
紳士は言葉もなく、ワナワナ震えている。領主様はそんな紳士を見上げたまま、しばらく動かなかった。
「み、見損ないましたぞ、領主様! 昼間から、なんと、ふしだらな……」
紳士が、乾いた声を絞り出すように言った。
「ご婚約を控えた身で、何をなさっているのです!」
「…………」
怒られながらも領主様は、さりげなく僕の身体を布で覆ってくれる。
「女性に興味を持たれたのならまだしも、そのような穢らわしい……」
突然、領主様は言った。
「お前こそ、そこで何をしてるんだ?」
「な……」
「ノックもせずに部屋に入るとは」
「何度もいたしました!」
執事さんは叫び、彼がここに至るまでどんなことがあったのか矢継ぎ早に申し立てた。
僕にはわからない言葉や名前ばっかりだったけど、とにかく、領主様は今すぐ起きてどこかに出向かなくてはならないらしい。
「起きる」
領主様は、外してくれというように、紳士に手の甲を振った。紳士は、神に救いを求めるような身振りをした。
「そう凝視されていては支度ができない」
領主様が言うと、紳士は大きく嘆息しながらくるりと背を向けた。
「オト、ごめん。びっくりしたね」
領主様はシーツの間に紛れていた僕の服を拾って、一つひとつ着せてくれた。
「あの方は……」
「執事だよ」
執事さん! 彼は、領主様が僕みたいな小姓と裸で眠っているのを見て、一体どう思っただろう。
執事さんが、かなりのショックを受けているのは明らかだった。
だけど、領主様は全く動じていないみたいだった。着替えながら、僕の頬にキスなんかしている。
「だめだよ、領主様」
「あ、ほら、その呼び方は禁止」
「そんなこと言ってる場合じゃ……」
「今度その呼び方をしたら、罰としてキスしてもらうから」
領主様は笑って、今度は僕のくちびるにキスをした。僕は身を固くする。
昨日までの、僕を遠ざけようとしていたケイトと同一人物とは思えない。
「……どうしたの?」
ケイトは心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
「やっぱり、僕の恋人になるのは嫌?」
「そ、そういうことじゃなくて……」
僕はどぎまぎしてチラと執事さんの方を見やった。
執事さんと、鏡越しに目が合った。僕は真っ赤になった。
執事さんは、ベッドからは背を向けているけれど、その正面には鏡があったんだ。あの鏡には、領主様が僕にキスをするのも、映っていたに違いない。
「執事さんが見てる……」
「見てたら、困る?」
ケイトはまた僕をぎゅっと抱きしめた。
「オト、あのね。君が僕のものになるっていうことは、こういうことなんだ……」
ケイトは低い声で囁いた。僕はケイトの顔を見ようとした。でもケイトは腕に力を込めて、それをさせてくれなかった。
「……僕といれば、君は宮廷中、いや国中からの好奇の目に晒されることになる」
僕はじっとして、ケイトの言葉に耳を傾けた。
「君に、辛い思いをさせたくない」
ケイトは僕の髪を撫でながら言った。そしてさらに耳元に口を寄せて、小声でこう言ったんだ。
「だからね、オト。僕はこの国を捨てるよ」
僕は呆然として領主様の顔を見た。
「君も、僕のために、何もかも捨ててくれる?」
「えっ?」
いきなりの質問に僕は驚いた。
「僕は構わないよ、でも……」
僕は元から何も持っていないも同然だから。だけど、ケイトにはそんなこと、してほしくないよ。ケイトや、周りの人達が不幸になるのは、嫌なんだ。
なんて言ったらいいのか考えていると、ケイトは僕の手を握った。
「この国を出て、結婚しよう、アリオト」
「ふぇっ?!」
ケイトは自分の指から銀の指輪を抜くと、僕の手のひらにそっと乗せた。
「待って待って、そそそ、そんなこと……」
そんなこと出来るはずないよね?!
「男同士の夫婦なんて、僕は見たことも聞いたことも……」
いや、待って、ザクロさんが本当におきゃまなのだとしたら……。
「……あるか」
めっちゃ身近にいたー! 父さんとザクロさんは男同士で夫婦だった。とすると、ありなのか??
ぶつぶつ言いながら目を白黒させる僕を、領主様は黙って見つめている。返事を急かせることはなかった。僕の言葉を待っていてくれる。
僕がザクロさんみたいにおきゃまになりきれば、結婚はありなのかもしれない。
「ケイトのためなら頑張っておきゃまになるよ、僕」
「えっ、おきゃま?」
「で、でもね、でもさ……」
問題はそれだけじゃなかった。この国の大事な領主様を、僕が独り占めしていいはずがない。みんなに愛されて、幸せに暮らしている領主様なのに。
「か、神様はそんなこと、お許しになるでしょうか?!」
考えすぎた結果、僕はおかしな返事をしてしまった。ケイトは微笑んだ。
「神様だけは分かってくれてるよ。悪いのは僕で、君は何も悪くないってこと……」
「どうしてケイトだけが悪いことになるの?」
僕の質問に、ケイトは笑って答えなかった。
「ケイトだけが責められるなんて、もっとダメだ」
僕は手のひらで輝く、小さな銀の指輪を見つめたまま呟いた。
目を閉じて金魚みたいにゆらゆらしていた僕は、ケイトの指が「女子力」の核心に触れた瞬間、動きを止めた。
身を離そうとすると、ケイトはくぐもった声で行かないで、って言った。だから僕はじっとしていた。時間が止まってしまえばいいと思った。
*******************
「こ、これは……一体、どういうことです?!」
誰かの取り乱した声で目が覚めた。
僕の目の前には、領主様。すやすや寝息を立てている。僕たちは抱き合ったまま眠っていたみたいだ。
ベッドを覆っていた天蓋がまくりあげられ、誰かがこちらを凝視している。
一瞬、ザクロさんかと思って肝が冷えた。でも、もちろん、そうではなかった。黒服を着た白髪の紳士だ。僕は慌てて身を起こす。
「おお、なんということ!!」
紳士は白手袋をした手で目を覆って、僕から顔を背けた。僕は自分の身体を見下ろした。
「あ、あれっ?!」
眠気が一気に吹き飛んだ。僕は慌ててベッドに突っ伏した。僕は、なにも着ていない。
「ん……」
眠っている領主様が、小さな声を漏らした。
「りょ、領主様……」
僕は領主様をそっとつついた。領主様は目をこすりながら僕を見た。
「オト……」
そして微笑むなり、僕をぎゅうっと抱き込んでしまった。
「あ、あの、領主様、起き……」
僕はもう、怖くて紳士の方が見れない。
「なにをなさっているのですか、領主様っ!!」
白髪の紳士の怒号が響いた。寝ぼけていた領主様は目を見開くと、ばっと背後を振り仰いだ。
紳士は言葉もなく、ワナワナ震えている。領主様はそんな紳士を見上げたまま、しばらく動かなかった。
「み、見損ないましたぞ、領主様! 昼間から、なんと、ふしだらな……」
紳士が、乾いた声を絞り出すように言った。
「ご婚約を控えた身で、何をなさっているのです!」
「…………」
怒られながらも領主様は、さりげなく僕の身体を布で覆ってくれる。
「女性に興味を持たれたのならまだしも、そのような穢らわしい……」
突然、領主様は言った。
「お前こそ、そこで何をしてるんだ?」
「な……」
「ノックもせずに部屋に入るとは」
「何度もいたしました!」
執事さんは叫び、彼がここに至るまでどんなことがあったのか矢継ぎ早に申し立てた。
僕にはわからない言葉や名前ばっかりだったけど、とにかく、領主様は今すぐ起きてどこかに出向かなくてはならないらしい。
「起きる」
領主様は、外してくれというように、紳士に手の甲を振った。紳士は、神に救いを求めるような身振りをした。
「そう凝視されていては支度ができない」
領主様が言うと、紳士は大きく嘆息しながらくるりと背を向けた。
「オト、ごめん。びっくりしたね」
領主様はシーツの間に紛れていた僕の服を拾って、一つひとつ着せてくれた。
「あの方は……」
「執事だよ」
執事さん! 彼は、領主様が僕みたいな小姓と裸で眠っているのを見て、一体どう思っただろう。
執事さんが、かなりのショックを受けているのは明らかだった。
だけど、領主様は全く動じていないみたいだった。着替えながら、僕の頬にキスなんかしている。
「だめだよ、領主様」
「あ、ほら、その呼び方は禁止」
「そんなこと言ってる場合じゃ……」
「今度その呼び方をしたら、罰としてキスしてもらうから」
領主様は笑って、今度は僕のくちびるにキスをした。僕は身を固くする。
昨日までの、僕を遠ざけようとしていたケイトと同一人物とは思えない。
「……どうしたの?」
ケイトは心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
「やっぱり、僕の恋人になるのは嫌?」
「そ、そういうことじゃなくて……」
僕はどぎまぎしてチラと執事さんの方を見やった。
執事さんと、鏡越しに目が合った。僕は真っ赤になった。
執事さんは、ベッドからは背を向けているけれど、その正面には鏡があったんだ。あの鏡には、領主様が僕にキスをするのも、映っていたに違いない。
「執事さんが見てる……」
「見てたら、困る?」
ケイトはまた僕をぎゅっと抱きしめた。
「オト、あのね。君が僕のものになるっていうことは、こういうことなんだ……」
ケイトは低い声で囁いた。僕はケイトの顔を見ようとした。でもケイトは腕に力を込めて、それをさせてくれなかった。
「……僕といれば、君は宮廷中、いや国中からの好奇の目に晒されることになる」
僕はじっとして、ケイトの言葉に耳を傾けた。
「君に、辛い思いをさせたくない」
ケイトは僕の髪を撫でながら言った。そしてさらに耳元に口を寄せて、小声でこう言ったんだ。
「だからね、オト。僕はこの国を捨てるよ」
僕は呆然として領主様の顔を見た。
「君も、僕のために、何もかも捨ててくれる?」
「えっ?」
いきなりの質問に僕は驚いた。
「僕は構わないよ、でも……」
僕は元から何も持っていないも同然だから。だけど、ケイトにはそんなこと、してほしくないよ。ケイトや、周りの人達が不幸になるのは、嫌なんだ。
なんて言ったらいいのか考えていると、ケイトは僕の手を握った。
「この国を出て、結婚しよう、アリオト」
「ふぇっ?!」
ケイトは自分の指から銀の指輪を抜くと、僕の手のひらにそっと乗せた。
「待って待って、そそそ、そんなこと……」
そんなこと出来るはずないよね?!
「男同士の夫婦なんて、僕は見たことも聞いたことも……」
いや、待って、ザクロさんが本当におきゃまなのだとしたら……。
「……あるか」
めっちゃ身近にいたー! 父さんとザクロさんは男同士で夫婦だった。とすると、ありなのか??
ぶつぶつ言いながら目を白黒させる僕を、領主様は黙って見つめている。返事を急かせることはなかった。僕の言葉を待っていてくれる。
僕がザクロさんみたいにおきゃまになりきれば、結婚はありなのかもしれない。
「ケイトのためなら頑張っておきゃまになるよ、僕」
「えっ、おきゃま?」
「で、でもね、でもさ……」
問題はそれだけじゃなかった。この国の大事な領主様を、僕が独り占めしていいはずがない。みんなに愛されて、幸せに暮らしている領主様なのに。
「か、神様はそんなこと、お許しになるでしょうか?!」
考えすぎた結果、僕はおかしな返事をしてしまった。ケイトは微笑んだ。
「神様だけは分かってくれてるよ。悪いのは僕で、君は何も悪くないってこと……」
「どうしてケイトだけが悪いことになるの?」
僕の質問に、ケイトは笑って答えなかった。
「ケイトだけが責められるなんて、もっとダメだ」
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