氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第十五章 城にて

7 報告(メイド視点)

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7 報告(メイド視点)


 夫人の元を辞して部屋に戻った。女中部屋には誰もいなかった。バスケットを置いて、しばらく呆然とした。

 今、自分の身に起きていることを、頭の中で整理する。正直、訳がわからない。私は何に巻き込まれているのか。

 仕事に戻っていいと言われたものの、コカブ夫人の言葉をそのまま信じていいのだろうか。

 スケシタの所在が公になれば、領主様の身が危険に晒されるという。そんな秘密を知った者が、口止めだけで放免になるなんて信じられなかった。

 ローザは、事の重大さがわかっているだろうか。いくら口止めをされたところで、彼女がこのことを黙っていられるとは思えなかった。

 私達は今、王妃の寛大さゆえに首がつながっているのだ。普通ならば、私とローザは、もうこの王宮にいられなくなっていたかもしれない。

 高官の娘であるローザは里下がり程度で済むだろうが、しがないメイドにすぎない私は……。

 とにかく私はしくじったのだ。誰にも見られずに下着をしまう。たったそれだけのことだったのに。
 
 諸侯会議が間も無く終わる頃だった。ジュン殿は広間での午餐にいらっしゃるだろう。そこで報告しよう。

 万が一お話が難しければ、黙ってお渡しできるよう、私は短い手紙を書いた。

「そんなところで何してるの」

 飛び上がって振り返る。女中頭がドアからのぞいていた。

「手が空いてるなら厨房を手伝って」

 私は手紙を胸元に隠しながら頷いた。女中頭は慌ただしく去っていった。

 暗い女中部屋を出て、厨房に向かう。

 裏庭では、いつも通りニレの木が揺れていた。今日は天気がいい。

ーーー妙な仕事を頼まれたら、俺に相談するんだよ……

 ふと、トーマの言葉を思い出す。彼は、心配してくれていたのだ。今更になってわかった。ただ単に、私を束縛しようとしているわけではなかったのだ。

 メイドは都合が悪くなったら取り替えられるコマに過ぎない。貴族のプライベートに立ち入り、個人的に身を尽くしても、結果として碌なことはない。こうなることを、トーマはわかっていたのだろう。

 厨房の前で足をとめ、ぼんやりと裏庭のニレの木を眺めた。



***************


 
 諸侯会議は長引いたようだ。午餐が始まったのは、昼を少し回ってからだった。 

 国内の各所領から集まった諸侯たちは、優雅な管弦をバックに食事を楽しんでいる。

 ジュン殿は席におられた。隣には例のごとくトーマが座って、何やら楽しげに話している。

 トーマは私よりよっぽどジュン殿が好きだと思う。とにかく絡みたくて仕方がないらしい。相手にされていないのによくめげないと感心する。ジュン殿が冷たい反応をするたびに、トーマの瞳はイキイキする。

 次の公務の時間が迫っている王様は、ほんの少し食事を召し上がっただけですぐに退席してしまった。それと間を置かず、領主様も部屋にさがられた。

 トーマもしぶしぶ席を立った。王に同行するらしい。ようやくジュン殿が一人になった。

 私は配膳をしつつ、ジュン殿の背後に近づいた。

「お話が」

 私は小声で言った。ジュン殿は素知らぬ顔でナプキンを取り、口元を拭われた。私の方は一切見なかった。

 こんなところでメイドに話しかけるなんていうのは、とんでもないマナー違反だからだ。

 私は広間をさがり、厨房に続く廊下の陰に立っていた。まもなく、ジュン殿が出てこられた。私は手短に朝の出来事を話した。

「どうしてすぐに私の名前を出さなかったのですか」

 ジュン殿は言った。

「その必要がなかったからです」
「バカな……」

 ジュン殿は、私の顎にそっと触れて、顔を見つめてくる。私が懲罰を受けたのではないかと心配してくださっているらしい。

「しくじって申し訳ありませんでした」

 ジュン殿は私が謝るのを遮った。

「いや、君に頼んだ私がどうかしていた」

 私はこの言葉に少なからず傷ついた。こんな簡単なこともうまく出来ずに事を大きくしてしまったのだ。申し訳ない思いでいっぱいだった。

 ジュン殿は慌てたように言った。

「そういう意味で言ったのではない。貴女の立場を思えば、こんな事は頼むべきじゃなかった」

 ジュン殿は私の手を取ると、巻き込んですまなかったとおっしゃった。

「君が罪に問われることになったら大変だ。すぐに私から説明をしておく」
「私のことは大丈夫です。王妃は何もお咎めになりませんでした。どうかこのままなかったことに」
「そうはいかない」

 ジュン殿は踵を返して王妃の部屋に向かおうとした。私は首を振ってそれを制した。

「私のことは本当にいいのです。それより、お聞きしたいことが」

 ジュン殿は怪訝な顔をした。差し出がましいことと思いながらも私は言った。

「この下着の存在は隊長とオト様以外に、誰かご存知ですか」
「いや……なぜ?」
「スケシタの所在が公になれば、領主様の身に危険が及ぶとのことです」
「なんだって?」

 隊長殿は私の肩をつかんだ。目の色が変わっている。

「スケシタと領主様にどんな関係が?」

 隊長殿はそれを承知で持ち出したわけではなかったらしい。

「私にもよくは分かりません」
「王妃がそう言ったのですか」

 正確に言うなら、言ったのはコカブ夫人だ。が、彼女の存在はまだ誰にも言えないことになっていた。

「王妃様は三日前にスケシタが消えたことに気付かれ、以来眠れぬほど心配しておいででした。それは一重に、領主様の身を案じてのことだったと伺いました」

 隊長殿は腕を組んだまま、なにか思い巡らせていた。

「マリア!」

 不意に名前を呼ばれて振り返る。

 トーマだった。午後は王の出張に随行するのだろう。よそ行きに着替え、赤い羽飾りの帽子をかぶっている。

「これはこれは我がいとこ殿。お二人揃って何の密談ですか……」

 トーマは私とジュン殿の間に割って入った。

 私の肩を抱くトーマの手を振り解こうとして思いとどまる。

 トーマの手は、小さく震えていた。

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