氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第十五章 城にて

8 古傷※(侍従視点)

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6 古傷※(侍従視点)



 身支度を整えて、王の馬車の手配に向かう。その途中、マリアを求めて厨房に寄った。

 そこで俺が目にしたのは、意外な光景だった。ジュンとマリアが二人きりで物陰に隠れ、なにやら親密な様子で話している。

 俺は柄にもなく立ちすくんだ。マリアとジュンが二人でいるところに出くわしたのは初めてだった。

 ジュンがマリアの肩を抱いた。その瞬間、声が口をついてでた。

「マリア!」

 俺が声をかけると、二対の黒い瞳がこちらを向いた。

 こうして見ると、二人の目つきはどことなく似ている。強くて、無愛想で、優しい。

 なにも、こんな時に気が付かなくてもよさそうなものだが。俺は、マリアにジュンの面影を見ていたんだと初めて気付いた。そんな自分が無性に恥ずかしかった。

「これはこれは、お揃いで」

 何でもないフリをして二人の間に割って入ったものの、自分が平常心を失っているのは分かった。

 ジュンはマリアに目配せをして去って行こうとした。マリアは黙って頬を赤らめている。俺は言った。

「どおりで領主様がお寂しそうなわけだ。領主様が孤軍奮闘している時に、頼みの忠犬が女にうつつを抜かすとは……」

 ジュンが聞き捨てならないというように振り返る。

「なんの話だ」
「知ってるか。昨夜、領主様のイチマルキウの偵察をお助けしたのはこの俺だぜ」

 まあ成り行きでたまたまそうなっただけだが。諸侯会議での報告を聞くに、結果的にはそういうことだろう。俺はこれ見よがしにあくびをしてみせる。

「おかげで夜通し、領主様の孤独をお慰めするハメになった……」
「……は?」

 俺は口から出まかせに、昨夜は領主の部屋で激しく求められたというホラを吹いた。もちろん、信じるわけはないと思った。ところがだ。

「ちょっと! 口止めされたのを忘れたの?!」

 このマリアの言葉が、図らずも俺のホラ話に信憑性をもたらしてしまった。ジュンの顔色が変わる。俺は可笑しくて吹き出しそうになった。

「そうそう、このマリアが証人。俺がダメだというのに、ケイトは廊下でもこの俺にキスを……」
「バカな……」

 ジュンはちらとマリアの顔を見た。マリアは無言で俯いている。無言の肯定だった。ジュンは目に見えて青くなった。

 笑いを堪えるのも、もう限界だ。種明かしをしてやろうと思った瞬間、ジュンは俺の首根っこを掴んで裏庭の方へ引きずり始めた。

「わっ、ちょ、何するんだよ?!」
「いいから、ちょっと来い!」
「俺はマリアに用が……」

 俺はジュンに引きずられながら、マリアに手を伸ばした。マリアは首を振って厨房に戻ってしまった。



***************



「おい、嘘も大概にしろ」
「嘘じゃない」
「どうせケイちゃんを脅すかだますかしたんだろ?!」

 こいつの「ケイちゃん」呼びは久々に聞いた。そうとう焦ってる。

「俺はケイトの無断外出を二度もお手伝いしたんだ。そのお礼になんでもしてくれるって言うから……」
「はあ?! だからって、なんでキスなんかねだるんだよ」
「そりゃ、お前に自慢してやろうと思って」

 ジュンの鉄拳が唸りをあげて迫ってきたのを、俺は見事にかわした。伊達に長年やつの攻撃は受けていない。

「ちょ、落ち着けって!」
「無断外出の手伝いなら俺だってしたのに……」

 ジュンは悔しそうに歯噛みしている。鬼隊長が聞いて呆れる。

「お前も尽くしてばっかいないで、見返りを要求すりゃいいんだよ」
「そういう問題じゃない! お前みたいな色魔にケイちゃんを汚されたのが許せん」
「ふん、色魔ねえ。お前に人のことが言えるか?」

 俺が言うと、ジュンは憮然とした表情をした。自分は領主様一筋だが?とでも言いたげな顔。

「マリアとは本当に何でもないぞ」
「小姓はどうなんだよ」
「え?」
「屋敷にあんな美少年を囲って……手、出してるんだろ」

 すぐ否定するかと思いきや、ジュンは黙ってしまった。何その反応。俺は追い討ちをかけてみた。

「近衛の話じゃ、お前あの子にメロメロなんだって?」

 ジュンの顔がみるみる赤くなっていく。俺は逆に焦った。こんなジュンは見たことがなかった。

「……お前の知ったことか」

 ジュンは力なく言った。心なしかしょんぼりしている。

「えっ、まさか図星?」

 俺は真顔でつぶやいた。自分でからかっておきながら、信じられなかった。ケイト一筋だった、あのジュンが。

「やめとけよ。あの子は領主の想い人だろ?」
「なっ……なぜそれを?!」

 ジュンは素で驚いている。

「見てりゃ分かるよ。昨日貴賓館に同行したんだぜ」
「そうか……まずいな。領主様の態度はそんなにあからさまか」
「てか、俺が今心配なのはお前だよ?」

 俺はジュンの顔を覗き込む。

「我が従兄弟殿は、報われない相手が性癖なのかと」

 からかいつつも、半分は、本気で心配して言っている。ジュンは苦笑した。

「余計なお世話だ」
「なんでまたあんな年下の子に……」
「自分でもわからない」

 普段のトゲはどこへやら、ジュンは悄然として言った。

「オトがあんまり無垢だから、自分が守り育てないとという謎の使命感があって……」
「それがいつの間にか、恋愛対象になったってか」

 でたよ。母性と混同したタイプの恋愛感情。

「お前それ、領主に沼ってる理由と全く同じだって気づいてる?」

 ジュンははて、といった顔をした。無自覚らしい。

 俺が絶対に領主に敵わないと思った心根。ジュンを惹きつける、危ういまでの純粋さ。それに似たものを、確かにオトは持っていた。

「領主様の服を着せたらピッタリだし。後ろ姿なんか完璧にケイちゃんだし。可愛い笑顔で擦り寄ってくるし。いい匂いするし。もう、懐かしさと愛しさで訳がわからなくなって」

 しかも領主の面影をオトに重ねてしまっている。これは救いようがないかもしれない。

「可愛がってあげるだけのつもりがつい……体が勝手に……」

 そう言いながら何かを揉むような怪しい手つきをする。俺は思わずヤツの頭をはたいた。

「お前、イチマルキウを挙げる前に領主に逮捕されてこいよ!」

 ジュンはそれにもお構いなしで続ける。

「領主様をわすれられるなら犯罪でも何でもいい……」

 などと情けないことをのたまう。幼馴染への叶わぬ恋を、俺なんかより、よほど拗らせている。

「誰でもいいなら俺にしとけば?」

 俺が冗談で言うと、ジュンはきょとんとした顔で俺を見た。ややあって、バカかと笑った。

 そんな脱力した笑顔は久々に見た。可愛いと思った。気付いたら、俺はジュンのくちびるにキスしていた。

 ジュンに突き飛ばされて、我に返った。魔が刺したとはこの事かと、俺は自分に呆れていた。

「バカ、やめろ」

 ジュンはそれ以上怒るでも取り乱すでもなく、さっさとどこかへ消えてしまった。

「何の反応もなし、ね」

 俺にとってはなかなか衝撃の出来事だったのだが、ジュンは虫にさされた程度にしか思っていないらしかった。

 ならば俺も悩んだってしょうがない。ジュンと同様、何事もなかったように厩へ向かった。

 厩舎長は既に馬車の手配を済ませてあった。王の出立まで、俺は暇だった。

 一人で馬を眺めていると、厩舎の下男がやって来た。無言で、俺をじっとりした目で見つめている。

 この下男とは、以前何度か体の繋がりを持ったことがあった。妙に後ろが疼いていた俺は、久々に彼と一戦交えることにした。


***************


 性欲も処理し、城に戻るところで、オトに会った。

 温室に行きたいと言うので案内してやった。オトは嬉しそうについてくる。ジュンが彼に尽くしてしまう気持ちは痛いほど分かる。まるで雛鳥だ。

 花々に見惚れるオトを、俺は少し距離を置いて観察する。

 どこからともなく現れて、宮廷をかき乱す超絶美少年、領主の想い人、ジュンを惑わす小悪魔。俺を信じきって花に見惚れる赤ずきん。ここで食べてやろうかと、悪い気が起こらなくもなかった。

 でも、何もできなかった。周りが彼を何と呼ぼうと、目の前にいるのは、優しく頼りない少年にすぎなかった。一人、舵のない小舟のように揺れている。なんの根拠もないが、彼はいつか俺たちの前から突然消えてしまうような気がした。現れた時と同様に。

 午後の鐘にかこつけて、俺はオトの側を辞した。オトはサクラを見上げながら誰かを思っている。ゾッとするほど綺麗だった。ガラスのように繊細な、少年の一途な初恋というものが、今の俺には少し、眩しかった。

 温室のドアを出ると、ちょうどそこへ領主が走ってきた。汗だくである。領主の燃えるような目を見た瞬間、俺は、二人がここで逢引の約束をしていたのに違いないと悟った。

 なぜか心から嬉しく思った。何の見返りもなく、領主様の背中を押してやりたいと思った。
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